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浴衣と君と


「どう?」
シェリルがニッコリ笑って、クルリと回る。
「………どうって言われても…」
アルトは赤面して黙り込みグレイスは苦笑するしかない。
「アルト君呼び出してごめんなさいね。シェリルが浴衣を着てお祭り行きたいってわがまま言って」
「はあ……浴衣…ですか」
浴衣を誤解しているかの様な着付けは、グレイスの困った感じからすればシェリル1人で着たのだろう。
胸元が開いて、大きなバストを惜し気もなくさらして、細いウエストを強調する様に帯を前で結び胸前でリボンを作っていた。
まあ、斬新な着方と言えば言えなくもないが、このまま外には出せないだろう。
「グレイスさん着付けは?」
「和装はちょっと…アルト君なら着せられるかと期待してたの」
何でも出来そうなグレイスにも苦手があったとは。
「はあ、まあ」
大掛かりな舞台着付けなら1人では無理だが、浴衣くらいなら昔取ったなんとやらで、問題はない。
「え〜何かダメなの?」
1人蚊帳の外なシェリルが不満げに頬を膨らませる。
「いや…ダメ…」
と言うか、ダメだろう。開いた胸元から視線をそらして言葉を濁す。
「アルト君は本職だったんだもの。アルト君に任せた方が安心じゃない?」
「……そうかしら?」
グレイスの助言に納得したのか、シェリルは大人しく頷いて両手を広げた。
「……?」
「何、ボーってしてるのよ!帯ときなさいよ」
「はいはい。姫の仰せのままに」
帯に手をかけたアルトだが、赤面して止まる。
「シェリル…お前…和装下着」
「やだぁ!何でわざわざある胸を潰さなきゃならないのよ!」
そんな事を胸を張って主張されても。
「…グレイスさん」
「用意はしたのだけれどね」
「…俺後ろ見てるので、和装下着着せてもらえますか?」
「えーペチャンコな胸なんて嫌よ」
「わがまま言わないの」
グレイスが宥めている。こんなに疲れる着付けは初めてだ。
アルトはため息を付いて、完了を待った。



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スキキライ、2

シェリルの心の叫び声が聞こえるようだ。

グレイスはグレイスで毎回来て欲しいわね。感心して見守っている。アルトはシェリルのわがままを聞いて言いなりになっている様に感じるが、シメる所はシメる性格らしい。手のひらで転がされているのはアルトではなくシェリルかもしれない。

「良く出来ました」
「あんたバカにしてん……?甘い」
大きく開いたシェリルの口内に今度は茶色な物体を放り込む。
「ご褒美だ」
可愛いらしく一粒一粒包まれた色とりどりのチョコレート。
「これ……」
「前に食いたい言ってただろう」
並ぶの恥ずかしかったんだそ。
照れくさそうに答えてソッポを向く。
「覚えててくれたのね!ありがとう!!!」
シェリルは感激して、アルトに抱き付いた。「えっ…あっ…待て待て」
勢い付いたシェリルごとアルトが盛大にひっくり返る。とっさにシェリルを守る様に包み込んで。


バラバラバラ


二人の上から甘い甘いチョコレートの雨が降る。


「あらあら」
私は打ち合わせだから。チョコレート拾うのよ。言い聞かせてグレイスは部屋を出た。
後には赤面するアルトと、ニコニコご機嫌のシェリルだけが残された。



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スキキライ、1

「シェリル…好き嫌いしてたら良くならないわよ」

グレイスが飽きれぎみにため息を付く。

「食欲がないのよ」
「……そう?」

1人で食べる病院食は味気なく不味い。アルト達とワイワイ学園で食べた食事はおにぎり1個でも美味しいく感じたのに。

しかも…今日はシェリルの嫌いな人参がたんまり入ったスープだ。食欲も失せる。スープだけ飲んで人参だけが打ち上げられた魚の如く乾いていた。
パンもデザートも手付かずだから食欲が無いのは確かなのだろう。

