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台風

怖かったぁ…
すごい風でしたね。皆さんのところは大丈夫でしたでしょうか?
被害が大きくないことを祈ってます。

エヴァ旧劇の続きpart4/40

 作業が一段落ついたのは、すでに陽もとっぷりと暮れた頃だった。
 家に帰るケンスケを送り出してしまうと、室内にはシンジ、レイ、アスカの3人だけが残る。
「今日はミサトは?」
「あ、うん、仕事で遅くなるそうだよ。いろいろ後始末が大変らしいから」
「ふーん」
 アスカはミサトの仕事に関しては興味がなさそうだ。
「じゃ、あたしたちだけで先にご飯、食べちゃうんでしょ」
「うん、そのつもりだけど・・・・今日は買い物に行けなかったから、材料があんまりないんだよね。何にしようか・・・・」
 シンジは台所に向かいながら、夕飯をなににするか考えている。
「引っ越して最初の夜ご飯なんだから、とびっきりおいしいの作ってよね、シンジ!」
「そんなこといわれたって、材料がなきゃいくら僕でも作れないって」
「そこを何とかするのが無敵のシンジ様なんじゃない」
「僕の一番の敵はアスカの胃袋のような気が・・・・」
「なんですってぇ!」
 ぽそっとつぶやいたシンジのセリフを、アスカは聞き逃さなかった。
「そのセリフの意味、じっくりと聞かせてもらおうじゃないの」
「あ、えと、そのそれは・・・・」
 聞かれると思っていなかった発言だけに、てきめんにシンジはうろたえる。
「あ、そそうだ、僕ペンペンに餌をやってこないと・・・・」
 もっともらしい理由を見つけてシンジはコソコソと逃げ出そうとしたのだが、
「・・・・それ、わたしにやらせてくれない?」
 横からレイが、唐突にそう言い出した。
「あ、綾波が?」
 予想外のことに、シンジは面食らっている。
「ええ・・・・。だめ・・・・かしら?」
「いや、だめって訳じゃないけど、ペンペンの餌って、綾波の嫌いな魚なんだ・・・・」
「うん・・・・それはわかってる・・・・」
「じゃあ、どうして・・・・?」
「・・・・・うまく、表現はできないわ。でも、わたしはいろんなことをやってみたいから・・・・今までやったことのないこと、自分ではできないと思っていること、そういうものを、今はやってみたいと思っているから・・・・」
 ・・・・外の世界に興味を持ったんだろうか。シンジはレイの言葉を聞いてそう考えた。今まで何に対しても無関心だった彼女が、今は積極的に外に目を向けようとし始めている。
 何が、彼女をそうさせているのだろう。
 シンジは不思議に思ったが、レイのそんな姿勢を否定する理由は何もない。
「・・・・じゃあ、綾波にお願いするよ。ペンペンの魚は、あっちの部屋の冷蔵庫の下に入っているからさ」
「わかったわ・・・・」
「そっれじゃああ、アタシとシンジはさっきの発言についてふかーく語り合うとしましょうか。さあシンジ、じっくりと説明してもらおうじゃない」
「ぐ・・・・・」
 シンジは逃げ場を失ったことに気づいたが、すでに遅い。アスカに腕をつかまれ、有無をいわさずリビングの方へ引きずっていかれる。
 そんな様子を横目で見ながら、レイは扉を開けて隣の部屋へと向かっていった。
  
