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屍に冠



永劫、とは何だろうか。
徳川の亡骸を持ち帰った三成はこれ迄の凶刃が成りを納めた。以来、正しく在るべき姿で太閤が為と働き続けている。ーー無論、正しくとは生来の三成らしく、という意味である。寝食を疎かにするのも太閤への心酔も変わりはない。
三成が徳川を討ち取った場に居たものが言うに、その亡骸を抱いて永劫私の友であり続けろと噛み締めるが如くいったらしい。
永劫の友、とはなんだ。人は必ず死ぬ。如何に足掻こうともその流れをさかしまに征くことなど出来ぬ。ーー吉継は如何なる神仏も信じていない。死した後の世も己が終われば終わると考えている。この魂が使い回される等という戯けた信心もない。だが三成は、三成の言う永劫とは死せる後も続くものだ。等しく終わるものに逆らうものだ。
ここまで思慮して、一息つく。腹の底が騒いで仕方がない。萎びた身体が魂の震えに軋んでいる。
思えば、あれが誰かを友と公言するのは初めてではないだろうか。死ぬことは許さないだの私を裏切るなだの、それは単に吉継が豊臣の臣であるが故だろう。刑部と呼ばうのが何よりの証。賜りし役職を誇れと、そして吉継が刑部以外に成り得ないのだと。よく言えば代わりが居ないと取れるが、あれの場合はそうではない。刑部であるという事にのみ意味があるのだ。如何に傍に居たとして、刑部と言う枠からは出られない。

「下らぬ」

思考を綴じるように吐き捨てる。だからなんだという。臣下も出来、人らしく友を得て不幸から遠ざかった。それだけの事。それ惜しさ故に落ち着かぬ、それだけだ。
死せれば等しく土塊に還るのだ。その無為な有様はさぞや笑い種になろうもの。なにを、思うものがあるか。

タイトルなし



指先の陽炎に皮膚を焼かれた。爛れ腐って分厚い瘡蓋が出来た。

目先の花に目を取られた。零れ落ちた眼球が地面に落ちて潰えた。

爪先の石塊に足を取られた。投げ出された足はへし折れて動かない。

舌先の濁音に喉が潰れた。唇が張り付いてもう吐き出せない。


不具。正しく不具。芥より下にある土塊。土塊の下にある滲んだ泥。泥の下にあるいつかの肢体。

どこへ行く。心をおいて、五感全てが墓の中。

だが、死ねぬ。だが、ゆけぬ。
心の在処は此処にあった。





タイトルなし


雪、雪が降っていた。耳に痛いほどの静寂を掻き分けて、落ちてくる。降り積もる度に何かを忘れてしまうような雪が、年中降っている。

「私の武器はなんだ」

それは鋭く尖ってよく切れるもの、だった気がする。

「私の防具はどこだ」

それは常に身に纏い食いかかってくる刃を悉く退ける鋼、だった気がする。

「私の目指すものは」

力強く如何な刃も鏃も鉛玉さえ効かぬ輝かしいかた、だった気がする。

「私の欲するものは」

あの方とは違う屈託のない輝きを持ち得る唯一無二の、なんだったか。

「私の、還る場所は」

雪に埋もれて前後不覚に陥って、手足が凍えて動かない。浅く息をするのが精一杯。無音かつ無視。目は開いているのに何も目に入らない。為すべき事があったはずだ、吐くべき言葉があったはずだ。何だったか。

頭の中に雪が降っていて、すべてが埋もれていく。忘れてはならない、絶対にそれだけは。だが、握りしめているそれが何かも最早分からない。

喪うということは、その事実さえ無くなってしまうということ。多くの人間がそれに気付けず、愚かにも嘆き悲しむ。忘却は確かに救いではあるが、途方もないほどの白で埋め尽くされる。のたうつことすら出来ない。

それに抗ってでも、これを私は持っていかなければならない。何処にか、何にか、わからない。ただ、雪が融けた時に遺せるようにと。


「ああいやだわたしは忘れたくない」




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