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ペインフル




「自分の痛みに気付くことがないから人を傷付けても平気なんだね、君って人はさ」

目の前にいる彼女は、ポツリとそう言った。
それが発端となり、スイッチが切られたロボットのように、私の動きと思考が止まる。彼女の言葉は哀れみでも怒りでもない、単純で無機質な感想だ。その言葉に、善意も悪意もない。空気のような言葉だった。

そんな空気のような言葉であるにも関わらず、私の胸は異様な程に締め付けられるのだった。その苦しさに自分の肩が震えているようにも感じる。いや、実際に震えていた。肩を震わすこの感情は、少なくとも怒りではない。では何だと言うのだろう。


彼女に言われた言葉を振り返る。

自分の痛みに気付くことがないから人を傷付けても平気なんだね、君って人はさ。

気付いていない。訳ではない。と言いたいが、声が出ない。物理的に声が出ないわけではない。単純に自分が発するであろう声、言葉が論理性を欠くのが目に見えているためだ。


「あっ、でもでもっ! 人を絶対に傷つけない完璧な人よりも人を傷付ける面があった人の方が、親近感が沸いたりしない?」肩を震わす私に対し、彼女はアフターフォローを忘れない。これが作為的なものでも意図的なものでもなく、自然体で行えていることが私には末恐ろしかった。「少なくとも、私は、そう」


彼女は呟いて、私から目線を逸らす。そして、独り言のように嘯いた。


「そんな私は可笑しいらしいね」


その壊れそうな笑みに、私は異様な程の興奮を抱くのだった。同族意識のようなものが湧いて、単純に嬉しかったのだと思う。「自分は可笑しい」と感じながら日々生活をする人間は珍しいと自分は考えているため、安心感のようなものを得たのかもしれない。そして、自分と同じような思考をする人間が目の前に存在していることを知り、その珍しさに心が躍っている。
まるで今まで見たことのない虫を見つけた子どものように、純粋に、高揚しているのだ。


「でも、可笑しいって言われてもそんな不器用な君のことが大好きなんだから仕方ないよね」と、彼女が私を抱き締める。その砂糖菓子のような甘ったるい声に、何故か苛立ちを感じ始めた私がいた。胸が絞まる、とても絞まる、それはもう絞まる。


「そうですか、それは良かったですね」


この場になって初めて声を出した。自分の声は低く、如何にも不満げである。優しい台詞を与えられたにも関わらずそれ以上を求めているらしい。その貪欲さに我ながら辟易してしまう。

初めて声を出したことに驚いたのか、彼女が私を見る。その視線は私の心を貫いた。まるで銃で撃ち抜かれるような痛みを覚える。


「不満そうだね」

「不満ではありません」

「嘘吐きは嫌いだよ?」

「嘘を吐いてすみませんでした」

「分かってくれたなら、それで良いよ」

「では、嘘を吐かず、素直になります」

「あず、ゆー、らいく!」


君の好きなようにすると良いよ!

そんな彼女の日本人英語が発されたのを皮切りに、私は、貪欲に、とても素直に、彼女の腕を締め付けた。私は止まっていた行為の続きを始めただけだ。私が動きを止める前に一体何をしていたのかと言えば、ただ、単純に彼女を物理的に痛みつけていただけだ。叩く、絞める、といった非常に原始的な暴力行為を彼女に対して施していただけであり、それ以上に説明する余地はない。


強いて説明するならば、私は彼女に対して、優しい言葉以上にそれを示す態度を求めていたのだった。態度によって可視化することにより、その言葉は真意であると安心がしたかったのだろう。

また、彼女の言葉に苛立った理由としては、恐らくこの自分の恣意的な行動に気付きたくなかったためなのだろう。苛立つ時点で既に恣意的であることに否定は出来ないが、それでも私はその事実に気付きたくはなかったのだ。


「虐めるなら、死なない程度にしてね?」


私に何をされても、彼女は穏やかに笑うだけだ。どれだけ壊そうとしても、彼女は微笑を絶やさない。

愛おしくて、つい、彼女の気道を絞めた。これでも私を好きと言うのか、と言わんばかりに力を込めて、彼女の首を絞めた。大丈夫。「死なない程度」というお望みを叶えるために頸動脈は絞めていない。彼女の首を絞める右手が震えている。