「クエーッ、クエーッ」
 レイが扉を開けると、廊下の奥からペンペンの声が聞こえてきた。
 とたとたという音とともに駆け寄ってきたペンペンは、レイの周りをくるくると回っている。
「・・・・わたしを、怖がらないの・・・・」
 ミサトのマンションに何度か来たことはあったが、レイはペンペンに近づこうとしなかったし、ペンペンの方でもわざわざ彼女に近寄ろうとはしなかった。それが、である。
「わたしを、家族として認めてくれている・・・・それとも、餌をくれる相手ならだれでもいいのかしら・・・・」
 そんなことを考えながら、レイは冷蔵庫の扉を開けた。
 一番下の段に、小魚の入った皿がある。それを取り出し、扉を閉める。
「・・・・・・」
 おそるおそる、魚に手がふれないようにかけられているラップをはずし、テーブルの上に皿を置く。ペンペンは器用に椅子の上に立っており、レイが皿を置くかどうかのうちにさっと食いついていた。
「ふう・・・・」
 安堵のため息。同時に、ふっと頭の中を考えがよぎる。
「・・・・どうしてみんな、肉や魚なんか、食べるの・・・・」
「みんな、自分が生きていくためによ」
 レイはその声に、はっと振り向いた。いつの間にかそこには、ミサトの姿があった。
「葛城三佐・・・・いえ、ミサト・・・・さん・・・・」
「私たち人間もペンペンも、誰だって生きるためには何かを食べなければいけない。いいえ、食べるだけじゃない。生き残っていくためには、他の命を奪わなければいけない時があるのよ。そんな行為の一つが、肉や魚を食べるということね」
「・・・・でも、それは、他の命を奪うという行為・・・・それは罪深いこと・・・・」
「レイ、いい? この世に、罪にまみれていない人間なんていないのよ」
 ミサトは、ずいっとレイに詰め寄って見せた。
「・・・・なんかはじめの話からすこしずれてるわね。まあいいわ。いい、このことだけは覚えておいて」
「・・・・・・」 
「人は住む場所を作るために森を切り開く。火を使うために木を切り倒す。外敵に襲われればそれから身を守るために戦い、そして栄養をとるために肉や野菜を食べる。人の営みは、ほとんどが他の命の犠牲の上になり立っている。むろん、植物にも命があるのだから当然よね」
「ええ・・・・」
「その、他の命を奪うという行為がいいことであるわけがない。自分たちが生きていくためとはいえ、それを正当化できるわけではないわ」
「・・・・・・」
「でも、それでも私たちは生きていかなくちゃいけない。生きていこうとするためには、他の命を奪うという行為をしていかなければいけない。もちろん、他の命を奪う以外にも多くの罪を犯していかなければならない。それも、わかるわね」
「・・・・はい、わかります」
「だとしたら、私たちは自分の人生が、数え切れないほどの他の犠牲の上に成り立っているという事実を認識し、そのうえで彼らの分まで精一杯生きていく・・・・。それが、罪にまみれた私たちのすべきことなんじゃ、ないかしらね」
「・・・・人が、生きていくということ・・・・わたしも、そうなの・・・・」
「べつにレイ、あなたに肉や魚を食べろ、という訳じゃないのよ。わたしが言いたいことは、肉や魚を食べるという行為だけでなく、人の営みというものの話をしているだけなんだから。だからレイ。その、支離滅裂な結論かもしれないけど、あなたも自分の時間を、精一杯生きなさい、と。わたしは、そういいたいのよ・・・・」
 ミサトの最後の声は、レイを気遣ってかちいさなものになっていた。しかしレイには、それは何よりの励ましの言葉に聞こえた。
「はい・・・・ミサトさん・・・・わたしは、自分の時間を、精一杯、生きていくつもりです・・・・たとえ、残りわずかだとしても・・・・」
「・・・・そう、わかってくれればうれしいわ」
 レイのセリフに、ミサトはにっこりとほほえみ返した。
「・・・・さて、ちょっち忘れ物を取りに来ただけだから、あたしはまた仕事に戻るわ。シンジ君たちには、先に寝ちゃっといて、って言っておいてくれないかしら」
「はい、わかりました」
「それじゃ、いろんな意味でがんばんなさいよ!」
 レイの肩をぽんとたたくと、ミサトはばたばたと廊下を走っていった。
「人が、生きていくということ・・・・罪にまみれた人間・・・・」
 レイは、一人になって改めて先ほどのミサトの言葉を反芻してみた。
 生きていくために、他の命を奪わねばならない。
 自分は、いったいどれだけの命を奪ってきただろうか。どれだけの犠牲の上に、今の生活を築き上げているのだろうか。
 使徒を倒した。人類を守るというために、彼らの命を奪った。
 食事・・・肉でないとはいえ、野菜を食べた。人間が食べるために育てたとはいえ、それも命の一つではある。わたしは、それを食べていた。
 最後の戦い・・・・あの中で、多くの人の命を奪った。エヴァを失った代わりに巨大な力を手に入れ、この手で多くの人を殺した。自分の手は、血にまみれている。罪の汚れは、おそらく誰よりも多いだろう。
 それだけの犠牲の上に、今までわたしは何を築いてきただろう。
 レイは、考える。 
 今までは、碇司令の言うがままに生きてきた。自分の意志を持たず、あの人の人形として、ただ命じられるままに任務をこなしてきた。
 ・・・・それは、犠牲者の上に築くべき人生なのだろうか。
「・・・・違うわ」
 はっきりと否定する。
 それは、自分の意志で決めた人生じゃない。そんな生き方は、自分が奪ってきた多くのものの上に積むべきものではない。
「だから・・・・わたしはこれからの時間を精一杯生きるわ・・・・」
 自分が納得できるように。今まで、自分の行ってきた行為と釣り合うだけの結果を積み上げるために。
「そう・・・・わたしは、生きていくわ・・・・」
  

