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類は友を呼ぶとか呼ばないとか

前を歩く少し小柄な彼を、俺は知っている。
歩く度にひょいひょいと揺れる、まるで尻尾のように結われた髪がやけに幼く見えて印象的な男子だ。以前、彼から話しかけられたことがある。
姫の従者になったことが公式に発表された以後、見たこともない他人からふとした時に声をかけられることは多々あった。彼の時もそうだと思っていたが、彼は少しちが違った。やけに若く優秀そうに見える男子は、緑青の同期なのだ。
前を行く彼が通路を曲がるとき、その視界の隅に俺は捉えられたらしかった。

「あ、紅蓮。ちょうどあなたに会いに行くところだったんだ」

角を曲がることなく今来た道へ、俺の方へ引き返してきた。

「そう、ですか。なら早くこちらから声をかければ良かったですね」
「ふふ、そう硬くなるなよ」

俺のような若輩が軽口をたたいていい相手なのかと、少し彼にはひるんでしまう。緑青の同期ということは俺の二期先輩なだけなのだが、年齢は7つも上なのだ。見た目こそ小柄で20歳に満たない程度に見えるのに、彼はその32歳という歳相応の威厳と物腰がにじみ出るほどの人格者なのだ。

「紅蓮が良いと言ってくれたから私は対等な口調で話しているのに、あなたが敬語では意味がない」
「そうは言われても私は、…俺は、浅黄さんをとても、尊敬…というか、なんといえばいいのか、…憧れているので」
「それは嬉しいな。姫様に認められた紅蓮にそんなことを言われるなんて、光栄極まりないことだよ」

彼は本当に素晴らしい人なんだ。とても仕事ができて、管轄外の手続きのことも規則として頭に叩き込んでいない点は無いのではないかと思うくらい、なんでも知っている。
時に開かれる談話会と称した役員の飲み会で偶然一緒したときは、いつもの凛とした穏やかな空気とはまた雰囲気の違う、柔らかで穏やかな空気だった。話をするのも聞くのもうまいし、とても居心地がいいひと時をすごさせてもらった。

「ところで紅蓮、君に聞きたいことがあってな」

とても切り替えのうまい人なんだと思う。俺はその点がどうも不得手で、浅黄さんのそういうところに憧れている。同時に、その綺麗すぎる切り替えが恐ろしいのだ。
ただ一点、失礼ながら浅黄さんがとても面倒くさくなる時間があるのだ。

「今日の姫様は麗しかったか?」
「…、はい。今日もお変わりなく」
「変わりないだと!?」

やや釣り目がちなきつね色の瞳がカッと音を立てたような気がした。

「紅蓮あなたは贅沢すぎるやつだな!」

浅黄さんは、異常に姫様を崇拝しているのだ。過去に何があったのか詳しく聞いたことはないが、噂で聞いた話では姫の予言に命を救われたことがあるらしいとかなんとか。

「姫様のお姿を毎日見られるその己の幸福さと実力を全然理解していないのではないか!?大丈夫なのか!?」
「い、いえ、理解はして、」
「毎日変わりないわけがないだろう!?私が三日前拝見した姫様のまつ毛は二日前の姫様より2ミリ長かったと記憶している!」
「は、はあ…。まつ毛…」
「昨日は拝見できなかったが、つまりその変化に紅蓮は気付いていないというのか!?」

髪留めの角度がどうこうだの、以前拝聴したお声よりも幾分か悲しそうな声をしていただの、今日の姫様は今まで拝見した中で最も麗しい目で私を見てくださった何かあったのかだの。毎日毎日よくもまあ違う話を持ち出せるものだと感心する。

