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ドタイザ
幼馴染パラレルです。あまり明るい話ではありません
時系列が交互に飛ぶので分かりづらいやも……






 


あの時の涙をいまだ拭えないままでいる。


 


今日も今日とて来神高校は物騒な空気を纏っている。
校則の緩い学校だからか、世間の評判はいわゆる不良校だ。
大学へ進むつもりなど元から無かった俺は、単純に家から近いこの高校に来た。一年の頃はなんだかんだと諸先輩方に顔を貸せといわれることもあったが、何がどうなってか俺は現在この高校の「番長」らしかった。世の中は不思議なものだ。
いつでも人気の無い図書室にいると、やはり遠くのほうからけたたましい破壊音と罵声、そしてそれに答えるような甲高い笑い声が響いてくる。我が校名物の殺し合い鬼ごっこは年中無休で開催されている。
昔から耳に馴染んだ笑い声も、しかしさすがに距離が開いているせいかわずかな空気の震えとして聞こえてくるのみだ。音叉が耳元でなっているような、わんわんと鼓膜を震わせる。
あんな声ではなかった。昔はもっとずっと、か細い声で笑う子供だった。




「きょ−へいくんは僕のヒーローだよ」
臨也のすりむいた手を洗っていると、ふいに言われた。
「君みたいに強くなれたらいいのに」
背が低いから。勉強が出来るから。女子とよく喋っているから。そんな理由にならない理由が原因で出来た傷だった。
理由無きいじめの標的にされた臨也は、あまりにも小さく無力で、けれど綺麗だった。
俺に出来るのは絆創膏を貼ってやることと、いじめの現場を見かけたら仲裁することと、手をつないで帰り道を歩くことだけだった。
「いざや」
帰りの遅い両親の代わりに、俺が守るつもりだったのか。静かな家の中で寄り添うように座ったまま、ただただ手を握っていた。




「あれ、ドタチン」
ふと文字の羅列から視線を向けると、わずかに汗をかいて息をきらせた臨也が図書室に入ってくるところだった。
「ここで暴れるなよ。本が傷む」
「ひどーい。それが幼馴染にかける言葉?」
くすくす、とまるで傷付いていない顔と声でおどける臨也は、ゆっくりと近付くと俺の前を通り過ぎ、窓のふちに腰をかけた。危ないぞ、と言おうとして、止めた。
本は開いたままだが、すでに文字に集中する気持ちはどこにも無い。出会ったときから全てを押しのけて、臨也は存在感を放つ。
小学生の頃は少女めいていた外見も、年頃になって出てきた喉仏や肩幅でようやく男らしくなってきたと思う。ただ涼しげな面持ちはそのままに、あの頃の無邪気さはどこにも無い。研ぎ澄まされた刃のような、どうしようもない不気味さと危険な気配を纏わせている。
俺が、壊してしまった。
「なんでシズちゃんは死なないのかなぁ。あんなに、あんなに頑張ってるのに、どうしてかなぁ」
虚空を見上げて自問自答にふける臨也に口を挟むことはしない。
小学生の頃掃除当番の日に殺された兎を抱いて泣いていた臨也の顔も、思い出せそうに無い。




「みみちゃん、天国に行けたかな」
用務員さんから借りたスコップで植木の傍に埋めた兎の墓に、花を添えた臨也が呟く。適当に見つけてきた大き目の石ころが墓標だった。おそらく俺達以外の誰も気付かない小さな命が眠っている。
泣きはらした目元が腫れていて、後でハンカチを濡らして渡そうと思った。
「ちゃんとお墓も作ったし、いざやもおれもお祈りしたから大丈夫だ」
こんなことをした犯人は、臨也を虐めていたあの連中に決まっている。
この世の中には目が青い人間だっているというのに、ただ少し目が赤い臨也を「けっかん」とのたまう下らない連中だ。先生の前でだけ謝って、すぐに臨也を罵る。
「……ごめんね」
自分のせいで死んでしまったと嘆く臨也にかける言葉が見つからない。もっと本を読んで勉強したほうがいいのかもしれない。
少しでも臨也の心の傷を癒せるのなら、なんだって出来るような気がした。




「ドタチンってば相変わらず薄情なんだから」
風に揺られた髪の毛が不安定に臨也の目元を隠す。笑っているのか泣いているのかもわからないまま、臨也は嘯く。
酷薄な笑みだった。
「だから俺は――ドタチンがだーいすきだよ」




「どうして?」と問われる言葉に返す言葉はない。
ただ俺がいくじなしで、結局虐めから守ることも出来なかっただけだ。
小学校も終わりに近付いていたあの日、未成熟な精液に塗れた臨也の手に触れなかった。
伸ばされた手に後ずさって、全てが壊れた。
驚きだったと言い訳は出来ない。あの時俺は何を思っていたのだろう。
「汚い」と。
一瞬でも、わずかでも思ってしまったのだろうか。


「きょーへいくんは」




「臨也」
「なぁに」
あの時まっすぐ手を伸ばせていたら、おまえはここまで堕ちてはいかなかったのだろうか。
いまはもはや答えなどどこにも無いけれど。
「俺の事を憎んでるか」
卑怯な問いだ。
否定されても肯定されても、臨也の傷は何一つかわりはしない。癒されはしない。俺が救われたいだけのむなしい問いに、聡明な臨也が答えるはずも無かった。
「ドタチンは、俺のこと好き?」
あの時と同じ問いかけに答えることも出来ない俺が、いったいにどうして許してもらえると思っているのだろう。
俺は浅ましい人間だ。
臨也が「好き」な、ただの人間でしかなかった。
「ねぇ、ドタチン?」
高校で再会した臨也は、もう名前を呼んではくれない。
それが許さないといわれることの何百倍も辛かった。


 


甘いVerも書きたいです……ドタチン可哀相すぎる