───愛おしい。


その愛しいという感情は果たして相手に向けられたものか。それとも、自分に向けられたものなのか。
自分の全てを受け入れる彼女が可愛いのか。それとも、悲劇の主人公を演じる自分が可愛いのか。そんな単純な問いに答えを出せない自分自身がとても憎く、その憎しみは焦燥感を生み出した。此処でようやく、先程まで自分の身体を震わせていた感情が「焦り」であることを知る。

自身の感情を知ると、息をすることさえきつくなってきた。胸の締め付けが更に強くなり、肺を膨らませる作業が億劫になる。このまま自然と呼吸が出来なくなれば、一体私はどれほど楽になれるだろう。

自分の感情と行為のベクトルは真逆を向いている。その事実は解る。しかし、どう修正していけば良いのかは考えてみたが解らなかった。焦りの感情が思考回路の整調を阻害しているようだ。いっそのこと殺してくれとも思う程、自分にしては珍しく頭が動かない。しかし、焦りを感じるあたり、自分はきっと何かしらは変わっている筈だ。そう考えないと、この先の人生の何処かしらで自分は壊れてしまうだろう。自らの恣意に気付く、その残酷さを思い知らされる。


「……平気なわけがないじゃないですか」


首を絞められて酸欠の金魚のように喘ぐ彼女に、自分の言葉を投げ捨てる。恐らく、自分の本音だと思われる言葉を。


酸素を供給することに必死な彼女は、投げられた私の言葉に気付かない。
そのまま宙に浮いた言葉は、まるで空気のように消えていった。



『フロート』


* * *


(半年くらい前に書いた文章だけど、載せてなかった。テヘペロ)

『繋』【性的描写有り】



 光の届かないセミダブル。
 私は彼女と真っ正面に向かい合う。そして彼女に対する愛を確かめようとしていた。

 私は相変わらずの愚か者だが、愚かなりに身体を重ねて彼女と会話を重ねる。そうして彼女と繋がりを持つ。
 寝室は暗闇に包まれている為、彼女の顔がはっきりと見えることはないが、朧気には彼女の表情を見ることが出来た。それだけで十分だった。

 時に幸せそうに、時に恍惚に。時には蠱惑的に、そして扇状的に。
 微睡みの中でコロコロと表情を変える彼女を観察するのは面白いものだ。表情を目まぐるしく変えるくせに、相変わらず彼女の視線は私を的確に射抜いてくるのだから素直に感服してしまう。


 「キヨキヨ、好きよ。好き」


 最中、彼女はそんな台詞を戯れに言う。
 口調は軽いくせに、その言葉に隠された意味合いは暴力的なまでに重かった。「好き」と伝えてくる彼女の表情は真面目であり、尚且つ幸せそうだ。

 彼女の幸福そうな表情を見ていると、此方まで幸せな気持ちになっているような錯覚に陥る。刺してくるような彼女の視線も相俟って、実に気持ちが良かった。心の中の蟠りが抉り取られていくような錯覚に陥った。


 「有り難う御座います。私も貴女が好きですよ」


 彼女の真似をして、私も愛の台詞を言ってみる。口調は真面目であるのに、とても薄っぺらく聞こえた。「好き」と伝える私の表情は、きちんと幸せそうにしているのだろうか。


 今の私の隣には彼女がいる。故に私はとても幸せだ。

 しかし、同時に物足りなくなるのも事実だった。
 彼女の幸せそうな顔を見ると、相反してどうしても泣くまでいたぶりたくなる感情も同時に起こる。彼女が私に屈伏したことは付き合ってからというもの一度もないのだが、それでも諦めきれずに時折彼女に赦しを請わせてみたくなるのだった。

 私だけを見てほしい。それも私以外の人物、物事を考えられる余裕が起こらない程度に見てほしい。
 強固な「認めてほしい」という感情を土台とした、力で征服したいという性癖。相変わらず狂っていると、自分でも思う。

