小さい窓が一つだけの部屋の中には、机と椅子が二つ置かれている。そのうちの一つに、匠は落ち着かない腰をおいていた。刑事に声をかけられてから二人は別々の部屋に連れていかれ、さっきから質問責めにされているのだ。
 そう、匠たちが連行されたのは取調室である。今匠の目の前には、熊と虎を足して二で割ったところにヤクザが割り込んだような顔をしたお方がにらみを効かせている。左ほほに傷があるその獣のような顔は、一度見たらなかなか忘れられない。
「…で?なんで報道陣にもまだ教えてない情報を知ってるんだ?」
 重い沈黙をヤクザの声が破る。確かに大通りの事はまだニュースでもやっていない。しかし、それが夢の話の証拠になると思っていた。まさかこんなことになるとは。何度夢で見たといっても信じて貰えない。これではまるで容疑者ではないか。と、その時部屋の扉が開き、さっきの刑事が入ってきた。
「岩熊警部、お疲れ様です。あとは私がやりますんで本部の方に戻って下さい。あなたが本部長なんですから。」
「あ、あぁ…すまん。あとたのむぞ。」
 警部は呟くようにそう言うと、部屋を後にした。なんとなくほっとする。
「ごめんな〜、あの人顔怖いよな。今回の事件の捜査本部長なのに、君の話したらぜひあってみたいっていうもんだからさぁ。」
 この軽そうな刑事さん、露塚というらしい。軽そうなのは話術が巧みだからか、ヤクザ警部の後だからかはよくわからない。
「じゃあ、事件の話を聞かせてくれる?」
 そう言うと、露塚刑事はポケットから取り出した手帳を開いた。
 夢の話はやはり信じていなさそうだが、覚えていることの細かさには驚いたようだった。特に凶器やその時の服装などは警察の方も知らなかったようで、重点的に聞いてきた。また、事件当時のアリバイも聞かれたが、これは家で寝ていたと答えるしかなく、証人も親くらいしかいないが、肉親の証言は使えないらしい。それにその時の心境。これは楽しかったと答えると怒られてしまった。
 匠はなんだか、話をすればするほど自分の首を絞めている気がしてきた。これでは本当に容疑者にされてしまうかもしれない。それだけは阻止しなければ。少しでも自分にとって有利な発言をするため、匠は頭を働かせ今一番大事なことを聞いた。
「…カツ丼は出ないんですか?」

 …二人が質問の嵐から解放されたのは、すっかり日も落ちた午後9時過ぎだった。実に三時間もあの部屋にいたことになる。ちなみにカツ丼は出して貰えなかった。二人は満身創痍の状態で門を出た。何を言う訳でもなく、とぼとぼと家路を辿る。その途中、匠が口を開いた。
「ケーサツはもうあてにならないな。俺達で犯人探すか。」
 これにはさすがの健二も驚いたようだった。
「何言ってんだよ?もういいだろ。たかが夢な訳だし。」
「たかが!?殺人は本当にあっただろ!?俺は予知夢を見たんだよ!」
「そんなの偶然に決まってるだろ!俺は元々信じてなかったんだよ!!」
 さっきまでの取り調べでイライラしていた二人は、だんだん言葉にトゲがついてきた。
「じゃあ最初からついてこなけりゃいいだろ!?」
「お前が無理やり連れてきたんだよ!!」
 そう言うと、健二はくるりと背を向けてスタスタと歩いていった。匠も健二とは反対の方へ歩いていく。後ろの方で小さく咳き込む音が聞こえた。ような気がした。
 匠はこれ程健二とケンカしたのはいつぶりかと考えながら、家に帰るなり自分の部屋へ行くと夕食をまだ食べていないのも忘れて布団の中にもぐり込んだ。

 その日もまた夢を見た。昨日と同じ夢。いや、少し違う。駅前大通りの裏路地には違いないが、昨日と場所も違うし、手に握りしめているのはサバイバルナイフに変わっている。さらに今回は、ひっそりと後をつけている。そしてなにより、前回の楽しい気分の他に別の何かが今回はあったのだ。
 それでも月明かりに照らされてつけている相手を見ると、思わず物陰から飛び出し、ナイフを光らせた。背中の激痛に驚いた彼は、倒れ込むとこちらを振り向き、咳を一つした。そこへまた、ナイフを突き立てていく…。

 翌朝のニュースは、昔からの幼なじみの死を知らせていた…。

        続く