エヴァ旧劇の続きpart3/40

「おはよーさん、シンジ」
「おはよう、トウジ、ケンスケ」
 シンジたちが教室にはいると、いつものようにケンスケとトウジが近寄ってきた。最後の戦いの後、疎開命令が解除されて、クラスの仲間たちも戻ってきているのだ。ただ・・・・。
「・・・・洞木さん、まだ入院してるの、トウジ」
「ああ。来週当たり、退院できるらしいがの。今週はまだ、大事をとるそうや」
 委員長・ヒカリは、最後の戦いの中で負傷し、入院していた。再就役した参号機に乗って戦うトウジを追って第三新東京市に戻り、そこで戦闘に巻き込まれたのだ。責任を感じたトウジが毎日のように見舞いに行っており、経過も逐一聞いているが、やはり仲間の一人がいないのは、どこかシンジにはこたえるようだ。それはみんなも同様だったらしく、
「明日辺り、みんなでお見舞いに行こうか。日曜日だしさ」
「そうね。ヒカリがいないって言うのもなんか寂しいし」
 シンジの提案に、アスカは一も二もなくうなずいた。
「・・・・今日じゃ、ダメなのか?」
 ケンスケが、あいかわらずカメラを回しながら話に割り込んでくる。レンズの先は現在アスカに向けられているが、もう慣れっこになっているアスカは気にもとめない。もっとも、裏で撮影料を取っているから、という話もあるが・・・。
「明日は、新横須賀に顔を出そうと思ってるんだけど・・・・」
「あ、そうそう。そのことで、今日はちょっとトウジとケンスケに頼みがあるんだ」
 シンジが、思い出したようにぽん、と手を叩いた。
「実は・・・・今度、綾波のマンションが取り壊されることになったらしくて、ミサトさんが綾波のこと、引き取ることになったんだ」
「な、なんやてぇ?」「ホントか、それは!」
 シンジの爆弾発言を聞いて、二人は文字通り素っ頓狂な声をあげた。教室中がその声に振り向き、あわててシンジは二人の口をふさぐ。
「そ、そんなに大きな声で言わなくても!」
「むぐむがぁ・・・・ホントなのか、綾波」
 ケンスケが、信じられない、といった表情でレイを見る。レイはシンジの言葉を肯定するように、こっくりとうなずきかえした。
「むぐむぐ・・・しかし、そらえらいこっちゃな。センセは女三人と同居か。バラ色の生活やなぁ」
「いや、さすがに四人はちょっと狭いんで、空いてる隣りに引っ越すことにしたんだ」
「・・・・引っ越すって、まさかシンジ・・・・」
「ん? 僕とアスカと綾波だけど」
「なにぃ!!」「ホンマかぁっ!!」
 再び、トウジたちの声が教室中を満たした。いい加減、迷惑そうな視線を向けてくるクラスメイト。シンジはまたもあわてて、二人の口をふさぐ。
「アンタたち、シンジの話を変な意味に誤解してない? 別に同棲、ってわけじゃないのよ。そんなつもりもないし、ファース・・・レイの部屋が必要だから、便宜上部屋を移るのよ」
 二人が驚いた理由をだいたい察し、アスカが誤解のないよう説明する。
「言ってみれば、家族の離れ部屋、みたいなもんよ」
「そ、そうそう。そうなんだ。だから二人に、ちょっと引っ越しを手伝ってもらいたいんだ。今、それを頼もうと思っていたに、みんなで茶々を入れるから・・・・」
「・・・・すまんなぁ、シンジ。ワシは今日もいいんちょーの所へ行かなあかんのや」
「そう・・・じゃあ、しょうがないよね」
 シンジは、トウジがヒカリにどれだけすまないと思っているか・・・・自分のせいで、彼女が怪我をしてしまったことについてどれほど罪悪感を感じているかを知っているので、それ以上強いようとはしなかった。
「じゃあ、ケンスケは?」
「ああ、そう言うことなら、おっけーだ。新横須賀は、また次の機会にでも行くさ」
 ケンスケは、シンジに向かって指で丸の字を作ってみせる。
「ありがとう、ケンスケ。じゃあ、綾波もアスカも、放課後にここで待ち合わせしよう。今日は当番の人、いないよね」
「・・・・わたしは、大丈夫・・・・」
 シンジの傍らで会話をずっと聞いていたレイが、ぽそり、と声を発した。
「わたしもよ。ああ、言っとくけど、重い荷物はアンタたち男が運ぶんだからね!」
 こちらはあいかわらず元気なアスカ。声と共にびしっ、と指をつきだし、ケンスケ、シンジを指さす。
「「げえっ・・・・」」
「当たり前でしょう! か弱い女の子に重い荷物を運ばせる気なの?」
「か弱いって・・・・どこがさ・・・・」
「なんですってぇ?」
「あ、いやいや、なんでもないなんでもない」
「力仕事は男の仕事よ!」
 もごもごと口内で呟くシンジの声を封じ込めておいて、
(・・・・それに、レイには負担かけさせられないから・・・・)
 内心で、アスカはそう呟いた。
「はぁああ、簡単に行くなんて言わなきゃよかったかなぁ・・・・」
「ケンスケ、なんか言った?」
「あ、いえいえ」
 にらみ付けるアスカに、ケンスケはあわてて瞳をそらした。しかし、カメラはしっかりと構えている。シンジを含め全員が、その根性に驚きとあきれを感じていた。
 ・・・・ただ一人、そんなケンスケの様子をじっと見つめるレイをのぞいて。
   