「あ、あの、以前から姫様のお話をしようとは思っていたんだけど、」
「何だ」

食らいつくようなその目が一層輝いた気がした。

「身辺のお世話は私がしているので、その、化粧も髪のセットも、俺が姫様にしているんだ」
「な、なにっ…!?」

手に持っていたノート数冊が廊下に無造作に落ちる音がした。浅黄さんの力んだ腕から、驚きの声と共にこぼれ落ちた音だった。

「あ、あまり大きい声を出されては…!」
「は、…あ、すまない。ありがとう。いや、ほんとうにすまない。とても、動揺してしまって」

慌ててノートを拾い集める浅黄さんに習って俺も彼のノートを拾おうとしゃがみ込むと、不意に胸倉をつかみ寄せられた。

「!?」
「貴様それは極秘事項ではないのか、そんなこと今まで聞いたこともないぞ」
「ま、まあ、そうだけど、浅黄さんならそう言いふらしたりはしないと思って、ずっと言おうと考えていたんだ」
「それで姫様の従者を名乗っているのか?極秘と言われるからには極秘にするだけの理由があるのだ。いくら私を信用してくれているといっても、もし私が巧妙に忍び込んだスパイだったらどうするんだ?お前はそういう裏取りもした上で私に話したのか?違うんだろう?」
「は、い」
「っ、…」

浅黄さんはぐぐ、と何かをこらえ、一度ゴクリと喉を鳴らした。張り詰めた空気が俺の呼吸を咳止め、睨みあった瞳で時が止められているのかとさえ勘違いした。

「とても…、」

今度は俺がゴクリと生唾を飲む番だった。

「とても誇らしいではないか…!」
「は?」

キラキラと輝いた彼の空気に、俺にかけられた金縛りは一瞬で溶けた。

「ありがとう…!私はこの秘密を墓まで持ち帰ると命をかけて誓おうではないか…!」
「は、はあ」
「私はこの恩を一生、紅蓮、いや紅蓮さん!死して尚忘れはしないだろう!」

言い捨てるようにしてその場をすぐに早足で去っていった。

「…、」

彼の普段の態度からの豹変ぶりや、先程の切迫した空気をすぐに思い起こす。俺は今まで、この「姫巫女様の従者」という立場を低く見すぎていたのではないかと思い改めそうになる。いや、彼が少しばかりおかしいのだ。それは周囲の人間に何度か確認をとった。だが、おかしいと知っている彼に話したのはやはり間違いだったのではないかと、俺が今かなり後悔しているのは事実だ。


#

芯を知る同期

「いた、…っおい、柾!」
「あ?誰だ」

俺がその人に声をかけると、その人は低い声で返事をした。
首だけで振り返った柾は、相手が俺とわかると、少し驚いた顔をしながら身体もこちらに向けた。

「…っと、お前か。紛らわしいな」
「何が紛らわしいんだ?」
「なんでもない。気にするな、ちょっと気が立ってただけで…、あー、」

柾はため息を着き、それから「しまった」といった様子で口を抑えた。

「…すまない。今はもう目上だったな。無礼な返事をして悪かった」
「無礼もなにも、同期だろう」
「同期でも、身分は重んじるべきだろう。お前はそういう立場の人間になったんだ。自覚しろよな」
「…わかったよ。でも、そう言う割に柾はいつも誰にも敬語を使おうとしないな?」

俺の質問にチッとあからさまな舌打ちをする彼女。先程はため息を「一応」隠したくせに、もう隠す気も無いらしい。やはり言動が一致していない。

「いい加減そこいじるの止めにしないか。しつこい男は嫌われるぞ」
「でも気になる」
「止めろと、言っている。お前の耳は何を聞いていたんだ。穴の空いたただの人形か?あ?」
「…悪い」

柾は眉をハの字にしてまたため息を着いた。

「で、あんたは俺に何か用があったようだが?」
「ああ、そうだった。急ぎ兄杏様のことで頼みがある」
「兄杏がどうかしたのか」
「…その、言い辛いんだが、」
「なんだ」
「あの人に蹴りを入れてやってくれないか」
「蹴りだぁ?」
「あ、ちょっと違うか。こう、励ますというか、叱ってやって欲しいんだ。出来れば物理的に」
「…俺が暴力を使いたくないと知っているだろう。ついに頭も人形と入れ替えたのか?何故俺にそんなことを言うんだ?意味がわからんが」

