ブレイブルー
「主」の続き。とりあえずこれにて完結






「おやおや、ラグナ=ザ=ブラッドエッジ君じゃないですかぁ」
当然のような顔で、ハザマが笑う。見慣れた黒ずくめの服に、帽子に手を置く癖。
しかし如実に向けられる殺気が、嫌でもラグナに真実を示す。当然その腕に、腕輪は無い。
「下手な猫被ってんじゃねーぞ、テルミ」
「ああ、さすがに分かるか。それぐらいの知能はあったんだな」
何を考えているか分からない、薄い笑みはあっさりと崩れた。開かれた瞳には嗜虐の色と同時に、確かな苛立ちがある。
「ハザマはどうした」
「ああん? 関係ねぇだろ」
けっ、と唾を吐くテルミに、不安が募る。
テルミの残酷な性格を考えれば、ハザマの人格が消されてしまっても不思議ではない。
レイチェルへ会いに行っていたとはいえ、まさかこんなにも早く手を打ってくるとは思っていなかった。もっと、もっとしっかり傍にいてやれば、再びテルミに付けいる隙など与えなかったのに。
心を弄くる手腕に長けたテルミの性格を、もっと把握しておけば。
悔恨の意思は、同時に相手への強い憎悪に変わる。
「ハザマはどこだ」
「ここに決まってんだろーが、ばぁか」
トン、と胸を指差すテルミは、軽薄な笑みを白けた――癇癪を起こした子供のような顔に変える。
「手前みてぇなクソガキに一本取られたのは俺様の不覚だが……戯言に付き合う腑抜けなハザマちゃんにはちゃーんとお仕置きしなきゃいけねぇからな。手前みてぇに甘い顔ばっかして、弟君みたいな駄目な奴になられても困るんでなぁ?」
「うるせぇよ、テルミ……っ! もういっぺんその身体からたたき出してやる!」
レイチェルから託された術式を握り締めると、テルミはさらに眉を顰めた。どうやら今日会ったのは偶然らしく、いまだこの術式への対抗策を持っていないらしい。
「あーあー、忌々しい吸血鬼がぁ! 傍観者は大人しく席に座ってろっての! さすがに同じ手くらう間抜けにはなりたくねぇしな」
軽やかなバックステップで離れると、テルミは開発途上の鉄骨がむき出したビルの上に跳ねるように飛び乗った。同時に煩わしそうに胸襟を緩める。
「ま、間男のラグナくんをブチ殺すのはもう少し先だ。きったねぇ手でこの身体に触りやがって、消毒が大変だったしな」
「消毒だぁ?」
「手前が遠慮なく触ってくれたところ、ハザマちゃんに頼んで全部皮剥いでもらっただけだぜ? 頭は大変だから、適当に壁にぶつけて潰したおかげで、ハザマちゃんが元気ねぇんだよなぁ……だから俺がこうして甲斐甲斐しく「なり変わってやって」るんだ。俺っていい奴だろ?」
その台詞にぞっとした。
いくら痛覚がないとはいえ、自ら頭を潰させるなど正気の沙汰ではない。
またそれを実行したハザマの忠誠心も、背筋が冷たくなるようなものを感じた。
「手、前ェ! どこまで下種なマネを……っ!」
「うっせぇーなぁ、仔犬ちゃんはよぉ。俺のものを俺がどうしようか勝手だろーが。それとも、手前、勘違いしてねぇ? ハザマちゃんは俺のモンだし、この身体も俺のモンだ。手前如きが触って良いもんじゃねーよ。分かったら、殺されるときまで、大人しく生きてろや」
好きなだけ吐き捨てると、気は済んだらしい。ラグナの言葉を聞くつもりもないと、影から立ち昇った黒いもやに沈むように消えていった。
「クソ野郎がっ!」
握り締めた拳を、廃墟の壁に突き立てる。
むなしい痛みだけが、ラグナの拳に残った。