コンコン
「シェリル入るぞ」

ノックと共に男の子の声がする。シェリルは途端に瞳を煌めかせ鏡で身だしなみをチェックする。
分かりやすい。

「入りなさいよ」

恋する女の子だわね。もう少し可愛いくなれないのかしら?シェリルらしいと言えばシェリルらしい。
マネージャーとしては当然注意すべき事だが、早乙女アルトと言う存在がシェリルにとってマイナスになるとは思えなかった。

「…あっ。わりい昼飯中だったか?」
「大丈夫よもう食べないから」
「もうってほとんど食ってないじゃないか?……お前、ニンジン嫌いなわけ?」
アルトがバカにしたように鼻で笑う。
「なっ…そんなわけないじゃない」
シェリルがカッとなって反論する。
グレイスは微笑みながら見守っている。
「ふーん。じゃニンジン食ってみせろよ」
いつもの逆襲とばかりにアルトが突っ込む。シェリルがどうにか回避したいと青くなったり赤くなったりして、
「ホークが重いのよ!!!」

とわめいた。
どう聞いても苦し紛れだ。
アルトはきょとんとして次に獲物を発見した顔になった。
グレイスはクスクスと笑っている。
1人シェリルだけが不機嫌にむくれていた。
「…アルト?」

アルトがホークを持ち上げて、柔らかいニンジンを突き刺す。
「ガギじゃないもんな。嫌いじゃないんだろ?」
「…も……もちろん…よ」
声が震えピンクの唇が一向に開く気配がない。アルトはため息をついて、シェリルの下顎を引いた。
ピンクの舌が見える。なんとなく変な気分になり赤面しつつもホークのニンジンを口内に押し込んだ。

「!!!」

アルト覚えてなさいよ!!!
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願い、3

グレイスの愛情を感じて、アルトはシェリルは決して孤独ではないのだと思った。
「アルト君……こんな事貴方にお願いするのは私のわがままなのだけど」
「なんですか?」
「この子のまわりで世界が動きすぎたわ。私と出会う以前から1人耐えて来た。…そろそろ限界なのかもしれない」
「!?」
「シェリルはごまかせてると思ってるみたいだけれど。最近、ちょっとした段差で躓いたり体に力が入らなくて立ち上がれなかったり」
「どこか悪いのですか?」
穏やかな呼吸からは病のニオイはしない。
「精密検査をしてみないと何とも言えないのだけれど…蓄積されたストレスが我慢出来る限界値を越えた…のかもしれない」
まわりの期待。自分が掲げた高い理想。アルトには分かる気がした。自分は逃げ出したけれど、シェリルは全身で立ち向かって居る。
「シェリルの側に居てあげて…ただそれだけで良いの」
グレイスの心痛な願いにアルトはうなずいた。シェリルの側に…言われなくともそうせざるおえない見えない糸を感じたからだ。



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願い、2

「24時間シェリル・ノームはシェリル・ノームだったわ。マネージャーとしては申し分ない子だけど……グレイス一個人としては悲しかったわ。大事な存在のシェリル・ノームという看板を下ろす場所になれなかったのだから。」「そんな!グレイスさんには感謝してると思いますよ!」

シェリルにとって彼女はマネージャーと言う枠から越えて、母親代わり姉代わりな存在なのだろう。

「護衛は貴方が良いとか、学校に行きたいとか…人気アイドルのわがままと貴方は思ったかもしれないけれど…シェリル・ノームを演じてのわがままではないと感じたの。」
「?」
「何とか言ったら良いのか……肩から力が抜けた感じ…表現するのは難しいわね」
グレイスは困った様に微笑むが、アルトには何となく理解出来た。テレビで綺麗に笑うシェリル。言葉1つ目線1つで自分がどう他者から見られるか分かった上での計算された受け答え。それは、舞台の上での自分を彷彿とさせて、痛々しさを覚えた。

それなのに

実物のシェリル・ノームは天真爛漫で、表情がコロコロと代わりアルトにわがままばかり言って困らせるが、嫌いにはなれなかった。「本物のわがまま娘になられては困るから、苦い顔はしたけれど…そのわがままさえも嬉しいのだから、私は相当な親バカね」
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