今にも「ヤクでもキめてるんじゃないか」と言いたげな顔だった。

「長くなる、話してもいいか」
「一向に構わん。話せ」

俺はつい数時間前に起こったことを、特に兄杏の事は詳細に事実のみを伝えた。
彼の日頃の鬱憤が溜まっていることは施設内役員で彼を知っているものなら周知の事実だった。それが今日の姫巫女と王対談という大事な場面で爆発してしまったのだ。仕方ないといえば仕方ないが、なにもそんな場面で爆発しなくても、と思わなくもない。だが本人と対面し、理不尽な立場の己に憤り、正論で諫められ、結果的には憎むべき相手に恥をかかされるという最悪な事態に陥った。爆発するならあそこしかなかったのだろうとも思う。それでも、一国の「王」が取るべき行動ではなかったと思う。王が、姫巫女である魂消桜宮鍔不羇に手を挙げてしまったのだ。全知’無能’の彼女にもちろん逃げ場はなく、一方的な暴力は彼女を殴り飛ばし、その一撃で彼女が座から崩れ落ちかけたのだ。姫巫女と王の対談がその当人の二人きりで行われているわけではなく、何人もの立会人や後継人、もちろん俺もそこにいた。俺は間一髪で彼女が床に堕ちてしまうのを防いだが、あまりの出来事に兄杏を叱責せずにはいられなかった。
「貴ッ…様…!不羇様が動けぬことは承知でこの暴力に及んだな!正論で言いくるめられ癇癪を起こして暴力に訴えるなどと、そこらのゴロツキのような対応どう責任を取るつもりだ!どう言い訳するつもりだ!」
少女の従者の怒号に現場は水を打ったように静まり返り、刹那の後、呼応するような立会人たちの罵倒で埋め尽くされた。精神的被害者は兄杏だろうが、だれが見ても物理的被害者は姫巫女だ。無抵抗の’少女’に暴力を振るう’王’の地位はその時点でもう地へ落ちただろう。罵倒に罵倒を重ねられた兄杏は、たまらず条件反射のようにお得意の王様俺様演説を吐き捨てて自室へ舞い戻ってしまった。

「まっ…たく、何をしてるんだあいつもお前も…」

一通りかいつまんで話終えると、柾は先程とは比べ物にならないほど大きく深いため息を着いた。

「焦りや怒りを通り越して呆れるぞ」
「お前の主をどうにか改心させてくれないか。さすがに暴力は許せない。本人から謝らせなければ」
「元・主だ。そこんとこ間違わないでくれ。あれは今ただの友人だ」

彼女のトレードマークである指示棒が俺の頬を軽く突いた。

「…まあ、蹴りに関しては理解したが。実行するかどうかは俺が決める」
「必要ないならそれでいい」

今度は俺が息を着く番だった。だが俺の安堵のそれをみた柾は、指示棒を自分の肩に乗せ、少し声を低くしてこう言った。

「あいつをいつも通りくらいにはできる。が、ひとつ確認したい」
「なんだ?」

眉間に深いシワが刻まれた。

「今聞いた話だと、兄杏をキレさせたあんたの主の正論だとか?あと兄杏の暴力後のあんたの徹底した従者っぷりには感心するところもあるが、あいつを地の果てまで落としたのはそのお前の従者宣言のせいじゃないか。それを俺はどうにもフォローできそうにないな…。兄杏が仮に平謝りしたとして、お前が責任どうこうとほざいたのはいただけないな。どうしようもないんじゃないのか。どうにかするのはお前か?それとも巫女様か?」

そこまで聞かれるとは思っていなかったし、どうすると決めているわけでもないので、返答しようがなかった。

「…あー…」

そんな俺をみて、柾は片目を細めて怒りの混じった感情を露にした。

「…はは…、おい冗談だろ、お前、それ、本気か?」
「すまない、考えておく」
「考えておく、だぁ…?」

ぴくりと頬を吊り上げ、柾はいきなり右足を半歩後ろへ下げた。

「あ、ああ…?」

風を切る音が聞こえた気がした。いや、聞こえた。

「クソが」

腹部に鈍痛。手加減などない、物理的「蹴り」だった。

「「変える」んじゃなかったのか、紅蓮」
「…柾、」
「すっかり素敵な「従者」様になっていいご身分だな。いつになったらお前は動くんだ?」

いつも呼吸するように真っ直ぐな罵倒をする彼女。彼女が、言葉ではなく暴力を俺に与えたのは初めてだった。

「苛々するんだ。あいつも、お前も」

彼女の悲しそうな声を聞いたのも、初めてだった。


#
20130827加筆修正

突き刺した言葉

(東京異端審問)


