カリカリとペンを紙に走らせる。
先程から、真剣そのもので座ったまま、隻眼の少年……シュタウフェンベルクは仕事を続けていた。
今日は一日、かなり忙しかった。
食事をとる時間もないくらいに。
小さく息を吐き出して、彼は時計を見る。
思ったよりもずっと時間が経っていて、既に夕食の時間が始まっている。
「今から行っても……混んでいる、だろうな」
彼は小さくぼやいた。
食堂は、基本的に時間を過ぎると混む。
夕飯の時間は、もうとっくに始まっている。
だから……もういいか、と思いながら彼は小さく息を吐き出した。
昼食も取っていないから、正直おなかが空いている。
けれど、取りに行くだけの時間が無い、そして混んでしまうのだからどうしようもない。
別に、時間を過ぎてからでも夕食を取りに行くことは出来るけれど……
そうすると、メイドやコックに迷惑をかけてしまうし、片手しかない自分では食事を作ることも出来ない。
まあ、明日の朝とればいい。
否、明日の朝は会議だし……
そんなことを考えていた時。
こつん、と軽く頭を小突かれた。
「あのなぁ……
ちゃんと夕飯くらい食いに行けよな」
聞こえた、声。
それはいつもやたらと自分の世話を焼く、黒髪の悪魔の声だった。
「……食べに行く時間がなかったんだ。
今はもう混んでしまっているし、私は食べるのも時間がかかってしまうから、良い」
「昼飯も抜いただろ」
どうやら、この悪魔にはお見通しらしい。
そう思いながら、シュタウフェンベルクはその声がする方……エビルの方を見る。
彼は呆れた表情をしながら壁に凭れ掛かって、目をほそめていた。
「……昼も、食べる時間がなくて」
書類の仕事が多いんだ。
シュタウフェンベルクはそういいながら、机の上に積み重なった書類を見た。
確かにそこにはかなり大量の書類が積み重なっていた。
……おそらく、上官に頼まれたものだろう。
フロムは彼に性的な暴力を加えることこそ無くなったのだけれど、こういった仕事上での多少の無理や無茶は、決して少ないことではなかった。
エビルもそれがわかっているのだろう。
やれやれ、といった表情で彼は溜息を吐き出した。
そして彼はよいしょ、ともたれていた壁から離れた。
「……何処に行くつもりなんだ」
眉を寄せて、シュタウフェンベルクは彼に問いかける。
それを聞いてエビルはに、と笑った。
「夕食、調達してきてやるよ」
「え、ちょ……っ」
シュタウフェンベルクは慌てて彼を止めようとする。
しかしそれより先に、エビルは姿を消してしまった。
「……まったく、調達しにいくって……」
やれやれ、と溜息を吐き出すシュタウフェンベルク。
そもそも彼自身が一体どうやって食事をとっているのかもわからないのに、彼はどうやって食料を調達するつもりなんだろう。
まぁ、気にしても仕方ないか。
そう思いながら、シュタウフェンベルクは書類の仕事に戻ったのだった。
***
賑やかな、食堂。
そこにエビルはきていた。
「うわ、マジで混んでるな……」
思わずそう呟くエビル。
もっとも、彼の姿は周囲の人間には見えないようになっているのだけれど。
彼は姿を消して、食堂に来ていた。
というのも、今日一日部屋に籠っていた様子のシュタウフェンベルクに夕飯を届けるため。
別に外で買うことも出来る。
けれど、今の時間に外で買おうと思ったら時間がかかってしまうし、何より持って帰る間に冷めてしまうだろう。
もう彼も大分魔力を消費しているから、空間移動術を何度も使うだけの体力は残っていない。
そう考えた場合、一番手っ取り早く、温かい食事を手に入れられる方法……
それは、こうして城の食堂に来る事だった。
エビルは姿を消して動くことが出来る。
こうして人が多い食堂に出てくることも簡単なことだった。
とはいえ、だ。
恐ろしく人がいる。
この中には気配に敏い者も多いだろうし、早く食事を手に入れなければ。
そう思いながらエビルはしれっと騎士たちの中に混ざって、食事をとれるコーナーに歩いていった。
