今日は日射しが暖かい。
暦を見ると今日から4月。もうすっかり春だな、と官兵衛は日溜まりが暖めた城の外周廊下を歩いていた。
「桜もはやいものはもう満開か…」
庭を淡い色で彩る桜達を眺めながら、行事事には隙が無い同職者の事を考える。
そろそろあやつが酒でも持って部屋に押し掛けてきそうなものだな。いやしかし、たまにはこちらから誘ってみてもいいかもしれん。
そう考えつつ歩いていると、進行方向から近づいてくる足音。
「む…」
噂をすればなんとやら。
向かいから歩いてくるのは半兵衛だった。
「半兵衛、」
「・・・」
「?」
「・・・」
官兵衛が声をかけるも、顔も見ようとしないまま横を過ぎて半兵衛は行ってしまった。
妙だ。
いつもは時にこちらが五月蝿く感じるほどに官兵衛に関わってくる半兵衛が、これはなかなか珍しかった。
「・・・」
何か体調に不良だの、急ぎの用でもあったのかもしれない。半兵衛にも都合はあろう。
そう解釈づけるも官兵衛はいまいち釈然としない気分だった。
「半兵衛」
「何?」
「何か心配事でもあるのか?」
「別に」
「体調は?」
「普通」
「…そうか」
「…」
夕刻時。
いつものように食事の席で居合わせた半兵衛に今朝の件をさりげなく聞いてみるが、どの答えも嫌になるほど簡潔で、官兵衛の予想も肯定してはくれなかった。
質問以上の事柄は何も口にせず、静かに夕食を口に運ぶ半兵衛。その目は全くこちらを見ない。嫌に拒否的に感じられるその態度に、官兵衛はそれ以上何も言えなかった。
「(何か私は半兵衛の気に障る事でもしたのだろうか…)」
自身の御用部屋で書類を書き連ねながらここ最近の日々を思い返すが特に思い当たらない。
そもそも昨日までの半兵衛は官兵衛の御用部屋にやって来ては仕事の邪魔をしていたし、機嫌だって悪くは無かったと思う。
「(そうなると何か、私が知らぬ内に半兵衛を傷つけてしまったか…?)」
「・・・さぁ・・」
「む?」
突然部屋の外から半兵衛の声が聞こえたので、筆を置いて襖の方を振り向く。
襖の向こうに人影が二つ見えた。何か話しているようだ。
「俺も・・正の気持ちよくわかる・・よ」
「・・だろ・・・」
「何で・・殿なんかに・・・」
いまいちよく聞こえない。
官兵衛は後ろめたい気持ちを抑えて、襖の向こうへ聞き耳を立てた。
「でもさ半兵衛、お前がそんなこというなんて意外だよ」
「そうかな」
「だって一番官兵衛と仲良かっただろ?」
なんとか聞こえる。
声から察するに話しているのは半兵衛と清正のようだ。会話中に自分の名前があって少し驚く。
「ああ…俺、飽きっぽいからさ」
「飽きっぽい?」
「初めは面白そうって思ったんだけど、そうでもないんだもん。もう官兵衛殿なんて飽きちゃったよ」
酷え奴だな、と言う清正の声を最後に会話が遠ざかっていく。
官兵衛の頭には半兵衛の最後の言葉だけが残る。
「なるほど…『飽き』か」
今日一日の半兵衛の態度を思い返し鼻で笑う。
あれはまぎれもない拒絶だったのだ。それに気付けなかった己が酷く馬鹿者に思えた。
体調不良。心配事。
私は何を期待していたのだろう。
よく考えれば私に興味がある時点で稀有な者だったのだから、こうなったところで何ら不思議とは感じなかった。
ただ。
「・・馬鹿者め」
心臓を串刺しにされたような痛みがとても、煩わしかった。
結局その夜はあまり眠れず、官兵衛は昨日よりも重くなった足取りで桜咲く庭に面した外周廊下を歩いていた。
口からは鬱屈とした気持ちを出すように深い溜め息が吐かれ、顔はわかりづらいなりにいつもよりさらに険しいように思える。
本当に他人というのは勝手極まりない。
軽々しく誰かを判断し、その態度でこちらがどう考えるかなどは考えもしないのだ。
そんなものは前からわかっていたし気にかける事も止めていたが昨日の半兵衛の台詞を思い出してはそんな事を考えた。
全く、煩わしい。
荒む心は捩じ伏せたまま御用部屋に帰りさらさらと書類を消化していると、すら、と背後で襖が開く音がした。
「官兵衛殿?」
「・・・」
半兵衛だった。
今更何の用かは知らないが、現在の苛立ちの根本と向き合う気にはなれず筆を動かし続ける。
「酷いなあ、無視?」
「・・・」
「こっち向いてよ官兵衛殿」
「・・今は卿と話す気になれん」
「・・・」
半兵衛の、んーと考え込むような声が聞こえてしばらく沈黙。
「もしかして昨日の、そんなにこたえた?」
「・・・」
「ねぇ官兵衛殿って昨日が何の日だったか知ってる?」
襖を静かに閉め、中に入ってくると横に正座してこちらの顔を覗いてきた。
「そんなことはどうでも良い」
「どうでも良くないんだなあそれが」
「どういう意味だ」
「4月1日、エイプリルフール」
身近にいる誰かを騙す日。
と半兵衛は付け足す。
言われた官兵衛はぽかんとして半兵衛を見た。
「昨日の俺の態度とかこの部屋の前で話してたこととか全部、嘘」
「・・馬鹿な」
「こんなに綺麗に騙されてくれるなんて、これだから官兵衛殿といるのは飽きないよ」
「・・・はぁ」
上機嫌な半兵衛を横目に今日何度目かの溜め息をつき、どうやら昨日の事は全て杞憂に終わったようだと思った。
「だいたい俺が官兵衛殿から興味無くすなんてないない!だからもうこのパターンは引っ掛からないでねー」
「肝に命じておこう・・」
「あっそうだ今度お花見しようね。ホラ、ここから見える桜遅咲きなんだ」
そう言って半兵衛が指差した縁側から見える枝桜が、策に嵌められた軍師を笑っているように少し見えた。
おわり!
エイプリルフール両兵衛でした