それぞれのキャッチー

▼鶴と鶯

「お前は人形のようだなあ、鶴」
知っているか、それは俺が1番嫌いな言葉なんだ。感情が無かったのは昔の話。今は驚きを求めて日々を生きているんだ。
「可愛らしい。いつも思うが、その服はお前が自分で選ぶのか?」
従姉妹の年上の女はそんな風に言って、あ、と言う間に俺の手から煙草を取ってしまう。
どうするのかと思ったら、鶯はそのまま俺の吸いさしを加えてにんまり笑った。
「折角可愛いのだから。匂いがついたらもったいないぞ」
「とんだ不良司書だ。ここ禁煙だろ」
「誰の庭だと思ってるんだ?」
君には参ってばかりいる。ところがまったく苦じゃないんだから、それが1番お手上げだ。


「俺は俺の人生を探しちゃいるが」
豪奢なベッドに沈む鶯色の髪に、国永は鼻を埋める。仄かな甘い香りに気を良くして、そのままその先の身体まで抱き込む。
「きみにも教えたいことがたくさんあるんだぜ」
「つる…」
「ん?まだ寝てていいぞ、三日月当分帰ってこねぇからな」
人形に背景を与えるように用意された何もかもは、かつては国永にとって牢獄でしかなかった。でも今は、愛しい小鳥を連れ込む居心地の良い鳥籠。痩せぎすの身体は抱かれるのは兎も角、鶯を可愛らしく鳴かせるのには何の不足もない。鶯の手が国永の唇を招く。
「俺に、何を、思い出させるって?」
答えの代わりは、乱暴な口づけだ。



▼一期と鶯

「おい、大丈夫か」
日曜日の夜更け。明日まで、断続的に雨。学生街から一歩離れた大学構内は薄暗くて、人気もない、23:46。
学部棟の入口でぼうっとしていると、声が聞こえました。人がいる?驚いてそちらを見ると、向こうの方のほうが驚いたような顔をして、私に駆け寄ってきました。
「傘はないのか」
夜目にも鮮やかな鶯色の髪、薄いグレーのレンズの向こうの瞳は分かりやすく心配の色を浮かべていました。
「傘は…」
持ってはいた。でも、無くした。取って出てくる余裕なんてなかった。逃げるので精一杯で。
「う」
胃から迫り上がるものを抑えきれなくて、目の前で見ず知らずの女が嘔吐するのを見ても、彼女は顔色も変えずに、側に寄って背を撫でてくれます。この人は女神か何かでしょうか。
「酔っただけではなさそうだな。1人で帰れるか?」
大丈夫です、きっと以前の私ならそう言えていました。今この時から、傷に貴女の優しさが染み渡る
「怖いです。ひとりにしないでください」
痛みを恋と呼ぶまでは。