珍しく大規模な暴動があった。原因は過激派による暴走であったが、その場に偶然いた保守派人員が巻き込まれそうになり超能力で防戦する形になり、超能力者同士の力がぶつかりあえば子どものかわいい駄々のように済むはずもなく。暴動勃発から一時間も経っていないはずだが、既に近辺にいた超能力者と事態の収拾に駆けつけた警察までもが絡んだ抗争にすり変わりつつある。
もうもうと広がる土煙のそばに一台のワゴン車が到着した。中から降りてきたのは紫色の髪の、しかし髪以外はなんとも地味な男だった。

「わー…これはすごいね」

僕はお気に入りの市松模様のネックウォーマーを口元まで手繰り寄せて、少し目を細めた。

「大変だから増援頼んだんですって…。そんなのんきな声出さないでくださいよ…」
「なんで僕が出てこないといけないんだよ?現場は若い人の仕事だろうに」

車から降りて早々に手をぱぱっと振るうと、手の動きに合わせて風が土煙を払った。クリアになった周囲に転がっている大きな瓦礫を視認するも、緊迫した状況に飲まれてはいけないと大きなため息を着く。

「27だったら若いって判断なんでしょう?」

車を迎えた薄青色の髪の青年は僕よりも6つも若い。ワゴン車が走り去ったのを確認してから僕を横道へ案内する。周りを警戒しながら細道を縫うように進む。目的地は一応乱戦になっているらしい現場だ。案内されるがままに後ろをついて歩くが、どうにも静かすぎるこの状況に耐え切れずまた溜息をついた。

「いやー…それにしたって一応僕幹部だしさー。ていうか一応この地区の最高責任者なんだけどさー。それがなんで君に呼ばれたくらいでのこのこ出て来なきゃいけないわけ…。そもそも椅子に座って君らの報告待つのが僕の仕事だろ」
「そんなこと言ってるのほかの人に聞かれたらどうするんですか…」
「それはその時でどうにかなるって。僕だって話す相手は考えてるよ。はは」
「いやいや、彰さん、笑ってる場合じゃないですって」

それほど遠くない場所で何かの爆発音のようなものが聞こえた。数秒遅れてガラガラと何かが崩れるような音も聞こえてくる。現場はそう遠くないようだ。

「そうは言うけどさ、僕くらいは余裕で笑ってる方が他の奴の心のゆとりになるんじゃない?」
「…ちゃんと考えてたんですね」
「モリコー、お前は僕をなんだと…」

僕は笑っている。
こんなことはなんでもないんだと自分に言い聞かせているのもある。
僕はどうしたものかと頭を悩ませている。
現場に駆り出される日なんてこの地区を任される幹部になってから随分久しい。ましてや砂埃がもうもうと舞うあそこに呼ばれた状況を見れば、あとは頼むよ、なんて言って軽く帰れるわけがなかった。

「僕の前に撤退部隊来ただろ。連絡は?」

保守派の要といってもいい撤退部隊。無駄な抗争や騒ぎを避けるには、起こってからの逃走がいくら素早くできるかが重要だ。その名の通り保守派人員の回収撤退それのみに尽力する空間移動と空間把握の能力者をまとめた部隊で、保守派の中でもかなりの人員が当てられて一番仕事が多いといってもいい部隊だ。

「まだ終わってないみたいです」
「…、終わるまでどれくらいかかんの」
「さあ…。前線で戦っちゃってるやつ以外の撤退が完了したら花火打つって言ってたんで、それまでは帰れませんよ」
「別に帰りたいなんて言ってない」

