雪かきを依頼された場所は、校内数十か所と散らばっている。そのため、簡単なくじ引きを作った。志賀、百枝、篠岡が加わり、二人一組が二つと、三人一組が三つの計4チーにとなる。

花井は、三橋、泉の三人一組での除雪作業となった。
斬新なメンバーだったが、思いの他スムーズに作業が進んだ。群馬で三年間生活を送っていた三橋が、思いの他雪の扱いに慣れていたので驚いた。(一番心配していた人間だったのだが)
他愛ない話をしながらも、三人一組で仕事をこなせば終わるのも早い。次のポイントは第一グラウンドの出入り口だった。

いたずらに新雪へダイブしたりしながら、花井達一行は次の作業ポイントに移動した。雪まみれになりながら歩いていると、田島・阿部班が黙々と雪を排水溝に流している場面に遭遇する。何ともいえない取り合わせに、苦笑するしかない。


「珍しい二人組だな」
「あの二人だと、どんな会話になるんかな」
「阿部がああだし、野球か三橋の話になるんじゃね」
「……な んで、オレ?」


談話が弾むのかいまいち分からない二人組に、遠くから泉と二人苦笑する。
三橋は、頭の上にクエスチョンマークを三個ほど浮かべていた。

こちらのやり取りに気付いた阿部は「こっちより労働力が1・5倍なんだ、しっかり稼げ」とごもっともな言葉を投げてくる。
想像通り、楽しく話が弾んでいる様子ではなさそうだ。
それどころか、田島が黙々と物言わず働いている。当然だが、しかし不自然かつ不気味な光景に見えた。阿部も、予想外に大人しい田島を持て余しているように見えた。


「田島の奴、朝からあんな調子なんだよな〜」

泉が、声を潜めて呟いた。

「何、田島なんかあったのか」

大方、自分のせいだと分かっている分、話題に乗っかろうと頑張る声が白々しくなる。

「クリスマスなのに、サンタは俺を見放した〜、とか訳わからんことボヤいてたぞ」
「はあ?」
「だから、俺らもよくわかんねーよ」

九組が誇るバイリンガル泉を持ってしても田島語を訳せないとなると、お手上げである。
田島の不機嫌の理由は、もっと別にあるのかもしれないと花井は考えた。
そうであれば、今日一日田島の機嫌を伺いながら過ごさなくてもよくなるかもしれない。

不謹慎ながら、心が晴れてくるような気がした。しかし、田島と目があった瞬間に、またも視線を逸らされたため、落胆する。
どう考えてもご立腹の原因は花井にある模様だ。






想像以上に降り積もった雪は、小さなスコップでせっせと掻き分けてもなかなか一度には取り除けない。全行程が終わった頃には、既に短い日は傾きかけていた。
日々の練習の方が格段にきつい筈なのに、疲労感は何故かいつもより重く感じた。


『いつも使わない筋肉を使うからねえ、全身の筋肉トレーニングにもなって良かったね。
明日からは冬休みだからまた一日みっちりと身体使っていくよ。覚悟してね。と、言うわけで、今日は早く家に帰って、ゆっくりと休んでね、それじゃあ、解散。』


このまま、体育館に移動してトレーニングだと思っていたため、予想外に早いモモカンからの解散指示に、皆呆気に取られた。


「うーん、モモカンなりのクリスマスプレゼント……だったりして」


栄口が、力の抜けた声を出して笑った。


「いや、モモカンに限ってそれはないな」
「雪が降らなきゃ、今日もみっちり日暮れまでコースだったでしょ」
「間違いないな」

笑いながら歩いていると、気を抜いていた沖に、水谷がタックルを仕掛ける。
すると、反対側の真っ新に積もった雪に二人揃って倒れていった。

「痛て〜、何すんだよ水谷」
「へへへ、元気有り余ってんの」

お得意のぶりっ子ちゃんを決め込む水谷に、沖も透かさず反撃した。
楽しげに転がる二人に触発され、他のメンバーもぎゃあぎゃあとグラウンドの脇に積もった雪に転がり始めた。

部活前の緊張感から解放された花井も、雪合戦やら雪上ダイブやらに交じろうかとうずうずしながら一歩踏み出した瞬間、背後から田島に呼び止められる。


「花井」


言葉から、すでに苛立ちが滲み出ていた。


「た、田島、なんだ」


怒りの原因を理解している花井は、声を思わず上ずらせた。

「めーる」

その一言には、とてつもない脅迫感が込められていた。
唇をとがらせ、仁王立ちする田島に目をやる。
気付きませんでした、もしくは寝ぼけていました等の言い訳は一切受け入れないであろうことは容易に理解出来た。

「無視されて、俺、傷つくんだけど」
「いや、無視したわけじゃないんだけど……、ちゃんとメールしたし」
「全員にイッカツ送信が花井の返信なんだ。ふーん」
「あ〜もー、悪かったって。」
「こんなにいっぱい雪、見たことねーから、花井と雪だるまとか作ったら面白いかと思ってメールしたのに」
「まだ陽も開けてない4時半にかよ」
「悪いかよ。昨日から雪降り始めて、天気予報見たら大雪警報出ちゃってるし、興奮したんだよ」

記録的大雪なんて、この先あと何回ソウグウ出来るか分かんないじゃんっ!