 しかし、男女間の圧倒的な力の差の前に泣き濡れる彼女の姿を想像するたびに心が躍ってしまうのも事実だ。
 そんな事になれば私は喜ぶのだろうし、とても嬉しくなるのだと思う。
 素直に嬉しいと感じてしまうだからこのような嗜虐的な思想をしてしまうのも仕方あるまい、とも思う。

 間違って、思ってしまった。


 「……目に入れても痛くない程には、好きです」


 間違った思考から逃避すべく、ペラペラで今にも飛んでいってしまいそうな言葉を私は吐く。そうして、ロマンティックな雰囲気で狂喜をひた隠す。
 何も知らない彼女は「お。また言ってくれるだなんて今日はサービス旺盛だね、キヨキヨ」と純粋に笑っていた。心の底から、本当に純粋に笑っていた。


 「では、今後は更にサービスをしていきますかね」

 「望むところだよ」


 そんな軽い会話をし、私は彼女を喜ばせることに必死になった。必死になろうとした。
 何事かに集中しなければ、相反した思想に潰されて可笑しくなってしまいそうだった。


 そうこうしているうちに幾分かの時が経過した。

 「サービス」の効果からか、彼女の声の音域がhiFからhihiA#くらいを行き来するようになった。
 私にはまだ彼女の声を分析出来る程度の余裕がある。このまま余裕を保ち、自身の感覚を狂わせることがないようにしたいと願う。


 「ヨ……」

 「はい?」

 「ヨ……ひ……!」


 どうやら彼女はいつも使用している「キヨキヨ」という愛称ではなく、実の名前で私のことを呼ぼうとしているらしかった。下の名前で呼ばれることに慣れていない為、どうも照れ臭い。

 私は「何ですか?」と変な声を漏らして、照れ隠しに彼女に向かって微笑む。すると、彼女も「うへへへへ」と笑い返してきた。彼女に余裕などそうそうない筈だが、その表情は至って満足げだ。


 「おや、随分と余裕なんですね」

 「んなっ、ち……ゃ……」


 私がわざとらしく責め立てると、彼女は必ず声にならない声で『違う』と伝えてこようとする。
 彼女の声は枯れ枯れで、彼女の伝えたい言葉ははっきりと聞こえない。それがとても愉快だった。


 「すみませんが、何か言いましたか? 声が小さくて聞こえませんでした」

 「……ゃう。うー……」


 責め立てると、彼女が私を締め付けてくる感覚がする。その感覚が心地良くて、ひどく安心してしまう。

 心地良いと感じるのは彼女が私を求めてくれている事実を噛み締めることが出来る為か、或いは羊水の中で抑えつけられていたあの頃の記憶を彷彿とさせる為か。
 兎に角、性欲故の心地良さでないことだけは確かだった。彼女を組み伏せているこの状況で「性欲ではない」と判断する私の脳味噌は、恐らく生粋のいかれ頭なのだろう。

 しかし、何故この状況で性欲ではないと私の脳味噌は判断するのか、私自身でも分からなかった。

 何故性欲ではないと、私は。


 ───気持ち悪い離れなさいよ気持ち悪い止めて止めなさいもう止めて。


 何故、と考えた瞬間、自分と繋がっている彼女の顔が母親の顔と重なった。まるでアルバムを引っ張り出してきたかのような鮮明な幻想に、顔面も意識も蒼白になる。
 どうやら母親の亡霊はまだ私に絡みついているらしい。背中に張り付いた汗が氷のように冷たく、気持ちが悪かった。

 動揺故に私の表情筋が変に歪んでいないことを、また自分の顔自体を彼女に見られていないことを祈る。
 視線だけで私の心を深く抉ってくる彼女だ。恐らく、私の表情を見せた瞬間に彼女は何かを悟ってしまうのだろう。それだけは避けたいところだった。



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『トラウマトラップ』

* * *


生まれ、堕ちた。

生まれ出場所は、選べない。
当然、自分の両親も選べない。


―――お前なんて、生まれてこなければ良かったんだ!