曲がり角の向こうから風に乗って小石が転がってきていた。あのサイズの石が自然に転がるような風はふいていない。これは。

「モリコー」
「俺に言われても撤退はどうにも、」
「まて。何かくる」

ぶわっと風が流れ込んできた。明らかにビル風ではなく人為的に起こされた突風だ。超能力者の風だった。咄嗟に風を巡らせて攻撃に備えると、それにぶつかるように正面からすごい勢いの風が吹き抜けた。周囲の雑多なものを撫であげて駆け抜けた風の後ろ、角から小さな人影がでてきた。

「!? こんなところに誰が」
「モリコー、おまえ撤退の手伝いしてこい」
「は?いや俺は」
「サイコメトリーあるだろ。撤退部隊に入りたくないって融通してやったの誰だと思ってんだこんな時くらい働け、行け」

こんな時に幹部の権力を使うといつも思うが、僕がいつの間にどうやって幹部になったのだろう。成り行きというのは怖いものだ。でも使える力があるなら使うべきだし、権力は役に立つのだから、やっぱり僕には権力が必要だったからこうなったのだろう。

「…はい」

今来た道を戻っていくモリコーの後ろ姿を見ている場合ではなかった。正面からくる人影は随分と正気ではないようだ。過激派にしてももうすこし相手を見てから攻撃してくる。こちらが一般人である可能性を考えてあんな直接的な攻撃をするだなんてことはまずない。

「ねえ、君、過激派かな」

わかりきっていた。

「…あなたは違うの?」

だがそれが幼い女の子だとは思っていなかった。
とぼとぼと歩み寄ってくる女の子の髪はふわふわと風になびいていて、やはり先ほどの突風は彼女のものだったのだろう。真っ青で鮮やかなパーカーからやけに幼い印象を受ける。

「保守派だよ」

刹那突風が僕の周りにまとわりついた。女の子は親の敵を殺すような勢いで僕を睨みつけながら一生懸命に手のひらをこちらに向けている。保守派が憎いのだろうか。それにしても随分と幼い力だった。
足元から巻き上げるように竜巻を作って女の子の方へ走らせれば、女の子の風はたちまち僕の竜巻に混ざって主導権を失っていく。

「そんな、うそ、私より、」
「大人をなめちゃいけないよ」
「超能力なんて…っ」
「素敵だよね」
「どこが!」
「いいように使えばだけどね」

女の子の直前で竜巻の進行を止めて散らしてやれば、女の子は理解できないといった表情で僕をまた睨みつける。鋭くとがった風が僕に一直線に進んでくるのが見えた。けれど、僕が息を吹きかければ花が咲くように先端は分かれて力を失った。

「この、この力が私だからっ、私は使わなきゃいけない!」
「嫌な目にあった?」
「そう、そう!」
「そんなふうに力を振るうからだね」
「私は悪くない!みんなが!いけないんだもん!」
「君が傷つけようとした」
「してない!」
「君は風で飛べる?結構楽しいよ」

ふわりと風に乗って女の子の頭上を飛び越え背後に立ってやる。やはり見惚れたようだった。きっと彼女は超能力を攻撃にしか使ったことがないのだ。

「思うにこの騒ぎは君が発端なんじゃないかな?」
「あ…。わ、わたしっ」
「ああ、当たりなんだ?それは穏やかじゃないね」
「だって、だってだって、過激派はそういうところだから…!」
「?」
「超能力は、私を一人にするし、でも、私はこれをつかって自分でなきゃいけないし、」
「ふーん…」

過激派であるから過激にならざるを得なかった?この子は過激派らしい考えがあるというわけではなく混乱して暴走気味なんじゃないのか?
あー、やだやだ。考えるのはきらいだ。

「ねえ君、保守派に来れば」
「…え?」
「戦いたくないんじゃないの?風で飛んでみたくない?遊んでみればいいよ。僕が教えてあげるし」
「超能力は、振るうためにある、のに」
「自分のために有益に振るうんだよ。それじゃいけないのかな」
「そ、それは、」
「君、名前はなんていうの?僕は、彰っていうんだ」
「…?」
「僕わりとそういう融通利かせられる立場なんだよね。おいでよ、保守派」
「わ、わたしは…」

