神奈川県横須賀市。かつて軍港とした栄えた街が、深刻な人口減に直面している。
住民の高齢化や工場の閉鎖が相次ぎ、現在の人口は約41万人。ピークだった1992年に比べ約6%減り、2013年には人口減少数が全国トップという不名誉な記録も作ってしまった。

人口減の中で浮上しているのが、空き家問題だ。横須賀市の空き家率は12.2%(2010年時点)。
2013年の全国平均が13.5%(総務省「住宅・土地統計調査」)という点から、横須賀市が他の都市に比べ特別に高いワケではないものの、虫食い的に空き家の目立つエリアが増え始めている。
横須賀市の谷戸(やと)地区。リアス式海岸のように谷が入り組む地域に開発された、横須賀特有の住宅地だ。谷戸とは本来、「行き止まりの谷」のことを指す。
明治初期に軍港関係者が入居する際に開発され、戦後は労働者住宅も整備された。海を望む山間の集落には長い階段や細い路地が入り組む。

横須賀市には全部で79の谷戸地区がある。その一つ、汐入町5丁目の稲荷谷戸地区ではおよそ5〜6軒に1軒が空き家。これは全国平均(およそ7軒に1軒)よりも高い。
住民の3割以上が65歳以上と高齢化も進んでいる。「すでに限界集落といっていい状況」。

横須賀市の鈴木智昭・都市計画課長の言葉は重い。
行き止まりの谷にある集落に空き家が増えたことで、共同体としての機能を維持することが難しくなっている。

実際に現地を訪ねてみた。高台にある住宅にたどり着くには、階段を200段以上登らなければならない。
マンションで言えば25階のフロアに自らの足で上がるイメージだ。階段横にあるスロープを使い、バイクを巧みに操る住民も多いが、高齢者にとってはそれも簡単ではない。

かつては谷戸地区ごとに商店やスーパー、銭湯まであったが、現在稲荷谷戸に残るのは酒屋が1軒のみ。
買い物宅配サービスを利用しようにも、階段が多すぎてサービスを受けられないケースもある。
買い物ができなくなることを理由に他地域へ移り住む高齢者もいる。
市はさまざまな対策を打ってきた。空き家解体費用の一部助成のほか、県立保険福祉大学の学生が空き家に入居する際に家賃を補助する事業など。
そして今春から始めたのが空き家バンクだ。稲荷谷戸にある空き家の情報を市のホームページに掲載して、売り手(借り手)と買い手(貸手)をマッチングする。谷戸地区は自然に恵まれ、眼下に海が広がるなど眺望もいい。そうした点をアピールして若い世代を呼び込もうという狙いだ。
空き家バンクの開設を待たずに谷戸地区に入居した若者もいる。作業診療士の森島肇さん(31)は今年7月、逗子市内から稲荷谷戸の空き家に引っ越してきた。
高齢者を含めたコミュニティ作りに関心のある森島さんは、自ら空き家を利用し地域に溶け込もうとする。
家賃は約10畳の1Kで月3.9万円。「谷戸は静かで涼しく、作業に集中できる。周りの方々も受け入れてくれた」(森島さん)。
先日は近隣の住民と焼き肉パーティも行った。「何かの時に頼みやすい」「自分も若返った気分」。
高齢の住民からはそんな声をかけられた。ゆくゆくは京浜急行線の駅近くに高齢者が気軽に利用できる小規模多機能施設を作りたいと考えている。

別の谷戸地区にある空き家を活用するのは、相澤謙一郎さん(38)。
サッカーJ1の横浜F・マリノスや自治体のスマートフォン向けアプリなどを手掛けるITベンチャーの経営者だ。
本社は岐阜県大垣市にあるが、今年8月から横須賀の空き家を開発拠点として利用する。
相澤さんは横須賀市の出身。「アプリ開発は場所をいとわない。横須賀が衰退していると聞いて、少しでも地元に貢献できればと思った。ベンチャーが空き家を利用すれば、産業振興にもつながる」(相澤さん)。
空き家は延べ床面積約110平方メートル、家賃は月6.9万円。事業が軌道に乗れば他のベンチャー経営者にも声をかけ、谷戸をIT企業が集結する「横須賀バレー」に変える構想を持つ。

空き家バンクは始まったばかりだが、横須賀市の鈴木課長は「問い合わせも多く、ここまで反響があるとは思わなかった」と手応えを語る。
空き家を活用して若者を呼び込み、社会的循環を作る。市は稲荷谷戸をモデル地区として、他の谷戸にも空き家バンクを広げる考えだ。

谷戸地区はその特異な地形からさまざま問題が先行して起きる「課題先進地域」。そこでどう有効な手を打てるか。
今後空き家問題に直面する他のエリアにとっても、一つの試金石になりそうだ。
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