「さぁて、始めよう」
 ミサトのマンションの中、リビングルームで、ケンスケはそう言って大きくのびをした。
 つつがなく授業も終わり、ヒカリの病院に行くトウジと別れて、シンジたち四人はマンションに戻ってきた。制服を汚さないよう軍手やらエプロンやらをつけて、準備を終えた頃には時計の針は2時を回っていた。
「日がくれるまでにはとりあえずかたをつけちゃおうとおもっているから・・・・悪いねケンスケ。こんなこと頼んじゃって」
「いやいや。大手を振ってミサトさんのマンションに入れるなんて、滅多にないことだからさ。さ、何から始めようか・・・・」
 意外なことに、引っ越しの指揮を取っているのはケンスケだった。それぞれが持っていく荷物を割り振り、てきぱきと進めていく。
「綾波の荷物は少ないから、まず初めに持っていってしまおう」
「惣流、早いところ荷物をまとめとけよ。引っ越しだっていうのに全然まとめてないなんてなあ」
「シンジ、その段ボールは後だって。まず大きな家具を移しちゃわないと」
 といった具合にである。こういった引っ越しの経験があまりないシンジ、ここに来たときは業者にまかせていたのでまったく分からないアスカ、そもそも引っ越しなどしたことのない綾波などは、その指示に従って動くのみ。いつもなら誰かに従うことの嫌いなアスカも、自分の荷物の整理に忙殺されてそれどころではないらしく、ケンスケのいわれるままである。
「ケンスケって・・・・こんな一面があったんだね」
 大きな段ボールを二人で運びながら、シンジはアスカにそう言った。
「・・・・まあ、人間誰でも一つくらいはいい面があるもんよ。あれで何もできなきゃ、ただの軍事おたくだからね」
「ははは・・・・」
 シンジは、アスカのそんな反応に苦笑いを浮かべるだけだった。
 一方、レイは。
 元々荷物が少なかったこともあり、彼女自身の荷物はすでに隣の部屋に移し終わっていた。そのため、ケンスケの指示でレイはシンジの部屋で、彼の荷物の軽いものを運んでいた。こまごまとしたもののはいった段ボールを手に持って立ち上がったところで、棚の奥の方に置かれていたそれに気づく。
 それは、シンジのいつも使っていたウォークマンだった。黒光りするそれの上には薄く埃がかぶっており、最近使われた形跡はないようだ。
「・・・・・?」
 レイは、不思議に思った。いつもいつも、ネルフで一人の時はイヤホンを耳に当てていたシンジの姿が印象的だっただけに、それが使われていないことが、彼女にとっては意外だった。
 ウォークマンを手に取ってみる。中には、一枚のディスクが入っている。イヤホンを耳に当てて、スイッチらしき物を押してみた。
 ・・・・・・・。
 しばしの空音の後、荘厳なクラシック音楽がイヤホンを通して聞こえてきた。音楽を聞くということがないレイにとってそれは初めて聞く曲だったが、どこか懐かしく、そして悲しげなものだった。
「・・・・なに・・・・この感じは・・・・」
「あ・・・・」
 イヤホンの外から聞こえてきた声に、考え込んでいたレイは振り返った。
 シンジが、部屋の入り口に立ちすくんでいた。心なし、その顔色が悪い。
「あ・・・・碇くん・・・・」
「綾波・・・・それ・・・・」
「・・・・ごめんなさい、勝手に使っちゃって・・・・」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ・・・・」
 シンジは、何かにおびえるように首を振った。レイにとってそれは、始めてみるシンジの姿だった。
「碇くん、この曲・・・・何なの? ・・・・わたしにとって、どこか懐かしい・・・・それでいて、悲しいもの・・・・」
「・・・・・・・・」
 レイの質問に、シンジはこたえなかった。うつむき、沈黙したままだ。
「・・・・ごめんなさい、聞いちゃいけないことなのね」
「いや・・・・綾波、いいんだ。聞いちゃいけないわけじゃない。ただ、僕の心の整理がついてないだけで・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・そう。綾波には、聞いておいてもらった方がいいんだ。これは」
 そう言って、シンジはベッドの上に腰をおろした。そしてしばし逡巡した後、小さく呟く。
「カヲル君・・・・」
 その名前は、レイにとっても聞き逃すことのできないものだった。
「フィフスチルドレン・・・・最後の使徒・・・・」
「そう。その曲は、カヲル君と初めてあったとき、彼が口ずさんでいたものなんだ」
「・・・・・・」
「前にもその曲は聞いたことがあったけど、カヲル君と会ってから、僕はその曲を聞いてみたいと無性に思うようになった。理由は・・・・うまく言えないけど、その曲を聞いていると、カヲル君が側に、いてくれるような気がしたからかな・・・・」
「彼が、側に・・・・?」
「あのころの僕には、誰もいなかったから。ミサトさんも、アスカも、綾波も・・・・。そう、あのころの僕には、カヲル君だけが心許せる人だったから・・・・」
「そう・・・・そうね・・・・」
 セントラルドグマで、そのころに魂のない自分の姿を見たと聞かされていたレイにとって、シンジの考えは当然のように思えた。今でこそシンジは彼女と普通に接しているが、そこに至るまでの心の整理をつけるには、長い時間が必要だったからだ。
「それなのに、僕は、僕はその、そのカヲル君を・・・・手にかけてしまった・・・・」
 シンジは、両手で顔を覆ってうつむいてしまった。感情の高ぶりを抑えきれず、その肩が小刻みに震えている。
「だから僕は、もうその曲を聞くことはできないんだ・・・・カヲル君のことを、いまは思い出すのもつらいから・・・・」
「碇くん・・・・」
「・・・・いつかは、心の整理をつけなきゃいけない。カヲル君のことを忘れちゃいけないのも、わかっている。それでも、それでも今だけは・・・・もう少し、自分が強くなるまでは・・・・」
「・・・・・・」
 沈黙。室内には、何の音も聞こえない。シンジも、レイも、しばしの間黙ったままだった。
「・・・・その、綾波は、カヲル君とどこか似ているから・・・・この話を、聞いてもらいたかったんだ。だから、話したんだ・・・・」
「・・・・ありがとう・・・・」
「え?」
 レイのその言葉に、シンジはうつむいたままの顔をあげた。意外、という感情が、その顔には表れている。
「碇くんが、自分の心をわたしにみせてくれたから・・・・それは、わたしを一人の人間として見てくれていると、思ったから・・・・だから、ありがとうって・・・・」
「あ・・・・だって、そんなこと、当然じゃないか・・・・綾波は、綾波だよ・・・・」
 シンジは、レイの反応に混乱しているのかいまいち的外れな言葉を返すが、レイにとってその言葉は、またうれしいものだった。
「うん・・・・ありがとう、碇くん・・・・その言葉、うれしい・・・・」
「・・・・綾波・・・・頼みたいことがあるんだけど、いいかな・・・・」
「・・・・?」
「このウォークマンとディスクを、預かって欲しいんだ。綾波に」
「わ。わたしに・・・・?」
「そう。綾波に。僕がいつかそれを聞ける日が来るまでの間。綾波に、これはお願いしたいんだ。カヲル君の話をしたのは綾波にだけだし、それに・・・・」
「それ、に?」
「うん。その、これは、何ていったらいいんだろうか、ええと、綾波に、持っていてもらいたいから・・・・僕の、過去を・・・・」
「・・・・・・」
 レイは、無言のままだった。手渡されたウォークマンをぎゅっと握りしめて、それを見下ろしたまま、黙り込んでいた。
「・・・・だめかな・・・・」
「ううん、そんなことない!!」
 自分でも驚くほどの声で、レイはシンジの台詞を否定した。

