青い。青い。
今日は目が奪われるような晴天だ。

それに春らしい陽気。


こんな日に寝ないでどうするのか、半兵衛は梯子を使って上った屋根の上に寝転がりながら上機嫌だった。


「あー…でもそろそろ遅咲きの桜も咲いてきたか」

空と庭の桜の、青と桃色の境界をうとうとと見下ろしながら思い出すのは今も仕事ばかりであろう堅物の相方。


「(こんな陽気、天気に満開の桜を官兵衛殿と見れたらどんなに…)」


良いだろうなあ。

うん、この天気のうちに誘いに行こう。
いやでもこの天気に寝ないのも勿体無い。
ちょっと、ちょっとだけ寝たら誘いに行こう。
そうそう、ちょっとだけ。








「…はっ」

目を開けるとすっかり暗闇に呑まれた景色が映った。
あまりの寝心地の良さにすっかり寝てしまったらしい。
しまったと愕然とする。

こんなに良い花見日和を寝過ごしてしまうなんて…自分らしからぬ失態にすっかり暗くなった夜空を見上げて頭を抱えた。


「あー………いや、『この空』ならまだいけるかも」

半兵衛は空を見上げたまま何か閃いたように呟くと、再び梯子を使い急いで屋根を下りて行った。




「宵は月が出たか…」

あらかたの仕事を終えた官兵衛が外を見ながら一人ごちていると、場を読まない騒がしい足音がこちらへ向かってきた。
そのままノックも鳴く、すぱんと障子が開く。


「官兵衛殿!」
「…卿か。今日は随分遅くに来たな」
「あー良かったー起きてて」
「因みに何用だ」
「お花見しよう」


これから、と縁側に繋がる障子を全開にして外を指差した。
真っ黒な紙に穴を開けたような満月が縁側から見える満開の桜を照らしている。


「月明かりに照らされる桜ってのもなかなか粋だと思わない?」
「…また唐突な……だが一理あるな、よかろう。しかしやはりこの時間は少し冷えるぞ」
「そこんところは抜かり無し!はいこれ」

そう言うと手に持った瓢箪を一つ得意気に手渡した。
ちゃぷん、と瓢箪が鳴く。


「こんなに綺麗な月と桜。なかなか良い肴になるでしょ?」
「酒か…気が利くな」
「どういたしまして」


二人は縁側にしゃがみこむと月が照らし出す桜に目を向ける。
世には夜桜というものがあるがなるほど、月の薄光を利用してぼんやりと輝く桜は太陽に透かされていた昼の時とは全く違う表情をしていた。


「綺麗だな」
「うん」

ちゃぷん。
半兵衛は微笑みながら軽く瓢箪を傾ける。


「これもそれなりのは用意したんだ」
「ふむ、頂こう」
「うん。御代わりもあるからたくさん飲んでよ」
「確かに。美味い」


官兵衛の思ったより勢いのある飲みにつられて半兵衛も酒が進む。
春とはいえ夜の肌寒い空気も、酒の力であまり気にならなくなっていった。

怪我の巧妙とはいえなかなかの景色、美味い酒、それに隣には官兵衛殿。
今年の花見は随分上等だ。


「官兵衛殿ー」
「何だ」

呼び掛けるも桜に釘付けなのか視線は動かない。
その手を一つ盗む。


「…もう酔ったか」
「酔ってないし」

手を重ねる。
ひんやりとした彼の手が酒に浮かされた体温に心地よい。

さらに自身の身体を寄せた。
少し高いが間近になった彼の横顔が酒でほんの少し色づいていて桜のようで、俺はこっちの桜のほうが好きかもしれないなんて本人に言ったら一蹴されそうな事を思った。

彼の視線は相変わらず。


「ねえ少しは俺も見て欲しいな」
「花見というのは桜を見るのではなかったか」
「あはは、つれないの。折角二人なのに」


へらへらと笑う。
別になんてことはないのだが、こんなに愉快で幸せな気持ちなのは酒のせいか誰かのせいか。


「っ」


唐突に強い風が一つ通りすぎた。

思わず目を閉じる。
風はそんな自分の頬を撫で髪をはためかせて通りすぎる。
ざあっと世界がざわめく音。


目を開けると、風に散った花弁を追いかけていた彼の視線がその進路を変えたところで。


「(ああ)」


目が合う。

どちらともなく身を乗り出す。

その意味がわからない年ではない半兵衛はもう一度目を伏せた。


「(本当、今年は上等な花見みたい)」


風に飛ばされた桜の花弁のひとつが、重なった二人分の影の上に静かに落ちた。





おわり!
酔っぱらっちゃいないけど酒に背中をおされるレベルでいちゃつけばいいなと思いました まる