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待機宿主(火神×伊月)

あの人は意地悪だ。

部活を終え、門を出てお互いに反対方向に進み、俺はその後ろ姿を見るのをぐっと堪えて家に向かう。一緒に帰れたらいいのにって何度思ったか。俺が必死にお願いしてみても、あの人は首を縦に振ってくれなかった。

嘘をつくのは苦手だ。誤魔化すのも上手くない。思ってることが全部溢れてしまう。

「…あ?俺、ちゃんと鍵かけてったよな?」

10分が2時間に感じるような長い長い下校を終え、ようやく玄関の前まで来たが鍵が開いている。ここが開けられる鍵を持っているのは俺と――あの人だけだ。

(もしかして…)

ドアを開けると思った通りあの人の靴があって、俺は適当に靴を脱ぎ家に上がった。

 

「先輩!!」

「おう、おかえり。今日はストバスしてこなかったのか?」

「アンタが来るって分かってんのにストバスなんかやってられっかよ!…です!」

「ははっ、せっかくサプライズの準備しようと思ったのになぁ」

「もう驚いてますよ!!」

リビングに駆け込むと、呑気にソファに寝転がりながら携帯をいじるあの人がいて、一気に変な汗が流れるのを感じた。

(先輩の家、俺ん家より遠いのに!)

先輩はそれっきり話すのをやめて、ずっと携帯の画面ばかり見ている。時々、「先輩」って呼びかけてみるけど「うん」としか返って来ないから先に着替えることにした。

 

伊月先輩が一人だけで俺の家に来るようになったのは俺が2年になってすぐぐらいだったと思う。部活の先輩ではあるけども、それ以上の関係はなくて、メールや電話も必要最低限しかしたことがなかった。だけど、何の前触れもなく先輩からメールが一件。文面は「今からお前ん家行っていい?」の一言だけ。変な感じはしたけど、断る理由もなかったから俺は「いいっすよ」と返した。

そのあと30分だったか1時間だったか覚えてないけど、先輩は歩いて俺ん家まで来て、「ごめんな火神。悪いけど何も聞かないで欲しい」と言った後、ソファの端に座ったままじっとしていた。あまりにも動かなかったから死んだかとさえ思った。

ずっと見ているのもなんか気が引けたから、先輩がいる部屋で雑誌を読んだりテレビを見たり、そして時々先輩の方を見た。

しばらく経つと先輩はふっと微笑みながら俺の方を見ていて、なんて言ったらいいのか分からずとりあえず「おはようございます?」なんて言ってしまったから先輩は吹き出していた。

そのあとも割と頻繁に先輩は来た。三日に一度の時もあるし、毎日来る時もあった。最初のうちはここに来る理由が気になってうっかり聞いてしまったこともあったけど、その度に困った顔をさせてしまったからもう絶対に聞かないと決めた。

 

イソギンチャクとクマノミみたいな関係を崩したのは俺の方だ。

先輩は俺の家に来るたびソファに座るけど、次第にリラックスしていって背もたれに首を預けたり鼻歌を歌ったりする。その変化が何故だか嬉しくなってきてしまった。だからつい、「今度はいつ来るんスか」とか「まだいてもいいっすよ」なんて言ってしまった。俺は先輩に場所を与えるだけで良かったのに、来ることを求めてしまった。俺はただの後輩なのに。

だけど先輩は二つ返事してくれて、次に来るときはお土産が増えていたり俺に話しかけたりしてくれるようになった。そんなことをしてくれるから俺はますます惹かれてしまう。歯止めを利かせるなんて器用なこと、考えもしなかった。

 

――今日の晩飯は?

――明日はストバス行くのか?

――火神は面白いな。

 

先輩は俺のことをたくさん知ってくれるのに、俺は求めるばかりで知ろうとしなかった。出来なかった。最初に言ったあの言葉はまだ俺を縛り付けていた。

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