エヴァ旧劇の続きpart2/40

 目をさますと、いつもとは違う天井があった。
 マンションの見慣れたコンクリートでもなく、病院の白い天井でもなく。
「ここは・・・・」
 しばし考えて、レイは昨夜からの出来事を思い出した。
 昨日、レイはミサトのマンションに移ってきた。シンジやアスカを交えて引っ越しパーティを開き、とりあえずとなりの部屋に移る前の昨晩は、アスカの部屋で休むことになったのだ。見慣れぬ天井は、アスカの部屋のものだった。
「・・・・・・」
 起きあがり、ゆっくりと部屋を見回す。こざっぱりとしているが、カーテンやクッションなどを見ると、やはり女の子らしい部屋だ。自分の、あの何もない無機質な部屋とは違う。
「これが、本当の女の子の部屋なの・・・・」
 その部屋の主は、床で規則正しい寝息をたてていた。
「アンタねぇ、病人を床で寝かせられる分けないでしょ!」
 アスカはそういって、無理やりレイをベッドに寝かせたのだ。ぶっきらぼうだったが、彼女らしいやり方だといえた。
 トン、トン、トン・・・・。
 台所の方から、包丁を刻む規則正しい音が聞こえてきた。
 ベッドを降りると、レイはアスカを起こさないように注意しながら部屋を出た。
   
「あ、綾波。おはよう」
 シンジが、学生服にエプロンをつけて台所で料理を作っていた。
「よく眠れた?」
「うん・・・・」
「そう、よかった。朝御飯、今作ってるから、もうちょっと待ってね」
 くつくつと味噌汁が音をたてている。ほうれん草のお浸しや大根の煮付けなど、和食中心のメニューが並んでいる。肉を食べられないレイに配慮してだろうか。焼き魚などの料理はない。
「碇くん・・・・わたし、なにか、手伝うわ・・・・」
「あ、いいよ、綾波にそんなこと、させられないよ」
「ううん、いいの。おねがい・・・・」
 レイは、はっきりとそう言った。
「わたし、今までやったことないけど・・・・やってみたいから・・・・」
 シンジが、びっくりしたようにレイに尋ねた。
「綾波、ご飯とか作ったこと、ないの? 一人暮らしなのに」
「いつも、外で買ってくるから・・・・。碇くんが邪魔だって言うなら、いいけど・・・・」
「そ、そんなことないよ! じゃあ、今から練習してみればいいよ」
「うん。・・・・ありがとう・・・・」
 シンジは、傍らからエプロンを一枚取り出すと、それをレイに渡した。
「服汚すといけないから、これ、使っていいよ。僕のお古で悪いけど」
「碇くんが使っていたもの・・・・碇くん。これ、もらっても・・・・いい?」
 レイは、自分でも驚いていた。こんなに積極的に物を言う自分がいたことに、だ。
 シンジは、レイのそんな言葉に困惑していた。
「そんな、古い物だよそれ。いいの?」
「う、うん。だって、碇くんが使っていたものだから・・・・」
 最後の方はさすがに小さな声になってしまい、シンジには聞こえなかった。シンジは不思議そうな顔をしたが、
「じゃあ、それはとりあえず綾波にあげるよ。でも、今度新しいのを買いに行こうね」
「・・・・うん・・・・」
「じゃあ、とりあえず漬け物でも切ってくれる? 包丁とまな板はそこにあるから」
「わかったわ」
 レイは慣れない手つきでエプロンをつけると、シンジと並んで台所に立った。
 さく、さく、さく。
 不器用ながらも、一つ一つ、丁寧にレイは包丁でたくわんを刻んでいく。
「・・・・こんなもので、いい?」
「あ、うん、ありがとう、綾波」
 にこり、とシンジはほほえんだ。その顔を見て、レイは我知らず頬を赤らめてしまう。
「・・・・ん、どうしたの、綾波」
「う、ううん。何でも、ないの・・・・」
「ふうん、へんな綾波だね」
 シンジはにこりと笑うと、また鍋をかき回す方に意識を向けた。
 レイは、そんなシンジの横顔をじっと見つめていたのだった。
    
