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臨也愛され系続き
ようやく静雄ターンだけどやっぱり残念島







臨也が綺麗になった、と知り合いの中ではもっぱら噂の的だ。
くそが、臨也は元から綺麗だろうが――などといわない。
皆分かっている。外道上等な折原臨也の皮一枚が極上であることくらいは。
もちろん外見が変わったという意味ではなくて(実際服装や髪型が変わっていたりするが)どちらかというと秘められていた部分が最近やけに露出してきたということだ。
一つに、今までは子供らしい残酷さばかりが目立っていた。
虫の足をもいでいくような、無知と好奇心から来る残虐性。
それがただ、女みたいに可愛らしい小物に目を輝かせるような、邪気のない子供らしさになった。
人を苛立たせる笑顔というより、それこそ一般人の喜怒哀楽に近い笑みを浮かべるようになった。
新羅の家で菓子をご馳走になれば頬を緩ませ、門田に呑みに誘われればツイッターとやら言われるブログ? みたいな奴で報告しているらしい。女子か。
ネット事情に疎い俺のために、新羅やセルティがフォロー? している臨也のツイートを見せてもらったが、なんか普通だった。
もちろん一般人や表立った連絡などに使うもんだからだろうが、普通に交流して、普通にその日食べた飯だの見かけた猫だのの写真をアップしていた。女子か。
「ということを踏まえてお前はどう思う」
「とりあえず貧乏揺すりやめてくれないか。机が割れそうなんだが」
仕事上がりの居酒屋で、臨也が学生時代からやけに懐いている門田に誘われるままに夕飯を取っている。確かに門田は男気に溢れ、いい奴としか形容できない男だ。臨也はこういうのがタイプなのか、くそが。
橋で焼き魚を解しながら、門田は「まぁな」と肯定を返す。
「確かに最近あいつ変わったよな。昔はそれこそ小学生並みに甘えてきたが、今じゃ中学生レベルになっているからな」
「それ、違いあんのかよ」
「遠慮するんだよ。酒を飲んでは家に泊めろ泊めろうるさかった奴が、急に「そんな迷惑さすがにかけられない」とか言い出したらさすがに不審に思うだろ」
なん、だと……?
普段は病気かと疑うくらい白い顔を真っ赤にして、「私の家、今日は両親がいないの」レベルのお誘いをかけていた、だと……。
これが熱血硬派門田くんじゃなかったら、完全にナニされても文句は言えないモーションだ。むしろそこで親か兄貴ポジションを維持し続けたことが、臨也の甘えに繋がっているのだろうか。
「臨也がまともになるのはもちろん歓迎だけどな。そのくせまだ情報屋とかしてるんだろ? 岸谷に聞いたが、中には変な連中も取引相手に居るらしいじゃねぇか。大丈夫なのかと思わないでもないな」
言われて、はたと気付く。
そうだ、臨也の周りには、小悪党から本物のヤクザ、わけの分からんチンピラ連中とあらゆる欲望が渦巻いている。
ヤクザはまだいい。俺も何度か見かけたことはあるが、主に臨也と取引をしているらしい四木という男は、誠実に対応すれば害のない存在に思えた。だからといって関わりたくない人種には違いないが。
今までの臨也は相手を苛立たせるか、用意周到を超えた慎重さで相手と向き合っていたから何も無かったが……今の臨也は頭のねじが二、三本ポーンと抜けている。心配どころじゃない。
どうしよう。
俺が守ってやるしかねぇじゃねぇか、くそが。


使い慣れていない携帯を慎重に操作し、ブックマークしてあるサイトを開く。
池袋の有名人――まぁ俺自身も不本意ながらそうなのだが――を見つけた人間が書き込む、掲示板の一つだ。
その中で最近急激に人の数が増えているのが、臨也の目撃情報についての掲示板だ。
何せ外見だけはいいのだから、盗撮写真の需要が高い。中にはアイコラでゲイビの画像と組み合わせた、十八歳未満が見てはいけない合成写真まで投下される始末だ。
最近は服装がバリエーション豊かになり、「いつもの黒い服とは違ったよさがある」と写真の需要が高まっている。俺の携帯には撮ったわけでもない臨也の写真が増えていく。
くそ、こいつこんなに服持ってたのかよ……いつもバーテン服の俺をからかうお前も同じだろ、と思っていたけれど、そうではなかったらしい。
中にはぱっと見ただけでは男か女か分からない服装もあり、臨也の今まで見えなかった魅力があると好評だ。
新着の記事を見ると――あった。

「生臨也初めて見た! 今日はゴス系? パンク系? 黒服から覗く腕の細さたまらん! 全身と背面撮った![画像][画像]」

画像をクリック。
現れたのは、俺もよく通る池袋の一角で、携帯を操作する臨也の全身だ。
黒を貴重にした右と左で長さの違う服に、ファーやベルト、ボタンがゴテゴテと装飾されている。いかつい上着の中はシンプルなカットソーで、上着が短いから腰周りの細さに目が行く。高校時代の短ランを思い出して、ちょっとにやけた。
両側からがしっと掴みたい腰だ。
そのまま下に流れるヒップラインと足もバランスがいい。ズボンも足元が広がっている不思議な形で、どこか異国っぽさがある。
成人男性のくせに、被ったフードについた獣の耳が腹が立つほど似合っている。
なんだそれは。妹とおそろいか。仲良しか!
もう一枚の画像には、茶髪のガキと並んでどこかに歩いていく臨也の後姿があった。しかし横顔しか写っていない高校生、どっかで見たことがあるような、ないような。
全身の画像を慣れた手順で保存し、サイトを閉じる。
当てもなく歩いていた足をにようやく目的が出来る。
何故、ちょっかいをかけなくなった。
どうして俺の前から消えたくせに、池袋に居る。
なんで俺は、あいつの居場所をつかめなくなった。
匂いとは。あいつを追うときに使っていた表現の匂いとは、そういえばどんな匂いだったか。もう久しく嗅いでいないため、記憶の中に残り香すらない。
臨也の匂い、としか形容できないあの香りがなくなったのは、いったいどういうことなのか。
まぁいい。
つかまえればいい。吐かせればいい。
それだけだ。
人通りの少ない路地裏。どこかの飲食店のゴミ箱からにおう残飯。餌を漁りに来る猫。その猫の前で蹲る二つの塊。
「撮って! いまだよ、正臣君!」
「あーはいはい。もうアンタも入れば良いじゃないですか。頬ずりしたいんでしょ」
「でも、いまこっちの子が手舐めてて……あ、膝においで! こっちおいで!」
「ちょっと、その服あんまり汚しちゃ駄目ですよ。洗濯できないんでしょ? せっかくもらい物なんですから。つーか臨也さんの信者ってそういう格好の人多いですよねー……あ、はいチーズ」
野良猫と戯れる二人は全く俺の存在に気付かない。
しかたなく砂利を踏みにじり、音を立てた。
素早くこちらを確認したのは茶髪のほうのガキで。その動きにつられるようにようやく臨也が顔を向けた。
険の無い幼い顔は、猫に興奮したのかわずかに赤い。
「あ」
久しぶりの声。
久しぶりの臨也。
背中から突き抜けた何かが口角を吊り上げ、世界を遮断していたサングラスを外す。
どうしようもなく興奮した。


「――よぉ、臨也」