鬼女2

「儂はそうやって、鬼女を鎮めて、時にはその影を見てきたから分かるんじゃが、
お前さんからは鬼の臭いみたいなものがする。いや、儂みたいな因縁みたいなものがある」
Aは老人の言葉にぎょっとした。
なぜなら、Aが仏門に入るきっかけが鬼、だったからだ。
「お前さん、○○寺まで行きなさるか。なら早く用事を済ませることだ。
暗くなってからはここを通ると縁に引かれるかもしれんからな」
老人お言葉にじわり、と汗ばむ季節なのにAの背筋には冷たいものを感じたそうだ。
Aは老人に挨拶すると、そそくさとそこを離れた。
老人の助言通り、早く用事を済ませて帰ろうと思ったらしい。

ところが世の中ままならないもので、Aの用事は夜までかかった。
そこで、無理をおして帰るほどAも怖いもの知らずではなく、
寺で夜を明かしてから帰ることにした。
もっともAの方も暇な身ではないので、始発電車で帰ることにしたそうだ。
だが、厄介なことにAも修行中の身。
帰りも駅までは歩いていかねばならず、始発電車で帰るためには
暗いうちから寺を出なければならない。Aはさすがに嫌な気分になったが、それも仕方ない。

 

そこでAは寺の住職にどっこ坂の話を聞いてみた。
住職もはじめはピンと来なかったようだが、思い出したように言う。
「ああ、アレか。アレは下の方の△△寺が今でも供養しておるよ。
話によると鬼女を封じた石と独鈷杵の半分が今でもあるそうだ」
半分?
Aがその事を聞くと、住職は移転供養の際、
工事人がロープを掛けるところを間違って独鈷杵を折ってしまったそうだ
老朽化していたらしい。しかも輸送の途中で無くしてしまうと言うおまけ付き。
その話にAが青くなると、さすがに住職もバツが悪くなったのか、
Aに△△寺の場所を教え、何かあったらそこまで行けば
どっこ坂の鬼女も何もできないだろう、と言ったそうだ。
まあ逃げ場所を知ったAは、とりあえずそれで良しとし、
その晩は眠りにつき、予定通り暗いうちに寺を出発した。

Aが朝靄の深い道をどっこ坂に向かって歩いていると、どっこ坂の方がやけに明るい。
嫌な予感がしたが、考えてみれば現れるのは鬼女の影で、光ではないので
Aは臆病になっている自分を笑うとどっこ坂に向かって足を速めた。
近くによるとその光は車のヘッドライトで、どっこ坂の陸橋わきの土手に乗り上げていた。
事故か?
そう思って車の中を覗いてみると、車内には気を失った若い男女。
とりあえず息はあるしケガも見あたらない。
これは救急車より警察の方が、などと考えていたAの背筋に冷たいものが走る。
その嫌な感じのする方、ヘッドライトの先を見ると。

女、と思われる黒い影。
光を浴びて姿が見えるはずなのに、影。
その頭には角みたいなものまで見える。

そこまで認識した瞬間、
Aは悲鳴を上げて逃げ出したそうだ。
ダメだダメだダメだダメだダメだダメだ
ダメだダメだダメだダメだダメだダメだ。
よく分からないがAの頭はそれしか思い浮かばなかったという。
もうAはよく分からないが坂を駆け下り、転びながら、
それでもとにかく逃げた。逃げた。△△寺に向かって逃げた。
どっこ坂の陸橋も越え、しばらく走っていたが、後ろに感じる嫌な空気。
なんだよ、鬼女ってのはどっこ坂にいるんじゃないのか?
もう随分走ってるぞ。△△寺についちまうじゃないか、
なんて考えながら、涙と鼻水を垂らしながらAは走った。
そのとき、△△寺に向かう道ではなく、右手の竹林に目が行った。
なぜか気がつくと道を外れて、その竹林にダイブしたA。
ごろごろ転がりながら、見えた後ろには、確かに鬼女の影があった。
これは、もうダメかと思った時、Aは竹藪の中で何か堅いものを手にしたらしい。
よく分からずにそれを握ると、近くの家から鶏の鳴き声が聞こえた。
それと同時に鬼女の影はだんだん薄くなっていったという。
ぜーぜーと言う呼吸が納まってきた時、
助かったのか?
そう思って影が消えた方を呆然と見つめていると、道から誰か覗いていたそうだ。
一瞬ビクッとしたが、よく見るとそれは昨日の老人だった。
「一体、そんなところで何をしてなさるのかね」


そう言って、老人が近づいてくると、Aはどっこ坂で見た事故?と
鬼女の影のことをまくし立てるように話した。
老人はAの無事を喜ぶと、Aの手を見ていった。
「その、握ってるものは何かね」
Aも、自分が何か握っている事に気がついて、握りしめたものを確認すると、
それは二つに折れた独鈷杵の半分だった。

「爺さんの話だと、鬼の縁で無くした独鈷杵の半分に引かれたのかもなぁ、
とは言っていたが、正直もう鬼に関わり合いたくない。だって怖いんだよ、マジで」
Aはそう言うと、泣きそうな顔でぶるぶると自分を抱きしめた。
お前の実家の方だぞ、この話。あそこら辺を通る時は気をつけろよ。
そんなことを言うAに、オカルト研でぶいぶい言っていたヤツが
変われば変わるモンだと感心しながら
「で、その影ってのは本当に鬼女の形をしていたのか?」
と聞くと、Aはまじめな顔で答えた。
「いや、ホントに鬼女だって。だってラムちゃんみたいなシルエットだったんだぞ」
「……いや、ラムちゃんはないだろ」
 真顔でラムちゃんとか言うAの表情のほうが、俺にとっては正直、怖かった。
いや、マジで。




                      2011/06/21(火) 23:09:45.49 ID:SbZN7MgF0