聞き慣れた、母親の言葉。
愛しくも卑しいその音色は、私の胸を良い意味でも悪い意味でも高鳴らさせた。

ドクドクと流れる血潮は生きている証だと思った。
生きてしまっている証だとも、思った。


母親から嫌われている。
望まれなかった子。
忌むべき産物。
それが私。
私だ。


自分は一般市民より若干恵まれない環境下に生まれた。
その事実は幼い頃から雰囲気で感じ取っていた。どうにかしてその劣悪な環境を打破したいとも、心の何処かで私は願っていた。


恵まれない環境に生まれ出でた場合、一体どうすれば改善されるのだろうか。

環境そのものを変えてしまえば良い。
否。そんな大掛かりな改変、力が無い子どもなどに出来る筈がない。


……ならば、どうすれば良い?


「嗚呼」私が辿り着いた答えは単純そのもの。「壊せば、良いのか」


『変えられないのならば根本から壊してしまえ』。

環境という現実を壊し、事実を無かったことにする。
実に単純な回答だった。

「『私』の存在は気持ち悪い」という母親の価値観を破壊してしまえば、母は私を疎まない筈だ。
「気持ち悪い」という価値観自体が壊れてしまえば、私を拒否する理由は恐らく無くなる筈だ。


破壊。
それだけが唯一の解決策だと、当時の私は純粋に信じていた。
当時の私は、神に祈るようにその解決策にすがり付くしかなかったのだ。


欲は言わない。
愛してくれとは言わない。
ただ見てくれれば良かった。

何も高レヴェルな要求はしていない。
ただただ、自分の姿を瞳に映してほしかった。
その瞳を私の姿で、満たして欲しかった。例えその両目に感情が灯らなくとも、見てくれさえすればそれで良かった。



視線を奪ってしまえ。
視線を奪う為に、襲ってしまえ。


そんな自棄を起こそうと考えたのは、一体何時のことだったか。
そんな破壊衝動を起こそうと考えたのは、一体何時のことだったか。
もう昔のことすぎて、覚えていない。


「……かあ、さん」


寝ている母親を起こさぬよう、彼女の首筋にそっと腕を伸ばす。そしてその両腕に、私は全身全霊の力を込め、首を絞めた。
その後の出来事については、何も語るまい。完全に出来心だった。全て欲望を吐き出した。単純な破壊衝動だった。最早自棄だった。


自棄を起こしたその時間、確かに母親は私だけを見ていた。彼女の瞳には私の姿しか映っていなかった。それが素直に嬉しかった。
幸せかどうかは分からなかったが、心が満たされていく心地がした。
産まれて初めて、自分がこの世に生きている理由を得た気さえした。
産まれて初めて得た、感覚だった。


私は初めて得たその快楽に浸るあまり、油断してしまっていたのだ。

嬉しさに満たされた私を一瞥するや否や、母親は私の腕を噛み、振りほどく。驚く私を尻目に、彼女は命からがらベランダに出た。
そして、私を睨み付け、淡々と言葉を投げつける。


