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高校を卒業してからかれこれ5年の月日が流れていた。
三日月宗近は不機嫌であった。
鶯丸はようやく朝餉を食べ終えた。鶯丸はあまり食べるのが速い方ではなく、彼がご馳走様でしたと手を合わせる頃には広間の人口は最初の四分の一ほどになっている。
今日は非番だっただろうか。もしかしたら内番が入っていたかもしれないが、部屋にいれば誰か呼びに来てくれるだろう。そんなことを考えていると隣から彼を呼ぶ声があった。
「鶯丸」
鶴丸だった。いつも一番先に膳を下げる彼がこんな時間までいるのは珍しい、と鶯丸は思ったが、綺麗に空になっている食器とグラスに入った白い飲み物を見てすぐに察した。鶴丸は牛乳が嫌いなのだ。
ここの本丸は主の意向で自力で完食するまでは食器を片づけてはいけないという規則がある。好き嫌いを無くし、十分な栄養を摂らせるためである。おかわりは自由であったが、残すことは固く禁じられていた。
「一生のお願いがある」
鶯丸は眉を寄せる。
「それは何度目の一生のお願いだ?」
「じゃあ、君の出す条件を飲もう!」
「粟田口の短刀たちの目の前で一期を殴れ」
「そんなこと出来るか!!」
呆れ顔の鶯丸は膳を下げようと立ち上がるが、裾を掴まれそれは阻まれてしまった。
「なあ、鶯丸……普通に考えて牛の乳を飲むって変な話じゃないか?」
「離せ。俺は部屋に戻って茶を飲む」
「君、これから俺と畑仕事だからな?あー、かわいそうに!これが無くなるまで君は一人で働かなくちゃならない!」
「お前がさっさと飲めば済む話だろう」
「それが出来たらとっくにやってるさ!」
鶯丸は取り合うのが面倒になってきて、鶴丸の腕を捻った。鶴丸の手は簡単に離れる。鶯丸はその隙に膳を持って立ち上がった。
「あ!狡いぞ、鶯丸!」
後ろから、茶男だとかメジロ野郎だとか、さらには泥棒猫だとかすけこましだとか何やらよく分からないことを叫ばれたが鶯丸は一切無視した。だが、最後の言葉だけは聞き流すことが出来なかった。
「君が春画本を隠している場所を主にばらすからな!」
鶴丸は確かにそう言った。鶯丸はすぐに決意した。後から主に何と言われようともこの男をこのまま放っておくわけにはいかなかった。
近くに膳を置き、腰に提げていた刀を引き抜く。鶴丸の表情が変わった。
「殺すのは好きではないのでな。生き残れよ」
その後、燭台切が片付けにやってくると広間には伸びている鶴丸だけ残っていたという。目撃者もいたというのに、誰一人としてその真相を口に出す者はいなかった。
鶯丸が酒宴に顔を出すようになったのはごく最近のことである。これまで誰が何と言おうとも、鶯丸は首を横に振るばかりで全く取り合おうとしなかった。次第に鶯丸を呼ぼうと試みる者は減っていき、もう誰も彼も諦めてしまっている。もしかしたら酒が嫌いなのかもしれないし、下戸であることを隠しているのかもしれない。あるいは、静かな場所を好む彼のことだから騒がしい席に着くことを避けているのかもしれない。色んな推測が飛び交ったが、鶯丸が誘いを断る確かな理由を知る者は誰もいなかった。
鶯丸が酒宴に現れるようになった理由もまた、誰も知らなかった。
