(東京異端審問)


珍しく大規模な暴動があった。原因は過激派による暴走であったが、その場に偶然いた保守派人員が巻き込まれそうになり超能力で防戦する形になり、超能力者同士の力がぶつかりあえば子どものかわいい駄々のように済むはずもなく。暴動勃発から一時間も経っていないはずだが、既に近辺にいた超能力者と事態の収拾に駆けつけた警察までもが絡んだ抗争にすり変わりつつある。
もうもうと広がる土煙のそばに一台のワゴン車が到着した。中から降りてきたのは紫色の髪の、しかし髪以外はなんとも地味な男だった。

「わー…これはすごいね」

僕はお気に入りの市松模様のネックウォーマーを口元まで手繰り寄せて、少し目を細めた。

「大変だから増援頼んだんですって…。そんなのんきな声出さないでくださいよ…」
「なんで僕が出てこないといけないんだよ?現場は若い人の仕事だろうに」

車から降りて早々に手をぱぱっと振るうと、手の動きに合わせて風が土煙を払った。クリアになった周囲に転がっている大きな瓦礫を視認するも、緊迫した状況に飲まれてはいけないと大きなため息を着く。

「27だったら若いって判断なんでしょう?」

車を迎えた薄青色の髪の青年は僕よりも6つも若い。ワゴン車が走り去ったのを確認してから僕を横道へ案内する。周りを警戒しながら細道を縫うように進む。目的地は一応乱戦になっているらしい現場だ。案内されるがままに後ろをついて歩くが、どうにも静かすぎるこの状況に耐え切れずまた溜息をついた。

「いやー…それにしたって一応僕幹部だしさー。ていうか一応この地区の最高責任者なんだけどさー。それがなんで君に呼ばれたくらいでのこのこ出て来なきゃいけないわけ…。そもそも椅子に座って君らの報告待つのが僕の仕事だろ」
「そんなこと言ってるのほかの人に聞かれたらどうするんですか…」
「それはその時でどうにかなるって。僕だって話す相手は考えてるよ。はは」
「いやいや、彰さん、笑ってる場合じゃないですって」

それほど遠くない場所で何かの爆発音のようなものが聞こえた。数秒遅れてガラガラと何かが崩れるような音も聞こえてくる。現場はそう遠くないようだ。

「そうは言うけどさ、僕くらいは余裕で笑ってる方が他の奴の心のゆとりになるんじゃない?」
「…ちゃんと考えてたんですね」
「モリコー、お前は僕をなんだと…」

僕は笑っている。
こんなことはなんでもないんだと自分に言い聞かせているのもある。
僕はどうしたものかと頭を悩ませている。
現場に駆り出される日なんてこの地区を任される幹部になってから随分久しい。ましてや砂埃がもうもうと舞うあそこに呼ばれた状況を見れば、あとは頼むよ、なんて言って軽く帰れるわけがなかった。

「僕の前に撤退部隊来ただろ。連絡は?」

保守派の要といってもいい撤退部隊。無駄な抗争や騒ぎを避けるには、起こってからの逃走がいくら素早くできるかが重要だ。その名の通り保守派人員の回収撤退それのみに尽力する空間移動と空間把握の能力者をまとめた部隊で、保守派の中でもかなりの人員が当てられて一番仕事が多いといってもいい部隊だ。

「まだ終わってないみたいです」
「…、終わるまでどれくらいかかんの」
「さあ…。前線で戦っちゃってるやつ以外の撤退が完了したら花火打つって言ってたんで、それまでは帰れませんよ」
「別に帰りたいなんて言ってない」

曲がり角の向こうから風に乗って小石が転がってきていた。あのサイズの石が自然に転がるような風はふいていない。これは。

「モリコー」
「俺に言われても撤退はどうにも、」
「まて。何かくる」

ぶわっと風が流れ込んできた。明らかにビル風ではなく人為的に起こされた突風だ。超能力者の風だった。咄嗟に風を巡らせて攻撃に備えると、それにぶつかるように正面からすごい勢いの風が吹き抜けた。周囲の雑多なものを撫であげて駆け抜けた風の後ろ、角から小さな人影がでてきた。

