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其れは何ぞや。

「ふむ」

その人はテレビを熱心に御覧になっていた。

「おーい、紅蓮は居らぬのかえ」

限られた畳一枚分のスペースの中で、重たそうな髪飾りが沢山付いた頭を振り回しながらその人は急に俺の名を連呼し始めた。

「紅蓮、紅蓮や、何処に居るのかえ。はよう」
「御呼びですか、姫様」

その姫の斜め後ろの柱の影から、姫の斜め前へ移動した。
姫は、それはそれは幼い子供のような不機嫌な顔をしなさった。

「呼んだのじゃ、もっとはよう出てきてくりゃえ」

アヒルのような口になり、姫は俺を睨んだ。

「申し訳ございません、次からは」

謝罪は45度。腰をきちんと折って謝罪すると、姫は一変した甲高い声で俺にこう言った。

「そちに尋ねたいことがあるのじゃて」
「何なりと」
きらきらした瞳で、此れは例えではなく本当に、瞳の中で光が舞っている目で、無邪気に尋ねられた。

「けーきとは何ぞや?」
「ケーキは、西洋の菓子ですが」
「ほ!菓子なのかえ!?あのような形のもの食えるのかえ!?」
「はい、ふわふわしております」
「ほほ!ふわふわ!」

姫はすっくと立ち上がりぴょんぴょんと跳ね始めた。

「ふーわふわっ」
「姫、御召し物が、」

等間隔に幾重にも重なっていた着物が見事に乱れた。

「構わぬ!のう、紅蓮や、余はけーきとやらを食べたいぞえ!」
「は、直ぐに用意致します」
「あの、真白なるものに赤いのが乗ってるのが食べたいぞえ!」

姫がテレビを指差しながら言ったので、俺はそちらを観てみた。

「ショートケーキですね、かしこまりました」

軽く頭を垂れる。と、また姫が甲高い声を上げた。

「珍妙な!濃ゆいあんこよりも濃ゆい色ぞえ!あれも食えるのかえ!」

顔を上げてみると、姫は既にちょこんと元の形に座っており、吸い込まれそうな勢いでテレビを見ていた。

「チョコレートケーキですね、そちらもご用意致します」

返事をしながら俺は姫の方へ歩み寄り、跪付いて服の乱れを正した。

「うむ、はよう、の!余の服など放って、はよう!」
「いけません、姫は完璧な姿で居なければ」

幾重の布を一枚ずつ綺麗に皺を伸ばす。

「構わぬと言うに。今日は誰にも会わぬ日のはずじゃろ?」
「常日頃から気を配らねばなりません」
「…む、面倒よの、しかし、致し方ないの」
「ご理解頂けたようで、嬉しい限りです」

ぴっ、と最後のシワを伸ばし終えたのを確認して立ち上がる。と。

「十分は黙って待っておる故、はようの」
「…かしこまりました」

全く、姫は無茶なお願いをなさる。


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彼と彼女の思い出探し

「私を肩車して下さい」

訳がわからなかった。率直に、意図がわからないから嫌だと答えれば、約束はどうしましたか?と真顔で問われた。
あれ、いつから俺は下の下に配置されたのだろう。

「…何か意味があるんだろうな?」
「上手くいけば一石三鳥くらいの効果です」

彼女は、彼女自身の為に真っ直ぐな人だった。つまり、これもやはり意味があるのか。

「もし嫌だと言ったら?」
「エックス、貴方は何か勘違いをしているようですね」
「勘違い?何をだ?」

私と貴方は上と下なんですよ、とか言うのかと思ったら。

「質問と意見は許可してます。でも、貴方に拒否権は与えてませんよ」

こいつ徹底的だなぁと心底思った瞬間だった。

「…わかったよ」
「お願いします」

身長や体重、体格の面からして、俺からすれば彼女は少し大きな荷物、という程度だった。

「やはり高いですね」
「2メートルは越えてるからな」

人通りのある普通の道で、それは頭ひとつ飛び出していた。

「で、これの意味は?」
「既に幾つか得られたものは有りますよ」
「いつもより高い景色、とかか?」

馬鹿にするように笑いながら言ってやると、少しだけ髪の毛を引っ張られた。

「いた」
「それもありますけど、こっちは真面目に貴方の分析をしてたんですよ」
「は?」

彼女は俺の髪の毛を手で弄りながら淡々と述べた。

「肩車、する事に慣れてるようですね」
「や、それは、どうだろう」
「何故です?」
「記憶無い事を知ってしばらくの事なんだが、落ち込んでた俺を慰めてくれた女の子が居てな。その子に初めて肩車した時は下手くそだと怒られた」
「…ということは、逆ですか。貴方は誰かの弟だったのか、一人だったのか…いずれにせよ、下に誰か居たわけではなさそうですね」
「へぇ、そういう解釈もできるんだな」

肩車がどうこう、だなんて俺ならわざわざ考えたりはしないし、そんな解釈することもなかったな。

「あとひとつ」
「あ?」
「父親かもしれませんね」
「父親?」
「まあ、これは多分ハズレかもしれません」
「ハズレ?なんで」
「私の腐った感覚など、あまり信頼できないでしょう」
「…そうか」

こんな時、何か上手い返事ができる巧みな話術が欲しいと願ってしまう。

「エックス」
「なん、ぁ!?」

唐突に、口を開けた僅かな一瞬を狙って指を突っ込まれた。
彼女は、左右の人差し指をそれぞれ俺の口に突っ込んでいて、

「…あにすんあよ」
「いやぁ、お父様はこんな事をしても許してくれたなぁと、思い出している所です」
「ふぉんなあかあ」
「とても、懐かしいです。あ、エックス、あそこに宿の看板が見えます、今日はあそこに泊まりましょうか」
「…わあっあよ」

ああ、理不尽だ。


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