鶯丸は宴の始まりにはいない。宴も酣になった頃こっそりやってくる。それも必ず鶴丸の隣に座るのだ。大抵その頃には鶴丸は出来上がっているので、鶯丸の姿を見つけると鶴丸は遊び相手を見つけたとばかりに鶯丸に纏わりついた。鶯丸に嫌がる素振りはなく、むしろ楽しそうなくらいで、近くにあった酒瓶を手に取る。決して彼が飲むためではない。
「鶴丸、まだ足りてないんじゃないか?」
煽るような鶯丸の言葉に鶴丸は口を尖らせた。
「あ?そんなこと言ってる暇があるならさっさと注げ!」
鶴丸は自分の物かどうかも怪しい漆塗りの杯を荒々しく掴むと、鶯丸の前にぐっと差し出す。鶯丸の笑みが深くなる。丁重な手つきで鶴丸の杯に酒が注がれた。鶴丸が一気に飲み干し、また鶯丸に差し出す。目の焦点が合っていない。完全に酔っ払いだ。しかし鶯丸は躊躇うことなく再び酒を注いだ。
「ちょっと、鶯丸殿!それ以上は…!」
二人の向かいに座っていた一期が制止をかけるが、鶯丸の手は止まらず、鶴丸もまた杯を傾け続ける。鶴丸の挙動が徐々に怪しくなってきた。
「そろそろ降参か?」
「なに…いってやがる…」
「ほう」
今度は杯いっぱいになみなみと注がれた。睨む鶴丸に対し、鶯丸は笑みで返す。一期はそわそわしながら二人の顔を交互に見ることしか出来ない。
鶴丸は目を伏せて杯に口をつけ、ゆっくりと流し込んでいく。先程と比べるとかなり調子が落ちていた。こくりこくりと少しずつ嚥下していくが、杯の中の酒はなかなか減らない。鶴丸の眉間の皺が増えていく。
限界を悟った鶯丸は、まるで囀るように眼前の男の名を呼んだ。
「鶴丸」
ぴくりと鶴丸の体が跳ね、手中から杯が滑り落ちた。白濁した酒が畳の隙間に流れていく。
「…う、ぐいす…」
唸るような声を出し、鶴丸がぐったりとその場に倒れ込む。鶯丸は満足そうに微笑むと、酒瓶と杯を離れた場所に置き、鶴丸を抱き起した。
「帰るか?」
鶴丸が小さく頷く。鶯丸は鶴丸を抱き上げると、一期を一瞥した。
「こいつが世話をかけた。後はゆっくり楽しんでくれ」
飲ませている時は挑発的な嘲笑を見せていたのに、今では庇護心に溢れた柔らかな目つきで鶴丸を見ている。一期は言葉を失ったまま、会釈した。
以上が鶯丸の酒宴での恒例である。
鶴丸は鶯丸の部屋であり、自分の部屋でもある場所まで運ばれ、畳の上に下ろされるなり用意されていた桶に顔を突っ込んだ。それはもうこっぴどく吐いた。何度も鶯丸の腕の中で嘔気に襲われたが、死ぬ気で堪えた。恐らくこの男は酔っ払いに振動を与えたらどうなるか知らない。それでも鶴丸は鶯丸を吐瀉物まみれにするくらいなら腹を切って死ぬ所存だった。
ようやく落ち着くと、鶴丸は傍にあった水で口を注ぎ鶯丸を睨みつける。
「……俺を嬲るのはそんなに楽しいか?」
「ああ。楽しいな。お前が無様に吐いている姿を見ていると快楽を覚える」
目を細めて見下ろす鶯丸に、鶴丸は怒りが抑えきれず掴みかかろうとするが、立ち上がろうとした途端再び嘔気に襲われ、桶に向かう。追い打ちをかけるように鶯丸が鶴丸の背を擦った。
悲しき哉、人の身というものは背中を擦られると何故だか気持ちよく吐けてしまう。鶴丸は堪えることを諦め、胃の内容物を成る丈出してしまうことを選んだ。大丈夫か?と白々しく尋ねてくる鶯丸が憎い。
こんなことになるなら、あの夜鶯丸の元に訪れるのではなかったと鶴丸は後悔するのであった。
性 別 | 女性 |
年 齢 | 30 |
誕生日 | 6月14日 |