月と生活の光に照らされてギンは微笑む。

「誕生日おめでとう」

カスミソウの小さな花を散らした淡い黄色いバラの花束が乱菊の手に渡った。小さなテーブルの上には餡で巻いた月見団子とワインが二人分乗っている。

「あんたから花束なんていついらいかしら」
「さあ、いつ以来やろ」

ギンは団子をつまむ。冬獅郎を寝かせた後、晩酌がてら月見をしようと二人はベランダに出ていた。

「しかもバラの花束なんて」
「秋バラがええって新しくできた花屋のお姉ちゃんが」
「地味に秋もバラのシーズンだしね」

鮮やかさや派手さでは初夏のバラには勝てないが、穏やかさや香りなら勝るとも劣らない。

「それにこの色乱菊の髪の色っぽくて」
「確かに。……なんだかんだ言ってこういう時はしっかり旦那してるわよね」
「普段からキミの旦那のつもりやねんけど」
「まあ、ね」

黄色のバラには嫉妬という意味もある。自分から少し遠い、ギンの『父親』や『社会人』の面に嫉妬することが乱菊にはたまにあった。
(ま、しゃあないか)
それらがあっての『家族』なのだ。そうして自分達は回っている。

「ボクも乱菊の嫁の顔見てたいし。なあ、今日の晩御飯のことやねんけど」
「あのお好み焼き?生地ふわふわで美味しかったけど」

今日の月のように丸いお好み焼き。誕生日だと知っているくせにロマンチシズムに欠けたものを出してきたと少し残念に思っていた。

「そう」

ギンは乱菊の唇に口づけた。

「花生けたらベッドで待ってる」

ギンはリビングに戻っていく。乱菊の顔は真っ赤になっていた。
(あーだめだ私)
たまにギンはやらかすということをすっかり忘れていた。晩御飯から全て伏線を張っていた。そしてそれに気づかずにひっかかった。
想定外の自体に弱いのは自分も同じだ。乱菊はギンの分のワインと自分の分のワインを一気に飲み干す。自分の中から久しく忘れていた熱いものが湧き出してくる。

「待ってなさいよ、ギン」

なくのはあんたの方よ、とワイングラスと月見団子のセットと花束を持ち、乱菊は勢いよくガラス扉を開いた。