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巧言



舌先三寸である事に気付かない馬鹿が、世の中には思っていた以上に多いようだ。そして目の前の女もまた、いずれの者共に違わず馬鹿だった。それだけの事である。頭の中でそう完結した事ではあるが、どうだろう。私はこの馬鹿を惑わす事が好きらしい。

「お前は本当に馬鹿だなあ」

口癖のように吐き捨てられる言葉を、女はたいそう大事そうに受け止める。それは笑むその表情もさることながら、返す言葉の端々からも感じられた。

「そっちこそ、同じ馬鹿でしょ。ねえ」
「ならお前は馬鹿なうえに可愛い、とでも付けたしておくか」

馬鹿な女は騙される。本音も本心もない言葉に。馬鹿め、と見下す心を知らない。

「可愛いのはそっちでしょ、ふふ」

女は、馬鹿の癖に知っていた。自分が馬鹿であるうちは、私が安心していられる事を。馬鹿女を騙す安堵を、知っていた。見下す悦ではなく、それ以上に愚かな心根を正しく読みとっていた。

「ああ、お前が馬鹿でほんとうによかった」

愛着


隣を当然の立ち位置とする「これ」。常日頃とまではいかないにしろーー寧ろ物理的要素などなくーー私の傍に在る。そう感じる。
許可も受諾も必要としない。私に対するおびえもない。なんだ、「これ」は。不可解な生き物だった。およそ人を相手取っている気がしない。
それでも、成り立ったものを今更突き崩す気にもなれないでいる。挙動を眺めているとこう、背筋が寒いような、腸が腹に収まり切らないような、兎に角落ち着かない。

触れたい、撫でたい、こういうのを何だと言ったか。

屍に冠



永劫、とは何だろうか。
徳川の亡骸を持ち帰った三成はこれ迄の凶刃が成りを納めた。以来、正しく在るべき姿で太閤が為と働き続けている。ーー無論、正しくとは生来の三成らしく、という意味である。寝食を疎かにするのも太閤への心酔も変わりはない。
三成が徳川を討ち取った場に居たものが言うに、その亡骸を抱いて永劫私の友であり続けろと噛み締めるが如くいったらしい。
永劫の友、とはなんだ。人は必ず死ぬ。如何に足掻こうともその流れをさかしまに征くことなど出来ぬ。ーー吉継は如何なる神仏も信じていない。死した後の世も己が終われば終わると考えている。この魂が使い回される等という戯けた信心もない。だが三成は、三成の言う永劫とは死せる後も続くものだ。等しく終わるものに逆らうものだ。
ここまで思慮して、一息つく。腹の底が騒いで仕方がない。萎びた身体が魂の震えに軋んでいる。
思えば、あれが誰かを友と公言するのは初めてではないだろうか。死ぬことは許さないだの私を裏切るなだの、それは単に吉継が豊臣の臣であるが故だろう。刑部と呼ばうのが何よりの証。賜りし役職を誇れと、そして吉継が刑部以外に成り得ないのだと。よく言えば代わりが居ないと取れるが、あれの場合はそうではない。刑部であるという事にのみ意味があるのだ。如何に傍に居たとして、刑部と言う枠からは出られない。

「下らぬ」

思考を綴じるように吐き捨てる。だからなんだという。臣下も出来、人らしく友を得て不幸から遠ざかった。それだけの事。それ惜しさ故に落ち着かぬ、それだけだ。
死せれば等しく土塊に還るのだ。その無為な有様はさぞや笑い種になろうもの。なにを、思うものがあるか。

タイトルなし



指先の陽炎に皮膚を焼かれた。爛れ腐って分厚い瘡蓋が出来た。

目先の花に目を取られた。零れ落ちた眼球が地面に落ちて潰えた。

爪先の石塊に足を取られた。投げ出された足はへし折れて動かない。

舌先の濁音に喉が潰れた。唇が張り付いてもう吐き出せない。


不具。正しく不具。芥より下にある土塊。土塊の下にある滲んだ泥。泥の下にあるいつかの肢体。

どこへ行く。心をおいて、五感全てが墓の中。

だが、死ねぬ。だが、ゆけぬ。
心の在処は此処にあった。





タイトルなし


慈しみたい、虐げたい。
愛でたい、憎らしい。

比翼の番いが如く感情。

何者よりやさしくしたいのに、何者より惨めでどん底まで落ちればいいのにと思う。抱きしめたいけれど叶わないなら殺してしまう。

だから只管に耐えて耐えて、ただえもしれぬ感情に振り回される。

いつだか誰かが言った言葉がある。例えばこれがその言葉通りだったとして、だから、何だと言うのか。名前がついた所で変わりなし。そもそもそれは免罪符でもなければ救いでもない。寧ろ、無間地獄の始まりだ。

わたしはそれを手にいれてしまえばいつか必ずあの子を殺してしまうだろう。心身共に手にいれてしまわねば気が済まない。

強欲の成れの果てだ。
ただの、





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