 目をさますと、ベッドに眠っていたはずのレイの姿がなかった。
「あれ・・・・」
 アスカは、怪訝そうな表情で辺りを見回す。ベッドの上には、昨夜レイに貸したパジャマがきちんとたたまれて置かれている。そして、入り口の扉がかすかに開いていた。
「・・・・・・」
 寝ぼけ眼をこすりながら扉を開ける。部屋の向こうから、朝食のいい匂いと共にシンジとレイが会話する声が聞こえてきた。
「そうそう、そこでフライパンをくるっと返して・・・・うまいじゃないか、綾波」
「ありがとう・・・碇くん」
「じゃ、それを皿に開けて、と・・・・あ、アスカ、おはよう」
 アスカの気配に気づいたシンジが、振り返ってアスカに挨拶する。そんなシンジの傍らにレイの姿があることに気づくと、アスカはとっさにどんな表情をしていいか分からなかった。
「綾波が、朝御飯を作るのを手伝ってくれるって言ってくれたんだ」
「ふう、ん・・・・」
「初めてにしてはなかなか上手なんだ。これから練習すれば、どんどんうまくなるって」
「あ・・・・」
 レイとアスカは、シンジのその言葉にとっさにどう答えていいか分からなかった。もっと練習すれば・・・・その時間が、レイにはもう少ないことを、シンジは知らないのだ。
「・・・・シ、シンジ! ア、アタシも、明日から、朝御飯作るの手伝うわ!」
 アスカは、とっさにそんな言葉を発していた。言ってしまってから、自分でも何でそんなことを言ったのかびっくりする。その場を取り繕うためなのか、それともレイとシンジだけの時間があることに嫉妬を覚えたせいなのか。アスカ自身も、よく分からない。
「あ、でもアスカ。アスカだって、料理なんてやったことないんでしょ」
「だ、だからよ。ファーストにできてアタシにできないことがあるなんて、納得できないもの」
「でも、朝ご飯作るには、早く起きないと・・・・アスカ、大丈夫なの?」
「う、うるさいわね! その気になればアタシだって・・・・」
「碇くん・・・・この人にも、教えて・・・・あげて・・・・」
「え?」
「ファースト・・・・」
 黙っていたレイが横からそう言ってきたとき、アスカはびっくりした。彼女が助け船を出してくれるなど、予想もしなかったからだ。
「みんなで作った方が、いいと、思うの」
「・・・・・・」
「その方が・・・・楽しい、んじゃない、か・・・・」
 消え入りそうな小さな声。それが恥ずかしがっているということに、シンジとアスカは気づいた。
「あ、うん、じゃあ、綾波がそのほうがいいっていうなら、そうしよう。うん」
「シンジ・・・・」
「でも、ちゃんと起きてよ、アスカ。朝は忙しいんだから」
「わ、分かってるわよ! いちいちうるさいわね!」
「ははははっ!」
「・・・・碇くん・・・・お鍋、ふいてる・・・・」
「あ、あああっ」
 お味噌汁の鍋がふきかけていることに気づき、シンジはあわてて作業に戻っていった。
「ファースト、いいの? シンジと二人で、いたいんでしょ」
 鍋と格闘するシンジに聞こえないよう、小声でアスカはレイに話しかける。
「・・・・うん。でも、わたしは、あなたも含めてみんなと一緒に、いたいから・・・・」
「アンタ、優しいのね」
「優しい・・・・これが、優しいってこと・・・・」
「何よファースト。そんなことも知らないの? そんなことじゃ、シンジ、つかまえられないわよ」
「・・・・」
「もう、しょうがないわ。おいおい、アタシがアンタに教えてあげるからって・・・・ふう、ホントに、アタシはお人好しよね〜」
 ライバルを助けるようなことをするなんて。
 その言葉は、アスカの心の内にあって外には出なかった。
「・・・・ありがとう・・・・」
「ええい、そうそうお礼ばっかりいわないの、いいわね、ファースト!」
「・・・・レイで、いいわ・・・・」
「じゃあ、アタシのこともアスカって呼びなさい。あの人、なんて他人みたいに呼ばないで」
「・・・・わかったわ」
「ちょっと二人とも! 話なんかしてないで、こっち来て手伝ってよ!」
 シンジが、ガスコンロの前から二人を呼んだ。二人はその声に返事をすると、キッチンの中へと戻っていった。 
   
「あら、今日は豪勢な朝御飯ね」
 エビチュビールを片手に、ミサトは歓喜の声をあげた。
「はい、アスカたちが手伝ってくれたんで、結構こった物ができましたから」
 ごはんをよそいながら、シンジがそう答える。
「なになに? 両手に花で朝ご飯の支度? シンちゃんも隅におけないわねぇ」
「な、何なんですかそれは!」
「や〜ね〜、冗談に決まってるじゃない」
 顔を真っ赤にするシンジにぱたぱたと手を振りながら、ミサトは箸で卵焼きをつまんでぽい、と口に放り込んだ。
「あ、おいしいわね。もぐもぐ」
「それ・・・・わたしが作りました・・・・葛城三佐」
「ミサトって呼んで、レイ。家でまで、仕事先の呼び方はちょっち肩こっちゃうから」
「仕事ねぇ。ミサト、ちゃんと働いてるの」
 たくわんをつまみながら、アスカがそうつっこむ。
「結構忙しいのよ、これでも。あ、そうそう、今日も遅くなるから、引っ越し、三人でやっちゃって」
「三人で、ですか?」
「アタシたちだけでやれって言うの?」
「無理なら、トウジ君たちも呼んでいいからさ」
「・・・・逃げたわね、ミサト・・・・」
 ぽつり、とアスカがつぶやく。レイはそんな様子を見ながら、おかずを一口、食べた。それは、シンジの作ったものだった。
「・・・・おいしい・・・・」
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エヴァ旧劇の続きpart1