「……気持ち悪い」


それは呪いの言葉。
そして、その言葉に続く動きは緩やかで。

ベランダの手すりに乗り、流れに身を任せて飛び降りて墜落するまで。
全てがスローモーションだった。

こうして、母親は私に呪いの言葉を残し、私の目の前で死んだのだ。





視線を奪ってしまえ。
視線を奪う為に、襲ってしまえ。


……その行為が自棄だと気付いたのは、何時なのだろう。
「襲う」という行為と「自棄」を繋ぎ合わせて考えられるようになったのは何時だろう。

そのように考えられるようになったのは、自分がある程度正常になりつつあるからなのだろうか。
やはり、新たな人との付き合いが関係しているのだろうか。


私には分からない。


* * *


「……セイキ、起きてるか?」


勤務中の休憩時間。
そこで私は、上司に声をかけられ飛び起きた。

随分と嫌な夢を見てしまった。額が嫌になるほどじっとりと濡れている。
ましてや上司に起こされるとは太刀が悪い。更に嫌な気分になってしまった。

上司の声は悪夢以上に私の気分を害するものなのだな、と冗談を言ってみる。
あくまでも冗談だ……そのつもりだ。


「……ええ、起きていますよ」

「良かった。調子崩したんじゃないかと心配してたんだぞ」


機械的に微笑む上司に対し、私もハハハと表面上で笑んでみる。

無表情に笑んだ表情の下では、無性に胸がざわついていた。精神に波が立ったようで、どうも落ち着かない。
それもこれも、皆、あの夢の所為だ。


―――気持ち悪い。


「っ……」


呪いの言葉が、感情が、私を締め上げる。
忘れていた筈なのに、このようなふとした瞬間に前触れもなく思い出す。

どうして思い出してしまうのか、何故思い出す瞬間を選べないのか。
それを考えると無性に苛々した。

トラウマというものがこの世に存在しているあたり、この世界に神はいないのだろう。
そんなことを改めて痛感する。


「今は……12時40分、ですか?」


私は顔を上げ、壁にかかった時計を見た。意味は無いがポツリとそこに記された時間を読む。休み時間の終了まで、あと10分はあった。


「応。寝惚け眼擦って、そろそろ準備しておけよ」



上司の軽口な指示をバックグラウンドミュージックにし、私は覚束無い足取りで勤務先共用の公衆電話の前に立つ。残りの10分を有効に使いたかった。
私は公衆電話に10円玉を投下し、とある携帯の番号を押した。
私の唯一である友人の電話番号だ。


ツーツーピッ。


ツーコールの後、「ピッ」という実に機械的で淡白な音が聞こえる。
相手と通話が繋がったことを確認し、私は口を開いた。


「……もしもし」

『嗚呼、トマトさん。お久し振りです。どうした……どうしました?』

「……セイキ、ですよ」

『あ、そうだったでしたっけ』


私を相変わらず「トマトさん」と呼ぶ友人は、私の声を確認するや朗らかにそう言った。
友人が私のことを「トマトさん」と呼ぶのも、私が「セイキ、ですよ」と返すのも、いつものパターンだった。


友人の名は「独谷圭吾(ドクタニケイゴ)」と言う。私の勤務先付近の大学に通う、しがない院生だ。
彼とは奇妙な出会いから知り合った仲である。しかし、とても馬が合い、今の付き合いに至っている。

私も人のことは言えないが、彼自体も非常に奇妙な人間だ。
その奇妙さたるや、彼の存在を題材に何か一本論文や小説が書けそうな勢いがある。


「唐突なお誘いで申し訳ないのですが、今日、一緒に飲みませんか?」果たして私は自然な感じで友人を誘えたのだろうか。暫く飲み会とは離れた生活をしてきた為、いまいち分からない。「奢りますので」


『へ……?』間抜けな声が、耳元で響く。何も知らない友人にとても相応しい声色だと、私は笑わずにいられなかった。『うん。ボクは良いっす、けど?』


「では、19時より、いつもの店でお待ちしています」

『え、そんな! いきなり過―――』


ブツッ。


私は乱暴に、しかし気付かれないよう電話を切った。このまま電話を続けていたら、余計なことまで口走ってしまいそうな気がした為だ。話題は飲みの時までとっておかなければ詰まらない。


自覚出来る程、自分は苛立っている。
誰かに何かを話したい、と珍しく思った。「何か」が何であるのかは分からないが、その「何か」を話さなければこの苛立ちは落ち着くことは無いのだろうとも思った。


「準備……って、飲みかよ」と上司は笑い、「ええ」と私は笑えなかった。


* * *


予定していた19時。
平日だからかどうかは分からないが、私が指定した店の周辺は不気味なほど静まりかえっていた。

そんな店の入口の前で、彼は私のことを待っていた。


「突然呼び出してしまってすみませんね、『独谷』さん」

「いえいえ。僕も久し振りに飲みたかったんですよ、お酒」

「……。それならば良かった」


一種の確認作業をした私は、彼を連れて店内に入る。
「博士論文の方はどうですか」「いや、レフェリーに努力は認められたものの、やっぱり突き返されてしまって……」などと他愛もない話をして、私たちは個室を意識出来るいつもの席に移動した。

席につくや直ぐに、店員が「ご注文は?」と訊ねてくる。

「では、オリジナルカクテルの『ツインズ』を。あと、フライドポテトと枝豆を頼めますか?」と私は酒とつまみを頼み、「あ、僕もそれでお願いします」と彼もつられるように注文をした。