ああ、戦わないで済みそうだ。
邪魔が入らなければ、もっと楽ができそうだったのに。

「山川原ぁ〜」

僕の背後から見知った声が聞こえてきた。飄々とした声音で、それでいてねっとりと絡め取るような粘っこい発音の不快な声だ。
僕は声から逃げるように慌てて飛び退いた。文字通り飛んで。面倒くさいのだこいつは。再び女の子と対峙した最初の位置に戻る。そいつは女の子の後ろにまで来ていた。小さな女の子を丸め込むように後ろから抱きしめて、何故かその子の耳を塞いだ。

「あかんで、そんな訳わからんこと言ってうちの子を引き抜かんといてぇや」

男は、來島という名前だ。以前も「余計なことに無理に関わろうとするからこうなるんやー」とか僕の芯っぽいところをネチネチつついてきて面倒くさいったらない。

「だって、その子は迷ってるんじゃないのか?そっちこそ無理に引き止めるのはどうかと思うね」
「咲ちゃんは、自分で選んで、自分で過激派に入ったんや。それをあとから出てきてそっちに引き込むやなんて、ルール違反なんとちゃうんか?」

女の子は咲ちゃんというらしい。それから、この話を聞かせまいと必死なところを見ると、話を聞かせればこちらに入りかねない思考であることも安易に想像できる。來島は咲ちゃんとやらに随分と執着しているようだ。

「過激派の君と保守派の僕の間に成立しているルールなんて存在しないと思うね」
「はっ、それもそうやなあ」
「超能力者の意思は、どこまでも自由であるべきだよ、來島」
「うるっさいなあ、咲ちゃんはうちのや。そっちになんか死んでも行かせんで」

琥珀色の瞳に明らかな怒りが混じった。

「今回は、咲ちゃんがちょおっとばかしカッとなってしもて、こない大事になったんは悪かったわ。まさかお前が出てくるまで荒れるとは思ってなかったんや。ほんまやで?」
「へえ」
「今回は俺の管理不足やし、謝るわ。堪忍してえや」
「そんな簡単に謝っていいの?」
「今回は!やで!咲ちゃんのこともあるからな!」
「随分お気に入りなんだね」
「そんなんちゃうわ!」

彼女にどんな魅力があるのか知らないが、本当にお気に入りらしい。これでバレていないと思っているのだからこいつはどういう頭をしているのか。
獲物を守る獣のような、今にも唸り出しそうなその姿をみてそう見えない方がおかしい。
おもわず笑いが漏れそうになっていたところに、建物の向こうの空で花火がぽんぽんと上がったのが見えた。

「…? なんやあれ?」
「僕らの撤収の合図だよ。ちょうどいい、僕もここらで帰るよ」
「は…?なんや、えらいあっさりしてるやんけ」
「僕は面倒臭がりなんだよ。知ってるだろう。できるだけ早く帰りたい、それだけだ」