「!? こんなところに誰が」
「モリコー、おまえ撤退の手伝いしてこい」
「は?いや俺は」
「サイコメトリーあるだろ。撤退部隊に入りたくないって融通してやったの誰だと思ってんだこんな時くらい働け、行け」

こんな時に幹部の権力を使うといつも思うが、僕がいつの間にどうやって幹部になったのだろう。成り行きというのは怖いものだ。でも使える力があるなら使うべきだし、権力は役に立つのだから、やっぱり僕には権力が必要だったからこうなったのだろう。

「…はい」

今来た道を戻っていくモリコーの後ろ姿を見ている場合ではなかった。正面からくる人影は随分と正気ではないようだ。過激派にしてももうすこし相手を見てから攻撃してくる。こちらが一般人である可能性を考えてあんな直接的な攻撃をするだなんてことはまずない。

「ねえ、君、過激派かな」

わかりきっていた。

「…あなたは違うの?」

だがそれが幼い女の子だとは思っていなかった。
とぼとぼと歩み寄ってくる女の子の髪はふわふわと風になびいていて、やはり先ほどの突風は彼女のものだったのだろう。真っ青で鮮やかなパーカーからやけに幼い印象を受ける。

「保守派だよ」

刹那突風が僕の周りにまとわりついた。女の子は親の敵を殺すような勢いで僕を睨みつけながら一生懸命に手のひらをこちらに向けている。保守派が憎いのだろうか。それにしても随分と幼い力だった。
足元から巻き上げるように竜巻を作って女の子の方へ走らせれば、女の子の風はたちまち僕の竜巻に混ざって主導権を失っていく。

「そんな、うそ、私より、」
「大人をなめちゃいけないよ」
「超能力なんて…っ」
「素敵だよね」
「どこが!」
「いいように使えばだけどね」

女の子の直前で竜巻の進行を止めて散らしてやれば、女の子は理解できないといった表情で僕をまた睨みつける。鋭くとがった風が僕に一直線に進んでくるのが見えた。けれど、僕が息を吹きかければ花が咲くように先端は分かれて力を失った。

「この、この力が私だからっ、私は使わなきゃいけない!」
「嫌な目にあった?」
「そう、そう!」
「そんなふうに力を振るうからだね」
「私は悪くない!みんなが!いけないんだもん!」
「君が傷つけようとした」
「してない!」
「君は風で飛べる?結構楽しいよ」

ふわりと風に乗って女の子の頭上を飛び越え背後に立ってやる。やはり見惚れたようだった。きっと彼女は超能力を攻撃にしか使ったことがないのだ。

「思うにこの騒ぎは君が発端なんじゃないかな?」
「あ…。わ、わたしっ」
「ああ、当たりなんだ?それは穏やかじゃないね」
「だって、だってだって、過激派はそういうところだから…!」
「?」
「超能力は、私を一人にするし、でも、私はこれをつかって自分でなきゃいけないし、」
「ふーん…」

過激派であるから過激にならざるを得なかった?この子は過激派らしい考えがあるというわけではなく混乱して暴走気味なんじゃないのか?
あー、やだやだ。考えるのはきらいだ。

「ねえ君、保守派に来れば」
「…え?」
「戦いたくないんじゃないの?風で飛んでみたくない?遊んでみればいいよ。僕が教えてあげるし」
「超能力は、振るうためにある、のに」
「自分のために有益に振るうんだよ。それじゃいけないのかな」
「そ、それは、」
「君、名前はなんていうの?僕は、彰っていうんだ」
「…?」
「僕わりとそういう融通利かせられる立場なんだよね。おいでよ、保守派」
「わ、わたしは…」