注文後、私たちは他愛のない話をまた始める。会話に意味は無い。只の時間潰しにすぎない。


「あ、でも、データを集めた努力は認められたんですよ」

「ほう」

「もっと丁寧に纏めてくれば、雑誌投稿を認めてくれるみたいです」

「それは良い話ですね。是非とも頑張ってくださいね」

「うん。僕、頑張ります」


そんな他愛も無い話で盛り上がっていると「失礼します。此方カクテルの『ツインズ』とポテトになります」と、これまた他愛の無い声が私たちの会話を裂く。目の前にカクテルとフライドポテトが置かれた。
私たちはお互いが求める酒とつまみに手を伸ばす。



「そう言えば」ポテトを食みながら、ふと思い出したかのように彼は言った。「電話したときから思ってたんですが……トマトさん、若干苛ついてなかったですか?」


私自信は感情を抑えていたつもりだったのだが、どうやら、出来ていなかったらしい。


「何を突然言い出すかと思えば……」


軽口に聞こえるように、私は言葉を吐く。


「上手く言えないけど……何かを溜めてる感じがします」


そんな芝居など見透かしているとでも言いたげに、目の前の男性はそう言った。
全てを見透かす彼女なら未だしも、真実から目を背けるタイプの人間である彼(本人に自覚は無いが)にそんなことを指摘されてしまうとは屈辱的だ。

見透かされてしまったのは私が未熟だからか。
それとも、感情的な彼女に毒されてきたからか。


「そんなこと」いつもならば流れるように言える言葉が途切れてしまう。どうやら私は、想像以上に彼の言葉に動揺しているらしい。「ありませんよ」


「そうですか?」と、目の前にいる男がまるで幼児に訊ねるような声で私に言う。
その言葉を聞き、背中が一気に冷えた気がした。


嗚呼。
この然り気無い気遣いは、非常にあざとい。
だからこそ、彼は……友人になり得たのか。


「ククク……」


彼のあざとさを笑いつつ、私は動揺を隠す為に、彼の前で強めの酒を一気に飲み干す。
「嗚呼、まだ乾杯してないのに! 酷いですよ、トマトさん」と目の前で抗議の声が上がるが、私は気にしなかった。


飲み会は未だ始まったばかりだ。




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『古着』







彼女はいつもボロボロな服を着ている。
明らかに古着と分かる洋服のセンス、および布地の草臥れ具合は尋常ではなく、苦学生かと思ってしまうほどにその服は古着の中の古着だった。
現に、私以外の人間にも同じく苦学生と思われ、指摘されたことがあるらしい。

しかし、それでも彼女は古着を捨てない。絶対に捨てない。
寧ろ、古着だと指摘すればするほど、彼女は変に意地を張り、絶対に古着を捨てないのであった。





今日も彼女は古着を纏ってきた。
彼女は明らかに身の丈に合わないダッフルコートに着られ、やあ、と朗らかな笑顔で私に近付く。
背負っているリュックサックもところどころ色褪せており、このリュックサックもお古なのだろうと思う。

よっこいしょ、と彼女のリュックサックが乱暴に下ろされる。
リュックサックが背負われている時は分からなかったが、彼女のダッフルコートには穴が開いていた。

擦れて、光を透過させる穴。
最近、古着ファッションとやらが流行ってはいるらしいが、その穴はそんな流行の先端を行くファッショナブルなものではない。純粋に使い古して擦り切れた証だ。


穴が開いているよ、と軽く指摘すると、そうだね、と彼女は軽く応える。
その軽い言葉に、彼女が穴について何とも思っていないことを感じ取る。

……君もこの服を捨てろと言うの?
暫くの後、ボロボロのダッフルコートを着ながら彼女は自身を抱き締める。
私はと言えば、そんなことは一言も言っていないよ、と彼女の怯えを和らげることしか出来なかった。


その服も古着かい?
話題を変えるために、私はそんなことを聞く。
そうなの。おねえさんの古着。
そう言って、寂しげに彼女は笑った。

おねえさん、と言っても血は繋がっていないよ。
近所の、おねえさん。関係は遠い遠いおねえさん。ちょっと軽い会話をする程度の間柄だったんだけどね。
私が中学生の時に、突然脳内出血で死んじゃった。
このダッフルコートは、そのおねえさんの形見なんだ。


そんな説明を受け、私は疑問に思う。
関係は遠いのに、どうして、そんな形見を受け取ったのか、と。

彼女は応える。
おねえさんのお母さんが、まだ着れるからどうぞ、と言ったのだと。
いざ着ると、そこに「おねえさん」を感じ取れて安心するのだ、と。


ほら、死んじゃった人は、もう思い出の中でしか会えないでしょう?
でも、古着があれば、今も一緒に居られていることと同意義よね?