体の不調に気づいたのは、今朝のことだった。
 左腕が、時々思うように動かなくなる。
 右足に、しびれにも似た感覚が走る。
 内臓のどこかがキリキリと痛む。
 目が、時々かすむ。
 体が、熱っぽい。
 どこか、おかしい。クスリを飲んでも、不調は治らない。
 頭も、痛い。体のあちらこちらの痛みと違い、頭の痛みは、鈍い苦しみを伴っている。
「なに・・・・これは・・・・」
 少女は、つぶやいてみた。
 今まで、多くの怪我もした。瀕死の重傷も負った。そんなものとは違う何かが、確実に自分の体の中にある。彼女はそれを、はっきりと認識した。
「・・・・・・」
 無言のまま、鏡の前に立ってみる。そこには、いつもと変わらない自分の姿。
 水色のショートカットの髪、赤い、血の色をした瞳、雪のように白い肌を持った、綾波レイという名の少女。それが、鏡の中から自分を見返している。
「・・・・なんなの、これは・・・・」
 少女・・・・レイは、もう一度、そうつぶやいてみた。
  
「どういうことかね、赤木博士」
 副司令・冬月が、驚くような口調でそう述べた。
「どういうこと、といわれましても、以上の報告の通りですわ」
 白衣を身につけた金髪の女性が、冬月の問いにそう答える。平静を装ってはいるが、心なしか、態度のあちらこちらに動揺が見られる。
「しかし、そんな・・・・」
 冬月は狼狽の色をかくすことができず、視線を左右にさまよわせる。と、
「赤木博士」
 彼の脇に座り、両手を口の前で組んでいた男が、沈黙を破って声を発した。
「今一度、報告を聞こうか」
「・・・・はい」
 彼女・・・・赤木リツコは、手に持ったクリップボードに視線を落とすと、淡々とした口調でそこに書かれていたものを読み上げていった。
「ファーストチルドレン・綾波レイの体に、明らかな変化が見られます。嘔吐、腹痛、体の各所に痛み。そして、時折激しい頭痛が襲うとのこと。第三神経内科他の検査では際だった異常が見られませんでしたが、MAGIの見解は異なっています」
「それが・・・・」
「はい。彼女の体は、明らかに崩壊過程をたどっている、ということです。副司令」
「・・・・MAGIがそう判断した理由は」
 男の声が、リツコに続きを促す。彼女は再び、ボードの中身を読み上げていく。
「MAGIの判断の根拠は、まず人としての身にあまりに巨大な力を身につけてしまったたことがあげられます。われわれがエヴァを介してようやく操っていた力を、あの戦いに際して彼女は自らの体の内に取り込んでしまいました」
「しかし、レイのあの力は最後の戦いで失ったはずだ。今は彼女は、ただの人間でしかないだろう」
「副司令。地面に突き刺した杭を抜いても、穴が元通り塞がるわけではありませんわ。いや、力を失ってしまったからこそ、レイの体には空白が、補いようのない空白ができてしまったのです」
「・・・・・・」
「さらに、力を制御する過程で彼女が得た感情・・・・微々たるものですが、それも要素を悪い方向へと向けています。彼女の体は、そう言ったものを内包するようには作られてはいませんでしたから」
「・・・・システムを総動員して、新たなレイの体を生み出すわけにはいかないのか。今までそうしてきたように、彼女の魂を新たな肉体に移し替えれば・・・・」
「それも、不可能です。いえ、肉体を生み出すこと自体は可能ですが、魂の入れ替えは、もはや今のレイには耐えられません。今までの三度の肉体変換が、彼女の魂に微妙な変化をあたえてしまったようです。現在レイの魂を移し替えようとした場合、成功する可能性は・・・・」
「少しは、あるのだろう?」
「・・・・残念ながら、MAGIの試算はゼロ、でした」
「・・・・ぬう・・・・」
 冬月の重いのため息の後、室内には沈黙が満ちた。
 重い、苦しい空気が漂う。
「・・・・どうするのだ、碇」
 しばしの後、冬月は男の名を呼んだ。
「レイを・・・・我々は彼女を、どうすればいいのだ」
「・・・・赤木博士。一つ聞く」
 男、碇ゲンドウは、そういって眼鏡をわずかに指で押し上げた。
「レイの体・・・・もって、どれくらいだ?」
「MAGIによれば、今まで通りに動き回れるのは・・・・およそ、三〇日と」
「レイはこのことを?」
「うすうすは感じているようですが、まだ話してはいません」
「・・・・そうか」
 ゲンドウは、しばしの間瞑目した。そして・・・・
「冬月、すまんがレイを、呼んできてくれ」
    
