「ちょい太りました?」
「は?」

メイクのされた市丸の笑顔が一瞬ひきつる。細い目からのぞく鋭く冷たい眼光に蛇に睨まれた蛙という言葉を恋次は再認識させられた。
(だから言ったじゃねえか馬鹿野郎!)
恋次は心の中で毒を吐く。嫌われたくないからと腑抜けたことを言った同期の桜の必死な顔にほだされた結果がこれだ。柱の裏から覗くイヅルの怯えた顔が今はひたすら恨めしかった。

「……いや、なんでもないっす」

確かに橙色のビキニとパンツの間からのぞく市丸の白い腹は以前よりも少しだけ丸みを帯びているように見える。もっとも、それを見たのも三十年以上前の話だ。あの事件で性別が入れ替わってしまった今となってはあてにならない。

「確かに食べる量は最近増えたけどな。しかし、キミ女の子になってもひらひら似合わへんな」

恋次の纏う白黒のメイド服をギンは指差す。恋次は思わず黒いミニスカートをにぎりしめた。
隊長は水着グラビア、副隊長はメイド服でグラビア。各隊長のグラビアから続く、元女性死神協会及び瀞霊廷通信編集部の暴挙の果てがこれだ。
着たくて着ているわけではない。羞恥心と怒りが混じり、恋次の頭に血がのぼった。しかし市丸はどこ吹く風といった態度、相変わらずの飄々さで笑いながら恋次に尋ねた。

「なあ、阿散井」
「なんすか」
「……一回ご主人様言うてくれへん?」

その問いに柱の陰に隠れていたイヅルの顔が真っ青になり、更にひきつる。そして顔のそばで親指を下にむけるというハンドサインを見せていた。
(市丸に最初にご主人様っていう権利を渡さねえと殺すってとこか)
十三隊屈指の市丸信者であるイヅルらしい反応だ。同期の桜が相手でもおかまいなしだ。

「吉良に頼んでくださいよ」
「イヅルには当然言わすけど、ガテン系メイドもええなあ思って」

ガテン系メイドってなんだというツッコミを恋次は無理矢理沈める。しかし、それ以上に恋次には気になることがあった。
(この状況で殺気出すか普通)
市丸に言及されればアウトだ。じっとりとした青黒い視線が恋次を射抜いている。柱の陰からのぞくイヅルはひどい無表情だった。
イヅルの親指が後ろを向いた。殺る気満々だ。しかし、殺すから殺るに変わったのは幸いだ。イヅル相手の正面きっての戦いならこちらに分がある。恋次は腹をくくった。

「……はあ。ご主人様、ミードはいかがっすか」
「うん。おおきに。あとでルキアちゃんにも言うたげやー」

市丸は恋次に背を向けた。羽織った白いパーカーをはためかせながら、この茶番に飽きたらしい市丸は去っていく。

「……阿散井君、表出ようか。久々にキレたよ」
「やれるもんならやってみろ」

二人は笑顔で肩を組みながらスタジオから出て行った。



オレンジポリグラフの続きみたいな話。