「こんな奴“人形”と呼べる価値もないわ。」
 粉々になり、自由に動けなくなった人形に冷たい目線をくれてやる妃旺。それは人形としての誇りを汚され、怒りすらも窺える。人形の妃とも言われ、そして自負している妃旺にしてみれば、仲間であるはずの人形を壊し、そして意志疎通のすることができないこの人形たちは、人々を愛し愛す人形と言えない。人形としての誇りを汚す、憎むべき存在だ。
 妃旺は糸を一閃する。すると森の木々たちは倒れ、残った人形が下敷きになった。陶器でできた人形たちは、あっけなく粉々になっていってしまった。
 「すごい……」
 あっという間に妃旺は人形を倒してしまい、改めてその強さを実感した。性格に難はあるようだが、その強さは真珠でも苦戦した人形を倒したほどだ。琳の最高傑作と自負しているだけのことがある。
 そんな妃旺は人形の破片を一つ拾って見ていた。
 「見て。」
 セラフィに差し出された破片は、ちょうど人形の首の部分であった。
 「人形には首の後ろに、作り手のエンブレムとナンバーが入っているの。」
 「じゃあ、このエンブレムの人形師が真珠を攫った犯人!?」
 妃旺が差し出した欠片には、赤い花のエンブレムが入っていた。この人形を作り出し、そして差し向けたのは、このエンブレムを辿っていけばいい、そう思った。
 「残念だけど、みんなエンブレムがバラバラだわ。」
 妃旺は他の人形の欠片も探しだし、セラフィに渡していく。渡された一つは水晶のエンブレム、これは琳のものだ。
 「そういうこと?」
 「恐らく、心臓を壊された人形に、新しい心臓を埋め込んで操っているんでしょうね。」
 「じゃあ、人形を次々と破壊する事件ってのは……」
 「犯人が自分の手駒を作り出すため、でしょうね。」
 「そんな……」
 人形を壊され、失ってしまう者の気持ちがよくわかる。それは実際に見てきたこともあるが、自身が真珠を失ってしまったことにもある。その喪失、悲観、そして絶望。手駒を作るためだけに、そんなことだけのために人形を破壊するなんて、セラフィはそんな風に思ってしまう。
 「人形を壊していったのは、琳の屋敷に入ってきた人形の形をした人間でしょうね。その辺の人間に人形の心臓を埋め込んだんでしょう。」
 しかしセラフィは、先ほどから妃旺に“心臓”と言われているが、それが具体的にどんなものかは知らなかった。
  「そもそもあなた人形がどうして動くか知っている?」
  妃旺に尋ねられ、セラフィは自分が人形の中身について全く知らないことに気づいた。今まで人形の内面的なことしか知ろうとしてこなかった。だからどうして人形が人間と同じように思考し、意思を持ち、愛することができるのか、その仕組みをセラフィは知らない。
  そんなセラフィに妃旺は呆れたようで、これよがしにため息をついて見せた。
  「人形には人間と同じように“心臓”も持つの。これがないと人形は本当に“人形”なのよ。」
  妃旺は徐に壊れた人形からまた新たに欠片を拾った。
  「壊れてしまっているけど、これが“心臓”。こいつらはこれが壊れても動けるみたいだけど、普通の人形は違う。これが壊れてしまったら最後、壊れてしまうわ。」
  その“心臓”は不思議な気がした。陶器でできたハートに近い形。人間のように鼓動を刻むわけではない硬いそれが、真珠や妃旺を生かしているかと思うと、慈しい思いが募るが、この“心臓”が人形を人形殺しに変えてしまうかと思うと、とても恐ろしい思いがした。
  「本当のこと言うと首の後ろにあるエンブレムなんて当てになんないのよ、誰が作ったかなんてね。でもこの“心臓”を見れば分かるわ。その人形師しか作れない、特別なものだから。」
  そこで初めて妃旺がこの話を自分にわざわざしてくれたのか、セラフィは気づいた。
  「じゃあこの“心臓”の人形師が、真珠を拐い、この事件の黒幕っ!!」
  しかし妃旺からは返事が帰ってこない。





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