ああ、戦わないで済みそうだ。
邪魔が入らなければ、もっと楽ができそうだったのに。

「山川原ぁ〜」

僕の背後から見知った声が聞こえてきた。飄々とした声音で、それでいてねっとりと絡め取るような粘っこい発音の不快な声だ。
僕は声から逃げるように慌てて飛び退いた。文字通り飛んで。面倒くさいのだこいつは。再び女の子と対峙した最初の位置に戻る。そいつは女の子の後ろにまで来ていた。小さな女の子を丸め込むように後ろから抱きしめて、何故かその子の耳を塞いだ。

「あかんで、そんな訳わからんこと言ってうちの子を引き抜かんといてぇや」

男は、來島という名前だ。以前も「余計なことに無理に関わろうとするからこうなるんやー」とか僕の芯っぽいところをネチネチつついてきて面倒くさいったらない。

「だって、その子は迷ってるんじゃないのか?そっちこそ無理に引き止めるのはどうかと思うね」
「咲ちゃんは、自分で選んで、自分で過激派に入ったんや。それをあとから出てきてそっちに引き込むやなんて、ルール違反なんとちゃうんか?」

女の子は咲ちゃんというらしい。それから、この話を聞かせまいと必死なところを見ると、話を聞かせればこちらに入りかねない思考であることも安易に想像できる。來島は咲ちゃんとやらに随分と執着しているようだ。

「過激派の君と保守派の僕の間に成立しているルールなんて存在しないと思うね」
「はっ、それもそうやなあ」
「超能力者の意思は、どこまでも自由であるべきだよ、來島」
「うるっさいなあ、咲ちゃんはうちのや。そっちになんか死んでも行かせんで」

琥珀色の瞳に明らかな怒りが混じった。

「今回は、咲ちゃんがちょおっとばかしカッとなってしもて、こない大事になったんは悪かったわ。まさかお前が出てくるまで荒れるとは思ってなかったんや。ほんまやで?」
「へえ」
「今回は俺の管理不足やし、謝るわ。堪忍してえや」
「そんな簡単に謝っていいの?」
「今回は!やで!咲ちゃんのこともあるからな!」
「随分お気に入りなんだね」
「そんなんちゃうわ!」

彼女にどんな魅力があるのか知らないが、本当にお気に入りらしい。これでバレていないと思っているのだからこいつはどういう頭をしているのか。
獲物を守る獣のような、今にも唸り出しそうなその姿をみてそう見えない方がおかしい。
おもわず笑いが漏れそうになっていたところに、建物の向こうの空で花火がぽんぽんと上がったのが見えた。

「…? なんやあれ?」
「僕らの撤収の合図だよ。ちょうどいい、僕もここらで帰るよ」
「は…?なんや、えらいあっさりしてるやんけ」
「僕は面倒臭がりなんだよ。知ってるだろう。できるだけ早く帰りたい、それだけだ」

抑えられっぱなしだった彼女が、何故か談笑する僕を見ていい加減やめろといわんばかりに勢いよく來島の脚を踏んづけた。

「いった!!」
「耳痛い!」
「あ、それは、堪忍やで」

ぷりぷりと怒る様を見ると、まあ随分と冷静にはなったようだし、今回の暴動はここで終わるだろう。けれど彼女は、また同じことを繰り返してしまうんじゃないだろうか。

「咲ちゃん、だっけ?」
「!?」

突然名前を呼ばれて、女の子は随分と眉間に皺を寄せて訝しげにこちらをみた。

「また今度会えるといいね」
「えっ…?」

明らかに動揺する咲ちゃんを、來島が慌てて抱きすくめたのが妙に滑稽だった。

「なっ、お前そういうの言うなアホが!」

これはいい暇つぶしになりそうだと思ったけど、すでに考えるのが億劫になりつつあるのでこれで終わりにしたほうがよかったかもしれない。