抑えられっぱなしだった彼女が、何故か談笑する僕を見ていい加減やめろといわんばかりに勢いよく來島の脚を踏んづけた。

「いった!!」
「耳痛い!」
「あ、それは、堪忍やで」

ぷりぷりと怒る様を見ると、まあ随分と冷静にはなったようだし、今回の暴動はここで終わるだろう。けれど彼女は、また同じことを繰り返してしまうんじゃないだろうか。

「咲ちゃん、だっけ?」
「!?」

突然名前を呼ばれて、女の子は随分と眉間に皺を寄せて訝しげにこちらをみた。

「また今度会えるといいね」
「えっ…?」

明らかに動揺する咲ちゃんを、來島が慌てて抱きすくめたのが妙に滑稽だった。

「なっ、お前そういうの言うなアホが!」

これはいい暇つぶしになりそうだと思ったけど、すでに考えるのが億劫になりつつあるのでこれで終わりにしたほうがよかったかもしれない。


疑心暗鬼

突然だった。つう、と鼻の下を何かが伝っていくのを感じた。

「それは紅蓮ではないな。私の嫌いな赤だの」

姫巫女様がそう言ったのがやけに耳に刺さった。数秒後に俺は上唇に垂れてきたそれを舐めとり、自分が血を流していることを知ったのだ。

「あ…、」
「そのケガはすぐに治るものであろ?」
「は、はい、数分で治まります、お見苦しい姿を晒してしまい申し訳ありません」
「ほ、そうか。なら良い」

随分と無関心なものだ。部下が血をぼたぼたと床にこぼしているというのに、ああしろこうしろといった指示が無いとは。

「…一度下がっても良いでしょうか」

あまりに耐えかねるので言葉を発してみれば、遂にゴクリと何かを嚥下してしまう。不快な味がして、右手で鼻をつまんだ。

「はよう、の」
「失礼します」

少し大股ですぐ横の部屋へ移り、普段は透明な液体をぐるぐると回して流れ去るだけのそこに右手を差し入れる。赤いマーブル模様がゆらゆらと踊った。

「っぶ…、」

鼻血はどうすればいいんだったか。つまんで上を向く、のは、喉に血が溜まってあまりよくないんだったか。下を向けば流れすぎて止まらないんだったか。曖昧な思考をしながら口元を冷水ですすいでいれば、いつのまにやら止まってしまっていた。

「掃除…しないと」

手や顔を拭いて赤く染まってしまったタオルを、どうせ捨てるのならと雑巾にしようと思い立って、濡らして固く絞る。
そうしながら自分は何をしているんだろうかと、答えのない自問自答を頭の中に巡らせた。
何をしにきたのかをいちいち思い出すのも億劫になるが、でも今の俺があながち不要なことをしているわけではないので、結局俺は穏やかで平坦な思考に落ち着くのだ。

「紅蓮や、まだかえ」
「すいません、もう少し!」

思えば拾われたときは恐ろしい存在と思っていた姫巫女の、まさか従者になるとは。てっきり無礼をはたらいたのですぱっと首を飛ばされて俺の生は尽きたと覚悟したのに。ろくに顔も覚えていない、けれど服だけはいつだって立派だった母の姿が浮かんで仕方なかった。

「姫、」

皮肉なものだ。汚れきった俺がこの天の中心人物の従者なんて、なんて滑稽だろう。いつかきちんと問いただしたいものだ。
そもそもなぜ彼女が姫と崇めたたえられているのか、俺はまだ神事を拝んだことがないのでさっぱりだ。まずその神事を拝ませてもらえないことが不自然極まりない。何から何までしなければ動けもしない姫の世話を任されているというのに、彼女の唯一の責務と思われるそれに同席することを許されない。
重厚で荘厳な扉の奥に、まさか異次元があるわけでもないくせに。

「紅蓮!」
「、はい!」

思案に溺れる癖をどうにか抜くことはできないだろうか。何かと不自然に時間を忘れることがある。特にこの部屋で過ごす時間が多くなってから、比例するように増えた。

「遅くなりました」
「紅蓮、お主、まったく…」

顔を見るなり姫様はすっと目を細めて、そしてすぐに扇子で顔を隠した。

「仕様のない奴だの。ふふ」
「...? はあ…、すいません...?」

愛しい我が子のいたずらを見守るような、そんな情のこもった表情だった。
瞳の中できらきらと踊る光を、俺はもう不自然なものだとは思わなくなってしまっていた。

.

私と少年のある昼食

鏡に写った自分が嫌いだった。周りの人との違いを感じて悔しさが尽きる事はない。
まあ今は鏡ではなくて、綺麗に磨かれたショーケースに写った自分を見ているわけだけれど。

「はーいぇあ、りっちゃん今からお昼なの?」
「はい」
「一緒に食べない?奢るよ?」
「では、お言葉に甘えて」

うどん屋の入り口の暖簾に僅かに頭が触れる。私の視界は物心付いた頃からこの高さだ。
手を伸ばせば対面に届いてしまう程度の大きさのテーブル席に案内され、私とナナシはテーブルを挟んで座った。私が店員に月見をひとつ、というと、ナナシがきつね!と楽しそうに続いて言った。
店員は、少々お待ちくださいね、と優しく言った。明らかに子供扱いである。

