「もう逃げ場はないぞ!レトルト!」
レトルトを追い、部屋に飛び込んだアズマは叫んだ。
古い工場跡の一室。そこは出入り口はただ一つしかなく、窓を破ろうにも埃を被った機材が窓際に並べられており通れるような状態ではない。脱出するには、入ってきた扉を通るしかない。
そこを塞ぐようにアズマが立ちはだかる。
レトルトはゆらりと立ち直すと、ポケットから何かを取り出した。
メダロットを呼び出すつもりか。
対抗すべくスマホを構えると同時にレトルトの手が動く。ポケットから出した物を投げたのだと理解した時には既に遅く、床に当たって甲高い音を立て転がると煙を上げ始めた。
これでは姿が見えない。革靴が床を叩く音が急激に近づく。とにかく扉を守らねば。
相棒を呼びだそうと口を開く。しかしそこから声が出る事はなかった。
胸に圧迫を感じたかと思えば背中に衝撃が走る。
「ぐっ」
胸倉を掴まれ扉に背中を打ち付けられたらしかった。
目前に迫る仮面を漸く視界に捉える。腕を伸ばそうともがくも届く前に床へと薙ぎ払われた。肩を強かに打ち付け、痛みに呻く。
「ごめん、捕まる訳にはいかないんだ」
声が聞こえるも、痛みに気を取られアズマには何と言ったのか頭が理解できない状態だった。
一呼吸置いてハッとし、すぐに顔を上げるがレトルトの姿はとっくに消えた後だった。
*****
アズマがふらりと店に入ると店員が駆け寄ってきた。それがイッキであると分かり、アズマは力なく笑った。
「イッキさん、こんにちは」
「ど、どうしたの」
「これですか?」
頬のガーゼを指さすとイッキは頷く。
「転んだ時に擦ったみたいで……と言うか最近レトルトを追っていて、昨日はとうとう追い詰めたんですけど結局逃げられました。その時の傷みたいです」
そこまで言うとアズマは深いため息を吐いた。
話を聞くイッキはやけに深刻そうな表情をしている気がしたが、疲れ切ったアズマにはどうでも良い事だった。
「うん、何か、ごめん」
「何でイッキさんが謝るんですか。と言うか、これは別に全然大した事ないんですけどね。レトルトを追ってたのがバレて母さんにすんごい怒られた方がつらかったです」
「そっか、それは大変だったね。……でも、やっぱりあんまり危ない事はしない方が良いんじゃないかな」
「イッキさんまでそんな事言うんですね」
うんざりと言うように肩を落とすとイッキは慌てて首を振る。
「いや、あの、ごめん」
「だから何でイッキさんが謝るんですか。でも、確かに夢中過ぎて気付かなかったけど、無茶しすぎたなとは思います」
そう言えば、ごく最近誰かにも謝られた気がするとアズマは思った。それが誰だったのかまでは思い浮かばなかったのでそれ以上は考えなかった。
「まぁ、」
言いながらアズマが顔を上げる。
「次はもう少し上手くやります」
拳を握り締めてニッと笑うと、イッキは困ったような笑みを浮かべた。