ひどく真剣そうに、田島は訴えてくる。

「ガキ……」

無意識に、本音が零れてしまう。
本当に、野球関連以外に関しては精神年齢が激しく幼い男に、溜め息が出てしまう。
思わず漏れた言葉に、田島はますます不機嫌そうに頬を膨らませた。
どう機嫌を取ろうか悩んでいると、先程、泉が漏らした言葉がふと頭に過る。

(クリスマスなのに、サンタは俺を見放した〜、とか訳わからんことボヤいてたぞ)


大雪と俺との雪だるま合戦が、なんでサンタに繋がるのか、やっぱりイマイチ理解出来ない。もしくは田島の思い付きのでたらめで、何の関連もないのかもしれない。
でも、そんなものは分からなくとも、このガキっぽい男の機嫌を取る方法は目の前に限りなく広がっていた。



口の端を吊り上げ、花井は意地の悪そうな笑みを浮かべる。
場に合わない不敵な笑みに、田島は不審そうな表情を浮かべた。


瞬間、花井は田島との距離を縮め、自分より小さな身体を抱きかかえた。

そして、前方に深く積もった新雪目がけ思い切りダイブした。




高校男児二人分の衝撃を、無数の柔らかな氷の結晶は難なく吸収し、そして全てを受け止める。

「っぶ、雪、口ン中入った」

雪に前のめりに倒れた田島は、しばらく静止した後にようやく顔を上げた。

「なーにすんだよはないー……」

勢いよく飛びかかってくるかと身構えた花井だったが、返ってくる言葉は、思いの他弱々しい。

「ん?元気有り余ってんだよ。ちったあ付き合え」

先程の水谷発言を拝借し、ぶっきらぼうに言い放つ。
ここで下手な言葉を振りまいても、逆に気恥ずかしい気がした。
構ってやるから、機嫌を直せだなどと、今この場面では冗談でも口にしてはいけない気がした。

田島の雪遊びに付き合えば、この男の不機嫌は収まると思ったのに。思惑とは逆にどんどん覇気のなくなる田島に、花井は若干の焦りを覚えた。

このままじゃあ、何のために田島なんぞを抱えて雪に倒れこんだか分からない。
いい加減気恥ずかしくなった花井は、上体を起こそうとした。

しかしここに来て、田島に思い切り抱きしめ返され、再び荒れ放題となった雪の中に転がり込んだ。やっとじゃれついて来たのかと、内心ほっとした瞬間、田島の顔が思いもよらぬほど接近してきた。

気が付くと、田島の唇は花井の唇と密着していた。体温で溶けた雪の滴が、唇を伝って花井の頬に一筋流れた。熱と、滴の冷たさがやけに鮮明に感じる。

「ぎ」


ギャーっと叫びだしたい気分になった花井だが、ことの次第が周囲にバレてしまうことの方が問題だと瞬時に判断し、咄嗟に口を閉ざした。

「ぎ?」

なんだ、その感想。
田島は、太陽のような笑みを浮かべ、花井の鼻を掴む。
あまりにあっけらかんとした田島の様子に、花井の限界値は頂点に達した。


「っざけんなこのヤロー!!!!」

ヒートアップした花井は、田島のアウターの襟を掴んで雪上をゴロゴロと暴れまわった。
それをじゃれついているのと勘違いした田島は、楽しげな声を上げて応戦し始める。

そして、次第に何のために転がりあっているのか忘れた二人は、持ち前の負けん気が徐々にぶつかり合い、次第に激しい雪合戦へと発展していった。


「あ、なんか田島と花井が派手にやりあってるねえ」
「おー、例え雪遊びでも、あの二人は意地むき出しだなあ」
「熱いな、田島に加勢するか」
「んじゃオレ、キャプテン援護しちゃおっ」


最初は別々で雪と戯れていた面々は、次第に全員が入り混じり、やがて大きな雪合戦へと変貌を遂げた。

田島と花井の負けず嫌いは底がなく、他のメンバーが落ち着き始めると、今度は田島の言い出した通り、どちらが大きな雪だるまを作れるかを競って真剣に雪玉を転がし始めた。

実は、花井は混乱気味の状態を隠すために必死だっただけなのだが、それは本人以外知る由はない。





そして、すっかりといつものペースに戻った田島は至極ご満悦と言った様子だ。
彼のサンタへの願いは、しかと届いていたに違いない。

『さんたさん、お願いです。せっかく今年はホワイトクリスマスになるようなんで、ロマンチックに花井の唇を奪わせてください。』

お願いと言いつつも、メールで誘導しながらチャンスをこちらに持ってくる。
これが田島悠一郎のスターたる所以なのだろう。結局、自分の力で願いを叶えてしまったこの男の、無敵の底力は誰にも計り知れることはない。



そしてイブの深夜、チームメイトの唇の柔らかさに悶々と思い悩む某野球部のキャプテンが一人。今宵、彼は眠ることを許されない。
幾通りもの未来に想いを馳せ、延々とループしながら長い夜を過ごすしかない。
深い夜は、いつ明けるのだろうか。





明日からの日々を、迷走することになるだろううら若き少年のクリスマスに幸あれ。













Kiss and dive!



……and happy Christmas!!

***END***