DOGS
ジョバンニとハイネ
ハイネさん地下設定
ここはツマラナイ、娯楽がない。
しかしそう口に出してしまうと、あの変態婆に戦闘地獄に落とされるのは分かっているので、己の足元に落ちている石ころを蹴り飛ばすという、形容する言葉のない遊びに興じているわけである。
うるさい双子は得意ではないものの、何も言わなくとも傍できゃらきゃらと怪音を発生してくれるありがたみはある。たまにしか、訂正、ごく稀にしか思わない気まぐれな思考であるけれど。
「暇そうだね」
嫌味なのか愉悦なのか、含まれた感情を検索する意味はない。音は音としてのみ捉えればいいだけであって、いちいち顔色を伺う相手でもない。
「ジョバンニ、お前どうやって暇つぶししてんの?」
白い床にみっともなく寝転がると、無防備な腹筋があらわになる。傷一つない滑らかな肌を楽しむように視線で追っているジョバンニに「変態」と文句を言うのは忘れない。言わなければ永遠に見ているに違いない。
「読書と散歩かな」
「爺臭い」
聞いておきながらすっぱりと切り捨てられ、ジョバンニは喉の奥でクツクツ笑う。こいつの笑いのツボは分からないな、とハイネはいつも思う。
品のいい革靴を高らかに鳴らして歩いてくるさまは、どこかの企業に勤めるおえらい坊ちゃんに見えないこともない。
薄く、しかし鍛えられた肉体は仕立てのいいスーツで巧妙に隠されているためか、「上」に行くとゴロツキに絡まれることも多いらしい。ハイネのような見てからに、という凶暴性を総て内面に押し留めている、そういう変態なのだ。
「何見てるんだ」
「君の目かな。死んだ動物の目みたいな割りに、光の加減で光って綺麗だ」
「お前、ほんっと俺にそういうこと言うのやめろ。どうしても言いたいなら双子に言ってやれ」
「いやだよ、あの子らに誤解されたくない」
「俺ならいいのかよ」
「本望だ」
偏光ガラスで隠された瞳は見えない。が、彼は幼い頃から前髪を長く伸ばしていたから、別段不自由は感じない。こいつは声色に感情が出すぎなような気がする。
「なんだよ」
「いいじゃないか。たまにはサービスしなよハイネ」
何のサービスなんだ。分からない感情を視線に乗せるがやはり笑っていなされる。こいつの話し方は本当にめんどくさいなぁ、と幾度目かの結論。
そっと髪の一房を指先で弄んでいたジョバンニは、徐々に手の動きを大きくし、頭蓋骨の形を確かめるように頭皮をもむ。そこから凹凸のない頬を指先が滑り、喉仏をなぞって、首の裏側の「首輪」にたどり着く。
生身と完全に癒着した無骨な機械の周りをなぞる指がときたま爪で首輪をはじく。カチン、カチンと小さな声を上げるのを熱心に見つめるジョバンニは、単純に気持ち悪かった。
「お前、いますげー気持ち悪い」
「相変わらず失礼だねぇ、ハイネ。まぁ親しみと受け取っておくけど」
遊び心のない簡素なシャツの襟を正すようにして首輪を見えない場所に納めると、ジョバンニはいい子ちゃんにしては珍しく床に座り込んだ。
「何ホント。やけにからんでくるな、今日は」
「君は人の話を聞かないから知らないだろうけど。もうすぐ大きな作戦があるみたいだよ。楽しい運動ができるかもしれない」
「ふーん」
他人への興味が好奇心から産まれるものならば、自分からは永遠に産まれそうにない。
「君はもう少し活発的になるべきだよ」
「撃ち合いは好きだぞ」
「不健全だね、ハイネ」
唇で薄く笑うジョバンニは、やっぱり気持ち悪い。