ただの古着だったら、捨てているよ。
彼女は笑う。
形見だから、捨てられないの。
彼女は笑う。

生きている人は、思い出の中でも会えるし、今という時も会おうとすれば会えるじゃない?
だから、生きている人の古着はわりかしどうでもいいの。
けれども、死んでいる人は、思い出の中でしか会えない。
だから、死んだ人の古着は、ずっと大切にしていきたいの。
生きている人の古着も、死んだ人の古着も、同じ古着だけどね。価値が違うのよ。
生きている古着は軽い。死んだ古着は重いの。


ダッフルコートを纏い、その場で嬉しそうにクルクルと廻りだす彼女は、何処か儚げだった。
その傍では、古びたリュックサックが乱雑に投げ飛ばされている。扱いの差を見るに、あれは恐らく生きた人間から受け取ったお古なのだろう。


それは、生きている人よりも死んだ人の方が大切という意味かい?
彼女が私の手が届かない何処かに行ってしまいそうで、怖かった。怖くて、思わず訊ねてしまった。


違うよ、そういう意味じゃない。
彼女は私の反応で察したのか、慌てだす。
勿論、死んだ人よりも生きた人の方が大事だよ。
彼女は心配そうに、私の顔を覗き込む。彼女の表情はまさしく笑顔で、私は妙に安心しきってしまった。


ボロボロの服を纏い、彼女は温かに笑う。
そして、明るく、楽しく、朗らかに、こう言った。


……だって、死んじゃったらもう会えなくなるじゃない。
だから、生きた人の方が大事だよ?





死を前提とした思考。
古着のように擦り切れた彼女の精神は、一体世界をどのように認知しているのだろう。


彼女は死に囚われている。




『死』

不完全恋物語をカラーにしてみた




今更ながら、晒してみる。


我が子。
「不完全恋物語」より、キヨキヨ&彼女です。完全なる自己満足☆←


身体は描けないので、ゲーム「青春はじめました!」から模写させて頂きました←

身体なんて描けないよー……orz
もっと絵が上手くなりたい今日この頃。


因みにこの絵はキヨキヨバースデーに描いたのですが、何だかんだで挙げるのが遅くなってしまった(´・ω・`)



高校生の時に作ったキャラクターだけど、彼らは一番のお気に入り。
多分、初めて完結出来た文章ということもあって思い入れがあるんだろうな。


初期設定とは大分キャラクターが変わってしまったのだけれども、変わって良かったと思う(o・v・o)

キャラクターが変わったから、キヨキヨがヘタレたり、彼女が壊れたりすることが出来た。未来像を想像しやすくなった。
初期設定のままだと、話が終わった後の話が全然浮かばないけど、今の彼らならバンバン浮かぶ。


……つまり、リア充度が増したってことか?←


取り敢えず、彼らはこれからもラブラブさせます。ずっとバカップルでいさせます。

うへへ(´ω`*)






文章タイトル入れてみた。
満足(`・ω・´)


文章の表紙にしようかとも考えたけど、絵のクオリティ的に自重する(´・ω・`)





現在作成中のノベルゲームの進行状況はこんな感じ↓

弟普F100%
兄普F90%くらい
隠し普F0%


弟普A終わったー!(*´∇`*)
完成が、見えてきた!


まだ隠し浮ノ手をつけてないのに、隠しキャラクターをもう1人追加しようとか考えてたりします。
多分、余裕がないので案で終わります←





以下、オマケ文章。
絵とは全然関係無いです。
寧ろ、絵の爽やかさからは逆を行く感じです。


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