『…36.4。もう大丈夫ですね…』

差し出された体温計の数字を確認した私は、微笑む。
胸元を整えた那由多は小さく息をついた。

「ご心配をおかけしました」
『いえいえ』

先週末、那由多が熱を出した。病院へ連れて行けば、医者の診断はインフルエンザA型との事。普段風邪を引いても、あまり体調を崩さない彼女。
今回は久々の熱だった為、本人もグッタリと、身体をベッドに沈めていた。
幸い39度台まで上がった熱は、一晩ゆっくり休んだら、下がりその後も上がる事もなく済み、直ぐに食欲も戻った為、回復は早かった。

「うぅ〜〜…っ…」
『どうしました?』

病がぶり返さない様に、温かい格好をした那由多がソファーの上で唸っている。
自分に思い当たるが無かった為首を捻れば、眉を八の字にした申し訳なさげな彼女の視線と、ぶつかった。

「…ごめんね」
『……?何が、ですか?』

彼女の隣に腰掛け髪を撫でれば、猫の様にすり寄る。
視線で言葉の先を促せば、おずおずと那由多は口を開いた。

「…バレンタインのチョコ、用意が出来ませんでした。ごめんなさい…」

土日で用意するつもりだったの…でも寝込んじゃったから…と、彼女は悄々と言う。

何を言うかと思えば…そんな事

『お気になさらず…「でも!!」那由多…』

更に言い募ろうとする彼女を、そっと抱き寄せる。

『菓子メーカーに便乗したイベントなんかに拘らすとも…私には、那由多とこうして過ごす何気ない日々が、何よりの贈り物なんですよ…。だから…早く元気になって…』

貴女を…私に、下さい…。

最後の言葉は吐息と共に囁く。

バッ!!と耳を押さえた那由多は真っ赤になりながらコクコクと頷いた。

『…それは楽しみですねぇ〜』

甘いチョコレートにも負けない笑みを浮かべ、私は彼女の額に口付けた。


         【 FIN 】