「・・・・と、言うことだ。おまえに残された時間は、あまりに少ない」
 冬月とリツコを遠ざけた司令室の中で、ゲンドウは全てをレイに告げた。
「三〇日・・・・それが、おまえの全てだ」
「・・・・はい・・・・」
「私は、おまえを使徒との戦い、そして自分の計画のために生み出した。あの最後の戦いのために、おまえは存在していたと言ってもよかった」
「・・・・はい・・・・」
「しかし、今は違う。あの戦いの後も、おまえは綾波レイであり、様々な人との関わりを持っている。すでに、おまえは私の手の内にはない」
「・・・・はい・・・・」
「二つ、選択肢を用意した」
 ゲンドウはそう言って、眼鏡を押し上げた。レイは、その彼の手が少し震えているのに気づいた。
「一つは、第二東京市の遺伝子研究所に入院し、治療を受けることだ。現時点の可能性はゼロとはいえ、今後何らかの解決策が、見いだされるかもしれないからな」
「・・・・・・」
「もう一つは、今まで通りの生活を続けることだ。残された生活を悔いなくすごして、来るべき死を迎えること。その両方が、私の用意した選択肢だ」
「・・・・・・」
「どちらを、選ぶ?」
 沈黙。レイもゲンドウも、しばしの間何も話さない。部屋には、静寂の風が漂っている。
「・・・・碇司令は、どちらを、わたしに選んで欲しいのですか?」
 ややあって、レイがそう尋ねた。
「心情的には、おまえには今後も生きていて欲しい。自分たちが守った世界がどのように移り変わっていくのか、私にはおまえのその目で見て欲しいからだ」
「・・・・では、わたしに遺伝子研究所に入院しろ、と?」
「さきほどもいっただろう。これは命令ではないのだよ、レイ」
「・・・・・・」
「おまえの人生をこれ以上決める権利は、今の私にはない」
「・・・・わたしは・・・・」
 レイは、しばしの間考え込んだ。そんな彼女を、ゲンドウはじっと見つめている。
「・・・・わたしは・・・・今まで通りの生活を、望みます」
「・・・・・いいのだな、それで」
「はい。わたしのことを覚えてくれる人がいれば、わたしのことを愛してくれた人がこの世にいれば、わたしはこの世界に確かに存在したのだという証が残ります。遺伝子研究所のベッドで忘れ去られながら死を迎えるよりは、わたしはそちらを選びます」
「・・・・シンジ、か」
 さりげないゲンドウの一言に、レイはびくっ、と体を震わせた。
「・・・・分かりません・・・・」
「シンジのことが、好きなのか」
「・・・・分かりません。今のわたしには、まだ分かりません。でも・・・・」
「でも?」
「残された時間の中で、見つけてみたいと思います」
「・・・・わかった。では、そうするがいい」
 ゲンドウはうなずき、傍らの受話器を取る。
「冬月か、私だ。葛城三佐を司令室へ。それと、レイの住居変更手続きを・・・・そうだ。頼む」
 かちゃり、と受話器を置くかわいた音が室内に響いた。
「レイ・・・・これが、私のできる全てのことだ」
「・・・・碇司令・・・・」
「・・・・すまない・・・・許してくれ・・・・」
 ゲンドウが、頭を下げた。レイは、しばしの間その姿を見つめたいた。
    
「なんなのよ、アンタ!!」
 ミサトと共にマンションに戻ってきたレイを見て、アスカは開口一番そう怒鳴りつけた。いつものような来訪ではなく、荷物一式をレイの背後に見つけたからだろう。
「まあまあアスカ。レイのマンション、こんど取り壊されることになってね。行く場所がないから、あたしが預かることにしたのよ。あ、シンちゃんもそういうことだからレイの面倒、見てあげてね」
 軽口を叩きながら、ミサトはさっさとレイの荷物を運び込んでしまう。そんな様子を、アスカは怒りに満ちた表情で、シンジは驚愕の表情で、それぞれ見つめていた。
「アタシは絶対にいや!! 三人でもこのマンション狭いのに、このうえファーストまで住み込んだらどうなるって言うのよ!!」
「ア、アスカ・・・・何もそこまで言わなくたって・・・・」
「うるさい馬鹿シンジ! あんたも何か言いなさいよ! これ以上部屋が狭くなって、どこに寝ろっていうの! それに!」
「・・・・あ、シンちゃん、悪いけど、レイの歓迎会やるから、お買い物、行って来てくれないかな」
 アスカのそんな怒声を無視するように、ミサトはシンジにそう言った。
「お金はあたしのカードから出していいから、とびっきりのごちそう、作ってあげて」
「あ、は、はい・・・・」
 ミサトの差し出したカードを受け取ると、シンジはその場を気にしながらも、扉の外に出ていった。
 そして、その扉が閉じられたと同時に・・・・。
「アスカ。話があるのよ」
 ミサトの表情が、にわかに険しいものへと変わったのだ。アスカはその変化に驚きながらも、なお抗弁を試みる。
「話をそらさないで! あたしは今ファーストのことでミサトに話をしてるのに!」
「だから、そのこととも関係があるのよ。とりあえず、中に入って。これは、シンちゃんには絶対に聞かせられないものだから」
「・・・・・・」
 有無を言わせぬミサトの口調に、アスカはさすがに黙り込んだ。むすっとした表情を浮かべながら、足音も荒くリビングへときえる。それを追うように、ミサトとレイは靴を脱いで入った。
  
「さて、話を聞かせてもらおうじゃない!」
 どっかりと椅子に腰をおろしたアスカは、猛然とミサトにくってかかった。
「くだらない話だったら、本当にアタシ怒るわよ!」
「・・・・レイのマンション、壊される予定はないわ」
「・・・・な!」
「さっきの話は、シンちゃんに聞かせるための作り話よ」
「な、な、なんのためによ!」
「レイに、シンちゃんと一緒に住んでもらうために、ね」
「・・・・馬鹿にしないでよ!!」
 アスカが、我慢できないとばかりに椅子を蹴って立ち上がった。
「シンジと一緒に住ませるですって? 言ったい何のために! アタシは反対よ! そんなわけのわからない理由だけで、壊れてもいない自分のマンションから引っ越してこさせるなんて! あんた、さっさと自分の部屋に帰りなさい!」
「アスカ! 言い過ぎよ!」
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