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私と少年のある昼食

鏡に写った自分が嫌いだった。周りの人との違いを感じて悔しさが尽きる事はない。
まあ今は鏡ではなくて、綺麗に磨かれたショーケースに写った自分を見ているわけだけれど。

「はーいぇあ、りっちゃん今からお昼なの?」
「はい」
「一緒に食べない?奢るよ?」
「では、お言葉に甘えて」

うどん屋の入り口の暖簾に僅かに頭が触れる。私の視界は物心付いた頃からこの高さだ。
手を伸ばせば対面に届いてしまう程度の大きさのテーブル席に案内され、私とナナシはテーブルを挟んで座った。私が店員に月見をひとつ、というと、ナナシがきつね!と楽しそうに続いて言った。
店員は、少々お待ちくださいね、と優しく言った。明らかに子供扱いである。

「仕方ないことですけどね」
「ん?何が?」

思わず声に出していたらしい。

「ああ、いえ、やっぱり子供にしか見えないのかと」
「あー、今のは俺のせいだね。ごめん。りっちゃんと飯だからテンション上がっちゃって」

ナナシの、照れ臭そうに笑うその表情は子供のそれとは全く別物だった。

「違いますよ、行動じゃなくて外見の話です」
「外見?」
「身長とか」

彼がぱちりと大袈裟に瞼を開閉すると、その一瞬瞳孔がすっと細くなった。数秒もしない内に丸くなったけれど。

「りっちゃんは俺よりずっと大人だよ」
「なんですかいきなり」
「周りがちゃんと見えてて、大人だ。俺なんて目の前のりっちゃんでいっぱいいっぱいで他なんて見えないや」

ナナシがまた、子供らしくない顔で私を見る。なんだか苦しくて、無意識におしぼりを手に取った。

「…ね、りっちゃんはその身長に満足してないの?」
「してないですよ。不満です。諦めてはいますけど、もっと伸びればいいと思います」

急に何かと思えば、そんな当たり前の質問。いや、当たり前じゃないのか。

「ナナシは違うんですか?」
「俺?俺はすごく満足してるよ」

ナナシは私に続いておしぼりに手を伸ばした。くるくると巻かれているおしぼりを一度広げてから手を拭う。

「へえ、どうしてです?」
「こうやってりっちゃんとの話題になってるし」
「真面目に答えてください」
「大真面目だよ。他の誰よりも、りっちゃんの視界にぴったりでしょ、俺」

背比べをするような動きを繰り返すナナシの手。その指先の、真っ黒で長く鋭利な爪はいつ見ても悪趣味だと思う。

「…馬鹿ですかあなたは」
「えー、結構良いこと言ったと思うんだけどなー」

まあ、ね。

「私抜きで考えて、どうなんです?」
「それでも俺は満足してるよ」

ナナシは嘘つきだ。何が「大真面目」だ。今の顔の方がよっぽど楽しそうな顔をしている。

「…理由を教えて貰えますか?」
「まあ一番は子供料金だなー!あと他より通れる道が多くて仕事はかどるしー?それからね、俺頭撫でてもらうの好きでさ、この背だと特なんだよねー、へへへ」
「…幸せそうですね」

私がそう言うと、彼の猫耳が縦になってこちらへ向けられた。

「あ、なになに?りっちゃんも俺を撫でてくれるの?」
「そんなこと言ってません」
「りっちゃんに撫でられたら俺何でもできちゃう気がする!ね、撫でて撫でて?」
「拒否します」
「えええ、残念…」

ナナシがしゅんと落ち込んだのとのと同時に、店員が月見ときつねを持ってきた。
器が熱くなっておりますので気を付けてください、ご注文は以上でよろしいでしょうか、では、どうぞごゆっくり。
丼の中央にどや顔で鎮座している未だ生っぽい卵をまず底に沈める。しばらく置いておいて熱を通すのが私のいつもの食べ方。

「…あーあ、きつねが憎い」
「狐の知り合いでも居るんですか?」
「ちがうよ、りっちゃんに大切にされる黄色いお月様にすればよかった」
「…いきなり何言ってるんですかあなたは」
「そうだよねー、卵恨むならまだしもきつねに罪はないよねー」

そう言って、大きなお揚げにかぶりついた。
全く仕方がないこどもだ、と思いながらため息を着いて、私は対面に座る無邪気な彼の頭に手を伸ばした。

「奢ってくれてありがとうございます」

撫でる、というよりは軽くぽふぽふと叩くような動作になってしまった。

「りっちゃあん…!」

くわえていたお揚げがそのままべちょりと落ちて、器の中の汁が跳ねた。

「わ、やめてくださいよ袖が汚れるじゃないですか」
「わああごめんねりっちゃん、でもらっびゅー!」

ナナシは満足したようだった。

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