2009-10-7 22:47
一緒に入りますと駄々をこねてうるさい竜崎をやっと引きはがし、僕は一日の疲れを癒すべく少し熱めの湯舟につかっていた。
「はぁ……」
ちゃぷん、とお湯がはねる。
「今日も疲れたな……」
疲労の原因は言うまでもない、あいつだ。
頭は切れるが社会生活不適合者の彼は、何かと僕につきまとい、いつでも構え構えとひっついてくる。
実際彼一人ではできないことが多すぎるから、僕はその度いちいち構ってやるのだが。
それにしたって、紅茶が飲みたいだの資料を取れだの、そんなもの自分でやれと叫びたくなる要求が約40分毎。あまつさえ最近やる気が出ないから暇つぶしの相手をしろ、なんて言い出すのだから、僕をなめているとしか思えない。
「……」
つらつらとそんなことを考えていたら、だんだん腹がたってきた。
このあとだって、面倒くさがるあいつを風呂に入れさせなきゃならないのだ。
そしていざ寝ようというときは、こっちが拒否しているにも関わらずいつもいつも……
「……やめた。もう出よう」
あいつに関しての不満は吐いても吐いても尽きることがない。
今さら考えたって仕方ないと、最後に盛大なため息をはいてバスタブから出ようとした。
ざぶん、と波が立つ。
これからの苦労を想像すると目眩がしそうだった。
「先に寝ないでくださいね」
「わかっからさっさと入ってこい」
いつものやり取りを終えたあと、竜崎はゆっくりとバスルームに向かった。
ぱたん、とドアが閉まる音が響く。
僕はまだ濡れている髪をわさわさとタオルで拭きながら携帯を探した。1時間程前に妹から来ていたメールを返さなくては。
「あ」
そのときに初めて気が付いた。
「バスルーム……」
そういえば、服を脱ぐときにスラックスのポケットに入れたままの携帯に気付いたのだった。脱衣所の棚に置いておいて、それで風呂から出てきたときに取り忘れたのだ。
今、バスルームには竜崎がいる。
散々一緒に風呂に入ると言っていた竜崎だ。今行ったら何が起こらないとも限らない。
限らない、が。
「……まぁ、脱衣所だし」
気付かれないように行けば、変なことにはならないだろう。
携帯を取りに行くだけだぞ? 何を怖がる必要がある?
「……ちょっと待て」
そもそも変なことってなんだ。
そのことに気がつけば、僅かに顔がほてるのを感じて、片手で顔を覆う。何を考えているんだ僕は。
馬鹿な考えを捨て去ろうと、僕はバスルームへと急いだ。
しゃぁしゃぁとシャワーの音がする。
身体を洗っているのだろうか?
まさかお湯を出しっぱなし、なんてことはないだろう。
まぁとにかく、これならさっと携帯を取れば無事だろうと、ちょっと安心した。
「あ、あった」
そして、目当ての携帯を手に取ったとき。
「……〜…〜、…」
聞き慣れない、音がした。
いや、この声自体は嫌になるほど聞き慣れている。が、しかしこの音――
「……歌ってる?」
あの、竜崎が?
意外だった。
歌を歌うなんて人間くさいことをするとは。人間に対して人間くさいって言うのはおかしいかもしれないけど。
それに、歌が上手い。
流暢な日本語を話すから忘れていたが、こいつは日本人ではない。だから英語の発音に違和感がないのはわかる。でもそんなことより、ひとつひとつの音が綺麗に紡がれて、絡み合って、そしてひとつの旋律になるような歌を竜崎は歌っていた。
「……light……」
誰の歌なのかはわからなかったけれど、はっきりと自分の名前を発音するのが聞こえた。いや、正確には歌詞の中の"light"に反応した。
普段聞いているものよりもちょっと掠れていて、線が細いけれど芯のあるようなその歌声は、その場に僕を立ち尽くさせるには十分だった。
いつの間にか、シャワーの音と止まっていた。
竜崎の声だけがバスルームに響く。
ふと、音が途切れた。
「……いつまで立ってるんですか」
磨りガラス越しに影が動くのがわかった。
いつから気づいていたのだろうか。
「一緒に入りたいんですか?」
――――
力尽きた………
続きません!