どうか忘れないでください
titlee:レイラの初恋
人が人を忘れるには順番があるらしい。
最初に忘れたのは声だった。
まるで水中にいるかのように記憶の中で俺を呼ぶ声がくぐもって、上手く聞こえない。
他の誰かが俺の名前を呼ぶ度に、キョウジの声が塗りつぶされていくような気がして耳を閉ざした。
次に忘れたのは顔だった。
黒を溶かしたような赤い瞳、いつだって手放さない飴を咥えた唇を、形の良い額、綺麗な首筋。
キョウジをつくるもの一つ一つを確かめるようになぞっていたけれど、ゆっくりと、しかし確実に薄れていく。
磨りガラスの向こう側で見慣れた深緑の制服だけがくっきりと形を保っていた。
最後に忘れたのは思い出だった。
他愛ないクラスメイトとのお喋りや、二人で授業をサボった昼下がり、一緒に見た初めてだという花火の鮮やかさ。
抱きしめた硬い体の感触、触れた唇の柔らかさ、繋がった場所から伝わる熱。
全部全部掌から零れ落ちていく。
手を伸ばせば確かにそこに居たのに、今はもうその穏やかな時間でいったい俺たちが何を思い、話していたかすら思い出せない。
忘れたく無い。
そう思って耳を塞ぎ、目を閉じて記憶の海に体を沈める。
キョウジもまた俺を忘れていくのなら、いっそのことキョウジの中の自分と共に溺れて消えてしまえばいいのに。
(ほんの一瞬、)
(僕たちの物語が重なり合っていた日々を、)
(どうか忘れないでください)
2014-5-6 23:17