「仕方ないことですけどね」
「ん?何が?」

思わず声に出していたらしい。

「ああ、いえ、やっぱり子供にしか見えないのかと」
「あー、今のは俺のせいだね。ごめん。りっちゃんと飯だからテンション上がっちゃって」

ナナシの、照れ臭そうに笑うその表情は子供のそれとは全く別物だった。

「違いますよ、行動じゃなくて外見の話です」
「外見?」
「身長とか」

彼がぱちりと大袈裟に瞼を開閉すると、その一瞬瞳孔がすっと細くなった。数秒もしない内に丸くなったけれど。

「りっちゃんは俺よりずっと大人だよ」
「なんですかいきなり」
「周りがちゃんと見えてて、大人だ。俺なんて目の前のりっちゃんでいっぱいいっぱいで他なんて見えないや」

ナナシがまた、子供らしくない顔で私を見る。なんだか苦しくて、無意識におしぼりを手に取った。

「…ね、りっちゃんはその身長に満足してないの?」
「してないですよ。不満です。諦めてはいますけど、もっと伸びればいいと思います」

急に何かと思えば、そんな当たり前の質問。いや、当たり前じゃないのか。

「ナナシは違うんですか?」
「俺?俺はすごく満足してるよ」

ナナシは私に続いておしぼりに手を伸ばした。くるくると巻かれているおしぼりを一度広げてから手を拭う。

「へえ、どうしてです?」
「こうやってりっちゃんとの話題になってるし」
「真面目に答えてください」
「大真面目だよ。他の誰よりも、りっちゃんの視界にぴったりでしょ、俺」

背比べをするような動きを繰り返すナナシの手。その指先の、真っ黒で長く鋭利な爪はいつ見ても悪趣味だと思う。

「…馬鹿ですかあなたは」
「えー、結構良いこと言ったと思うんだけどなー」

まあ、ね。

「私抜きで考えて、どうなんです?」
「それでも俺は満足してるよ」

ナナシは嘘つきだ。何が「大真面目」だ。今の顔の方がよっぽど楽しそうな顔をしている。

「…理由を教えて貰えますか?」
「まあ一番は子供料金だなー!あと他より通れる道が多くて仕事はかどるしー?それからね、俺頭撫でてもらうの好きでさ、この背だと特なんだよねー、へへへ」
「…幸せそうですね」

私がそう言うと、彼の猫耳が縦になってこちらへ向けられた。

「あ、なになに?りっちゃんも俺を撫でてくれるの?」
「そんなこと言ってません」
「りっちゃんに撫でられたら俺何でもできちゃう気がする!ね、撫でて撫でて?」
「拒否します」
「えええ、残念…」

ナナシがしゅんと落ち込んだのとのと同時に、店員が月見ときつねを持ってきた。
器が熱くなっておりますので気を付けてください、ご注文は以上でよろしいでしょうか、では、どうぞごゆっくり。
丼の中央にどや顔で鎮座している未だ生っぽい卵をまず底に沈める。しばらく置いておいて熱を通すのが私のいつもの食べ方。

「…あーあ、きつねが憎い」
「狐の知り合いでも居るんですか?」
「ちがうよ、りっちゃんに大切にされる黄色いお月様にすればよかった」
「…いきなり何言ってるんですかあなたは」
「そうだよねー、卵恨むならまだしもきつねに罪はないよねー」

そう言って、大きなお揚げにかぶりついた。
全く仕方がないこどもだ、と思いながらため息を着いて、私は対面に座る無邪気な彼の頭に手を伸ばした。

「奢ってくれてありがとうございます」

撫でる、というよりは軽くぽふぽふと叩くような動作になってしまった。

「りっちゃあん…!」

くわえていたお揚げがそのままべちょりと落ちて、器の中の汁が跳ねた。

「わ、やめてくださいよ袖が汚れるじゃないですか」
「わああごめんねりっちゃん、でもらっびゅー!」

ナナシは満足したようだった。

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