トレーに適当に色々な料理を積み重ねていく。
彼は昼食も取っていないんだ。
たくさん持っていってやったらいいだろう。
そう思いながら、彼は様々な料理を積み重ねていった。
「おや……」
聞こえた声に、ぎくりとする。
その声の主を、自分と、手に取ったトレーとを魔力で隠しながら、エビルはこっそりと視線をそちらへ向ける。
そこには、最近城の栄養管理を任せられている男性……コンティがいた。
彼は怪訝そうな顔をして、料理の方を見ている。
「何だか、来た人数より多い分減っている気が……
取りすぎている人がいるんですかね」
ちゃんと見ていたつもりだったんですが。
そう呟くコンティ。
彼は料理の管理をしている。
食べ過ぎている人間がいれば注意し、逆に食べていない人間がいればそれも注意する。
飲酒、喫煙にはかなり厳しいが、栄養管理にもかなり厳しいのだった。
エビルはその言葉にひやりとしながら、こっそりと移動していった。
そうして、外に出る。
少し静かな中庭に出たところで、彼は小さく息を吐き出した。
「ふぅ……あぶねぇあぶねぇ」
そう呟きながら彼はにっと口角を上げる。
ちらりと真っ白い八重歯が覗いた。
そして、調達してきた料理を手に、シュタウフェンベルクのいる部屋に戻っていったのだった。
***
「ただいま、帰ってきたぜー」
そういいながらエビルはシュタウフェンベルクの部屋に姿を現した。
そして、彼がいつも休息に使うテーブルにそれを並べていく。
シュタウフェンベルクは彼の声に振り向いて……目を見開いた。
「ちょ……何でこんな……」
そう声を上げるシュタウフェンベルク。
エビルはそれを聞いてにっと笑った。
「腹減ってるだろ、たくさん食えよ!」
笑顔でそういうエビル。
シュタウフェンベルクはペンを置きながら、小さく息を吐き出した。
そして少し呆れたような、困ったような顔をして、言う。
「だから、こんなにたくさん食べられないと言っているのに……!」
まったくもう!と声を上げるシュタウフェンベルク。
彼は決して大食いな方ではない。
確かに昼食もとっていないといったし、腹も減っているのだけれど……こんなに大量に入らない、という量を彼は持ってきているのだ。
何せ、エビルが持ってきたのはとんでもない量だ。
パンが何十種とあり、メインもやたらたくさん。
しかも主に肉と魚だ。
サラダも申し訳程度にあるが……全体的に驚きの量である。
「良いんだよ、あんたはもうちょいちゃんと飯を食え」
「それにしたって……」
「俺様も一緒に食うからいいんだよ」
エビルはそういって、不機嫌そうに唇を尖らせた。
そんな彼を見て、シュタウフェンベルクは目を見開いた。
「え?」
「……なんか文句あるかよ」
エビルはそういう。
シュタウフェンベルクはそれを聞いて暫し瞬きを繰り返していたが、やがて首をふった。
「否、驚いて……」
「……俺だって、たまには誰かと飯を食ってみたいと思うんだよ」
そう、ぼやくように彼は言った。
そして、どっかりと椅子に腰かけた。
「……ほら、食おうぜ」
そういうエビル。
シュタウフェンベルクは彼の言葉に幾度か瞬きをしてから、ふっと笑った。
「……あぁ、そうだな」
一緒に食べよう。
シュタウフェンベルクはそういった。
エビルは彼の返答に嬉しそうに笑う。
「へへ、あぁ!」
「……でも私はこの量の十分の一くらいで十分だから」
半分は無理だ。
シュタウフェンベルクはそういう。
エビルは彼の言葉に苦笑を漏らしつつ、"わかったけど食えるだけは食えよな"といいながら、自分が撮ってきた料理に手を付けたのだった。
―― Happy dinner time ――
(幸福な、夕食の時間。
それを一緒に過ごしたいと思うのは、当然のことだろう)
(それは取りすぎだと思うほどに食事をとってきた、世話焼きな悪魔。
その気遣いは確かに嬉しいのだけれど…少し加減を教えるべきだろうか)