今にも止まりそうな速度で急角度の坂道を上っていく錆びた自転車は、ペダルに力を込めるために軋むような金属音を響かせる。

夕方になってもなお、まだ熱を孕んだ空気にまとわりつかれ、必死に身体が体温を冷やそうと水分を放出する。

なんとかバランスを保ちつつ、必死に立ちこぎをする俺の後ろから聞き慣れた声。

「ほらほら、もっと頑張りなさいな」

乗っているだけでなんでそんなに偉そうなんだ、貴族かよお前は。

思っているだけで、口には出さない、と言うより正確には口に出す余裕が無い。

荒く息を吐きながら、ほぼ静止しつつある自転車を必死に進ませる。

「あっ」

乾いた銃声のような音と共に後ろから漏れた声。

「どうした?」

「花火…」

「ああ、花火大会今日だっけ」

「私、花火って嫌いなの」

「どうして?」

「消えてしまうから」

意味がわからなかった。

この時はまだ。

思い返せば、彼女は気づいていたのかもしれない。

俺はこの時まだ、子供じみた永遠を信じていた。

そんなもの、ただの幻想だと知らずに。

夏が終わり、秋がやってくる。

もう戻れない、あの日には。