麻生成美は今悩んでいた。
その理由は、昨日できたばかりのメル友のことだった。

あの後、映画の話で盛り上がり、一日中メールをしていた。
どうやら趣味は合うらしく、今では立派な友人関係を築いていた。
そんな中、相手のほうから、名前を教えて欲しい、と言われたのだ。
自分も相手を“あなた”と代名詞を使うのをどうかな?と思っていたので、ちょうど
いいと思った。
しかし問題が起こったのだ。本名を使うか、それともハンドルネームを使うか。

相手はもう名乗っていって、“シン”と言った。
はたしてこれが本名なのかは、成美には分らない。

「どーしよ・・・」
返事が出来ず、相手を待たせてしまっている状態。
早く返信しなければ飽きられてしまうのじゃないかと焦ってしまう。
「あぁ〜うじうじ考えてもしょうがない!」
本名で行こうと、カタカナで“ナルミ”と打ち、送信しようとした。
しかしそこで一旦考えた。

 

 


何故“シン”と名乗ったのだろう?
伊予は夕食を食べながらそう思った。
いや、自分では原因は分っているのだ。
目の前で夕食を食べている、兄・慎一郎のせいだということを。

昨日できたばかりのメル友とは趣味が合っているらしく、映画の話題で盛り上がっ
た。
しかしメールのやり取りをしていると、メル友に“君”などと代名詞を使うのにため
らいが生じ始めた。
折角できた友人なのだから名前で呼びたい。
そう思い名前を教えて欲しいといった。
その時自分はなんて名乗ろうか考えた。

まず本名にしようかと思った。
だが自分の名前、“伊予”は珍しいのであまり使いたくはなかった。
そんな時、兄・慎一郎が夕食の用意が出来たと呼ぶ声が聞こえたのだ・
「慎兄、分った。すぐ行く」
そう返事すると、思い立ったのだ。
“シン”だったら在り来りだし、名前にはちょうどいいかもしれない。

でも今となってはちょっと後悔している。
“シン”だと何故だか相手に偽っているような気がして、罪悪感が積もったのだ。
そんな風に考えながら夕食が終わり、部屋に帰るとメールがきていた。

“名前は、ナルです。
これからよろしくね”

はたしてこの“ナル”が本名かどうか、伊予には全く予想できなかった。

 

 




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