可愛い可愛い、我の妹。
素直で、賢く、愛らしい、唯一無二の存在。
あの子のためならば、我はなんだってできた。
あの子が笑ってくれるなら。
あの子が幸せになれるなら。
我は、何だってできた。
……あの子を殺した人間を探し出すためなら。
あの日の真実を知るためならば、何だって。
闇の世界で大きく動くために、父を事故に見せかけて殺すことさえできた。
できないことなんて何もないと思っていた。
嗚呼、やっとたどり着いた。
やっと、キミの無念を晴らせる。
そう思った。
見つけたのは、あの子に渡したイヤリングと小さな紙切れ。
……それは、あの子の文字で刻まれた、あの子の想いだった。
―― ごめんなさい。こんな道しか選べない愚かな妹を赦してください。
そんな文章で始まった手紙は、我に向けられたものだった。
手紙には、様々なことが刻まれていた。
父に決められた婚約者のこと。
その婚約者への感情は一切ないということ。
……父がその相手と番わせようとしているのは、家のためだということも。
それが嫌だったということ。
父のための、家のための人形として生きることは出来ない。
けれど逃げるための足も力も自分にはない。
だから、選べたのは"この道"しかなかったのだと。
優しい兄が好きだったと。
強く賢い兄が誇りであったと。
そんな兄に貰ったイヤリングは大切な宝物であったと。
***
私が結婚は嫌だといったなら、きっと兄様は私を守ろうとしてくれたでしょう。
どんな手を使ってでも、きっと私を助けようとしてくれたでしょう。
どんな罪に手を汚しても、どんなに多くの屍を作り上げてでも、私を守ってくれたでしょう。
……でも、それは嫌だから。
優しい貴方の未来が幸福であることを願います。
私が貴方の不幸を全て持っていきますから。
だから、どうか貴方は、幸せに。
***
そんな願いが、想いが、手紙に刻まれていた。
そう、これは。
まごうことなき、遺書だ。
***
静かな、夜の中。
ふらふらと屋敷から出てくる影を見て、黒髪の青年は目を細めた。
あぁ、どうやら全て"終わった"らしい。
歩み寄ってきた影……銀の虎は荒錵の姿を見ると、大きく金の瞳を見開く。
「いっただろう?」
そう言って、青年は微笑む。
「君の探し物は全て見つかるだろうって」
イヤリングも。
妹を"殺した"犯人も。
死の真相も。
……全て見つかっただろう、と。
その言葉に、彼……倫は一層大きく目を見開いて、そして、荒錵に掴みかかった。
射殺すような鋭い目を向け、咆えるように、彼は言う。
「全部わかっていて……!」
だって、そうだ。
今の彼の口ぶりは、まるで全てを理解していたかのようで。
「選んだのは君だ。そうだろう?」
行けと命じた訳ではない。
情報を望んだから与えた。
知りたいと欲したから伝えた。
ただそれだけだ。
荒錵はそういう。
その言葉に倫は唇を噛みしめる。
ぶつりと切れたそこから赤い血が滴り落ちた。
ああそうだそうだとも。
知りたいと望んだのも復讐を望んだのも自分だ。
けれど、けれど!
その刹那。
風を切る音が響いた。
倫は荒錵から手を離し、一歩退く。
飛んできたのは、魔力の籠った札。
倫のそれとは僅かに異なるそれを放ったのは……
「にいさま」
銀の髪を夜風に揺らした、翡翠の瞳の少女。
「麗花!」
僅かに地面から浮きながら、倫と荒錵の間に入る少女。
彼女は札を荒錵に向かって投げつける。
荒錵はそれを叩き落としながら、そっと息を吐き出した。
「やっぱり来たか」
わかっていた。
倫が自分に敵意を持てば、彼の創った妹は兄を助けるために来るだろう、と。
少女……麗花は無機質な瞳を開いて、荒錵に攻撃を仕掛けた。
魔力の籠った札を飛ばす。
よけられないような速度でも魔力でもないが、攻撃に違いはない。
じっと、荒錵は彼女を見る。
彼女がまだ札を構える。
その胸のコアが鈍く光った。
「麗花、駄目だ、やめろ!」
やめろ、という倫の声で麗花が動きを止める。
それを見て、荒錵は小さく笑った。
「冷静になれば理解は出来るよな」
「……クソが」
唸るように言う倫。
それを見て、荒錵は紅の瞳を細めた。
……そうだ。
少し考えればわかることだった。
家の中に残った"犯人"の痕跡があまりにも少なかったこと。
荒れてこそいたものの家の中に争った形跡がなかったこと。
少し冷静になれば、すぐに答えは出せたはずなのだ。
―― あぁ、面白い見世物だ。
荒錵は笑いながら、未だ色濃く瞳に絶望を灯す青年の姿を見つめていたのだった。
―― 暴かれたものは ――
(知りたいと望んだのは君だろ?
少し冷静になれば、全てわかったことだろうに)
(わかっている、わかっていた。
…それでも、この感情は何処に持っていけば良いのだろう?)