ふと目を開けると、白地に点々と規則的な丸い黒が散らばる天井が見えた。
少しごわごわするパリッと糊の利いた白と、軽くて程よくふかふかとした白に挟まれていることを識る。
鼻をつくのはほんの少しのオキシドールの香り、清潔な空気。
「……保健室……?」
思わず呟いた。
すると。
「ヤコちゃん……」
透き通るように高く、耳に優しい柔らかい声が、心配を含んで私の名前を呼んだ。
声の方に視線を遣れば、つややかな黒髪をみつあみで束ねた女性が、カーテンの隙間から私を見つめていた。
「あかね……さん?」
名前を呼んだ私に、しかしあかねさんはきゅっと寄せた眉をそのままにカーテンをするりと抜けて、私のベッドの端に立つ。
「ヤコちゃん、大丈夫?どこか痛いところはない?苦しいところはない?」
ほっそりとした指が、私の前髪を撫でて、おでこに触れた。
そのまま柔らかい掌に額を包まれると、あかねさんは「まだ少し熱っぽいね」と悲しげに呟いた。
あかねさんは優しい。こんなに優しくて思い遣りのあるひとが、なんでアイツの彼……女…………な…………。
頭が、痛い。
ズキズキと、後頭部が。
脳裏に蘇った情景。
噛み締められた唇、見たこともないほど血の気の引いた真っ青な顔。
見開かれた目はギラギラして。
あれはきっと怒り。
そのまま近づいてきた眼差しが一瞬、揺らめいたようにみえて、長いまつげがそれを覆い隠すように伏せられていって。
唇、が。
「……あたま……いたい……」
ぐっ、と眉間が歪むのが、自分でもわかった。
「無理しないで、今は寝ていて……」
「痛い……痛ぁい…………!」
これ以上、思い出したくない。
「ヤコちゃん……」
あかねさんが辛そうな顔をしている。
なんでアナタがそんな顔をするの?
あぁ、そうか。私、が……アイツと……だから……。
「痛い……よぅ…………」
世界が、変わってしまった。
危ういバランスで保たれていた、私と、アイツの間にあった世界が。
いつもと変わらないフリをして訪れた放課後のせいで。
無理矢理に重ねられた、唇のせいで。
「ヤコちゃん?」
あかねさんじゃない−−それは低くて、穏やかで、優しい−−声に呼ばれた。
「笹塚……先輩……?」
蘇った、窓越しの、仄かなときめきの記憶が、もう遠かった。
「動けるようになったら……家まで、送ってく」
白いカーテンの間から私を覗く、淡い色彩を持つ人。
その眼差しは、声と同じで深くて、穏やかで、優しい。
そして、少しだけ、まぶしい。
まぶしいから、目を閉じた。
「いいよ、もうちょっと横になってな、俺はここで待ってるから」
カーテンがはらりと降りる気配。
白に仕切られた空間に、再びひとりきりになる私。
優しい人たちに守られている私。
それなのに、アイツは、ここにはいない。
あの日。
あの、父との悲しい別れの日に心細さに掴んだブレザーの袖口。
その私の手を握り返してくれた、アイツは。
自分の心が解らない。
今、私の胸の中にある、埋まらないままの、スゥスゥする場所。
その場所にいたのは。その場所を暖めていたのは。
なにも考えたくなくて、寝返りをうって、小さく丸まった。
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すみません、突然の再開です。(とかいいつつ、非公開になっていたヤツを公開にするテスト。)