仕事を終えて、部屋に戻る。
数日前から住み始めたワンフロアの豪邸(今までの部屋に比べたら)にはとっくに明かりが点っている。
その様を見て目を細めた警官はドアを開けて、"ただいま"と声をかけた。
「遅かったな」
お帰り、より先に返ってくる返事。
それを聞いてラヴェントは苦笑を漏らす。
ソファに腰かけながら雑誌を開いていた少年……チェーザレは腹が減った、という。
ラヴェントはそれも見越していたために小さく笑って、キッチンに向かった。
正直、仕事につかれてはいるのだけれど……料理くらいはしてやれる。
今日はミケーレもきているようだし、今更何処かで食べて来い、はなかなかに酷だろう。
何より……自分の作った料理を食べてくれる誰かが居る、というのはラヴェントにとってもうれしいことだった。
「作るけど今日はちょっと軽いものになるよ、ごめんな」
「構わん」
食べられればいい、と言ってチェーザレはひらひらと手を振った。
そんな彼を見て、ラヴェントは嗤いながらキッチンに立ったのだった。
***
「ほい、出来たぞ」
ラヴェントはそういってオムライスとちょっとしたサラダ、軽く肉を炒めたものを出した。
席に着くチェーザレとミケーレとを見て笑いながら、彼はソファに腰かける。
「おい、お前は食べないのか?」
そう問いかけるチェーザレ。
ラヴェントは苦笑を漏らして、いった。
「少し疲れたから休憩。俺もすぐ食べるよ」
そんなことを言いながら彼はぼすりとベッドに埋もれる。
ふぁ、と気の抜けた声が聞こえた。
「ああー、ふわふわだ。いい家具はやっぱり違うなぁ……」
チェーザレが買ってくれたソファだ。
無論、安物ではない。
普段適当な家具屋で適当なものを買っていたラヴェントにとっては、座り心地……基、寝心地も抜群だ。
気持ちがいい、と呟いたきり、ラヴェントは静かになった。
「……おい」
チェーザレはそう声をかける。
そして一度食卓から離れ、ラヴェントを覗き込んだ。
微かに、寝息が聞こえてくる。
こんなに早く眠れるものか、と少し驚きながら、チェーザレは"巡査官"と彼に声をかけた。
しかしやはり、返事はない。
「寝てるんすね」
ミケーレも彼の方へ歩み寄ってきた。
彼もいう通り、ラヴェントはどうやら眠っているようだ。
「……おい、巡査官」
そう声をかけ、ゆさゆさと彼の肩を揺さぶったがやはり無反応。
暫し彼を見つめていたチェーザレだったが、やがて拗ねたように溜息を吐き出した。
「起きない」
まったく、と言わんばかりの表情を浮かべているチェーザレ。
それをみて小さく笑ったミケーレはぽん、と彼の背を叩いて、言った。
「仕方ないっすね、先に食べてたらいいんじゃないっすか」
彼にそう促されて、チェーザレは小さく頷く。
しかし相変わらず拗ねたような表情のままだ。
席について、彼が作ってくれた食事を軽くつつくが、いつものようなペースではない。
ちら、と視線をラヴェントの方へ向けるチェーザレ。
少し離れたここからでも、微かに彼の寝息が聞こえてくる。
余程疲れているのだろう、とは思うけれど……
「……一緒に食べなくてはせっかくの料理も味気ないだろう」
ぼそり、とチェーザレは呟く。
不機嫌というよりは、少し面白くない、と言った具合の声色だ。
それを聞いてミケーレはすぅ、と目を細める。
ラヴェントと出会ってから、こうして食事を一緒にとることは増えた。
ラヴェントが作ってくれる食事を食べることも増えた。
こうして一緒に住むようになってからは、一層だ。
だから、誰かと食事を食べる機会が増えて、チェーザレは喜んでいる。
誰かと食べる食事はいいものだな、と言っていたことも知っている。
けれど、今の彼の言葉には別の意味が含まれている気がした。
「誰かと一緒に食べたい、じゃなくて、ラヴェントの旦那と一緒に食べたい……んじゃないのか?」
いつもの口調でなく、親しい人間、チェーザレに向けた口調で、ミケーレはいう。
少しからかうような雰囲気で。
それを聞いてチェーザレは一瞬驚いたように目を見開いたが……やがて、視線を揺らしつつ、言った。
「……そう、なのかもしれん。
お前とこうして食べるのも楽しくはあるが、奴と食べるときとはまた違うというか……」
ぼそぼそとそういいながら視線を揺らすチェーザレは珍しく戸惑っているようだ。
困ったような顔をしているチェーザレを見て、ミケーレはくすくすと笑う。
彼も、認めてはいるのだな、と思う。
ラヴェントのことを、好いていることを、認めているのだと。
そういう意味合いを込めたミケーレの笑みに、チェーザレは肩を竦めた。
「……あれだけ、わかりやすくこられたら、な」
彼が自分を好いていることは分かっている。
そして……自分も、彼のことは憎からず思っているわけで。
そんなことを考えていると、ミケーレがくすりと笑った。
そして小さく首を傾げながら、言う。
「んで?チェーザレ自身の気持ちとしては?」
どうなんだ、と問いかける彼。
ミケーレはわかっている癖に、と呟いた後、そっと、自分の肩口に触れた。
「……私の体のことを、どう話すべきかと思ってな」
その言葉にミケーレの手が止まる。
彼の言葉の意味を理解している彼は、少しだけ迷うような顔をした後、ふっと笑って、いった。
「先にバラしたら?」
いっそのこと、というミケーレ。
それを聞いて、チェーザレは銀灰色の目を丸くする。
しかしすぐにそれがベストだと思ったのか、ふっと笑った。
「……そうするのが、良いだろうか」
話してみても良いものか。
呟くようにそういう友人を見て、ミケーレは笑う。
「ま、あの人の性格的に、それを知ったからどうこう、ってことはなさそうだしな。
強いていうなら……慌てふためくくらいじゃないか?」
「ふ……想像に容易いな」
そういって笑うチェーザレ。
ちらりと視線を向ければ、やはりラヴェントはすやすやと穏やかに眠っている様子だ。
―― ミケロットの言う通りにしてみるのも、悪くはない、よな……
そう思いながら、チェーザレは彼が用意してくれたオムライスを口に運んだのだった。
―― 心に湧くもの ――
(彼のことを気にかけているのは、間違いない。
しかし、私にはまだ、彼に伝えていないことがある)
(けれど、昔馴染みの言う通り。
きっと話したところで、彼の反応は…何となく、予想が出来るようだ)