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『台詞二つでショートショート』なお題バトンG

小説(ショートショート)用の、ちょっと特殊なお題バトンです。

文中のどこでも構わないので

「猫と犬どっちが好き?」

「お前が好きじゃない方。」

を入れてショートショートを創作して下さい。ジャンルは問いません。口調等の細部は変えても構いません。


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エムブロ!バトン倉庫
mblg.tv
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*****


「アズマくん」
 その声は横手から聞こえてきた。
 連れに手を引かれるのを無視して声の方へ向き直る。そこには見知った姿があった。
「あれ、イッキさんどうしたんですか、こんな所で……」
 ここは彼の勤めるコンビニのすぐ隣に位置する公園だ。会ってもおかしくはない場所ではあるが、実際に会うのは初めての事だった。
「仕事行く時間を間違えちゃってさ、時間潰してたんだ」
「案外間抜けなんですね」
 少し恥ずかしそうに言う彼にすかさず突っ込むとサンバイザーを弾かれた。
「犬飼ってるんだ?」
 彼はしゃがんだかと思うとリードの先の連れに手を伸ばした。連れはさっきまでぐいぐい引っ張っていたくせに急に大人しくなり、その手にすり寄っていく。
 何だか面白くなくてサンバイザーのずれを直すついでに意地悪をして、少しリードを引っ張ってやった。甲高い声が抗議してきたが無視した。
「イッキさん犬、好きなんですか」
 彼は慣れた様子で連れをくしゃくしゃにしている。そう言えば前に犬を飼っていたような事を聞いた気がする。
「うん、まぁね」
「へぇ。ちなみに猫と犬どっちが好きですか?」
 問うと彼は首を傾げた。
「何で?」
「ほら、猫派と犬派って相容れない所あるじゃないですか、考え方が違ったりとか、何か色々と。どっちなのかなと思って」
 言ってしまえばオレはどちら派と言う訳でもない。だから彼がどっちを好きでも構わなかった。
 ただ共通点があったらもっと近付けるのではないか、と言う下心があるだけだ。
 しかし、そんなオレの心を見透かすように彼は答えた。
「じゃあアズマくんが好きじゃない方」
「それはオレとはこれ以上近付けないって意味ですか」
 ほんの少し声のトーンを落として言うと、彼は曖昧に笑む。
「どう思ってくれても構わないよ。でも、もっと他に気にする所があるんじゃないかなぁ」
 意味ありげな視線がちらりとこちらを見た。目が合ってどきりとする。
 胸を乱すオレを余所に彼は立ち上がると腕の時計に目をやる。「そろそろかな」と呟いて、さっきまで連れにしてたようにオレの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「まぁ、本当はどっちでもないけど」
 ずるい、とでも言うように連れが一声吠えた。

傷付きたくないだけ

「突き飛ばしてひっぱたくのなら、今のうちにして下さい」
 胸ぐらを掴んで、床に力一杯叩きつけてやる。背中を強かに打ち、彼は顔を歪めた。しかし反応はそれだけで、声は一言もあげなかった。
 倒れた体に馬乗りになる。胸ぐらを引いて、顔を寄せた。
「どうして何も言わないんですか。良いんですか、これで。良くないならちゃんとそう言って下さい。言えないなら、せめて態度で示して下さいよ」
 聞こえなかったふりは出来ない距離だった。彼は困ったように首を横に振った。
「突き飛ばすのも、叩くのも、無理だよ」
「できるでしょう」
 オレよりも一回り大きくて、当然力も強いだろう。できないはずがない。
 彼はもう一度、首を振った。
「嫌なんだ。叩かれた君の痛がる顔を見るのは」
「でもそうしないと、オレはもっと傷付く」
「違うよ。君の為じゃない。オレ自身の為なんだ。拒絶して君を傷付けたって思いたくないだけ。止めない事で君が傷付いても、それは君の所為だ。だからオレは自分の為に突き飛ばしも叩きもしない」
 苛立たしいくらいに落ち着いた声だった。
 胸の奥が熱くなる。きつく奥歯を噛んだ。
「最低だろう?こんなオレの事なんて忘れてしまえば良いと思うよ」
 ふざけるな。そう叫んだつもりだった。
 実際には乾いた音がしただけだった。
「……っ」
 小さく呻くのが聞こえた。じんわりと手が痛みだして、漸く彼の頬を打ったのだと認識する。
 彼は手をあげた事に対して何も言わなかった。顔を歪めたのも一瞬で、すぐに笑みさえみせた。
「嫌いになってくれた?」
「ならない。絶対に、嫌いになんてなってやらない。傷付いて傷付いてどうしようもなくなるのを、見せつけてやる」
「……そんなの困るよ」
 そう呟いた彼の唇の端は切れて血が滲んでいた。そこに唇を寄せる。彼は困ったように眉根を寄せ、目を伏せた。

 初めてのキスは、血の味がした。

今だから言える事

連絡をしようと携帯を開く。しかし目当ての名前を見つける事ができない。
思い返してみると連絡先を聞いた事はなかったかもしれない。アドレスを教えた事はあったはずだが、不思議と彼からメールを送って事は一度もなかった。
今までどうしていたのか考える。こちらからアクションを起こす前に彼は現れていた。しつこく頻繁に。だから、この小さな端末に頼る必要などなかった。

また二、三日の間に顔を見せてくれるだろう。
今度会ったらまず電話番号とアドレスを聞こうと思った。


それから一週間が経った。
その間、彼の姿は一度も見なかった。


*****


 校門近くにいる男に見覚えがあった。
 見なかったふりをしようかと思った。しかし明らかに目が合っていた。
 どうしようかと悩んだのも一瞬で、そのまま目を逸らしていつも通りに校門を出た。見たとか見ないとか、もうどっちでも良い事だった。
 慌てたように後ろから足音がついてくる。気付いていたけれど振り向かなかった。

 何か言われても答えないつもりだった。それは一度口を開けば余計な事まで零してしまいそうだったからだ。
「怒ってるの?」
「いいえ」
 結局、問われて反射的に答えてしまったけれども。
「じゃあ何なの?」
「……あの、避けられてるって分かっててやってますよね」
 横に並んで顔を覗き込んでくる彼の顔を見ないようにしながら問い返す。
 彼は分かってるとだけ言った。離れる様子はなく、歩調をずらそうとしても合わせてくる。あんまり上手くやるので、少し腹が立った。
「何しに来たんですか」
「言いたい事があったんだけど、それを伝える術を何も持ってない事に気付いてね」
 そうだろうな、と思った。連絡先なんて聞かれた事がないから教えた事がない。
 必要がなかったのだ。今の今まで。それはオレがしつこくしていたから仕方がない事だ。
「アドレスとか聞きたいんだけど」
「教えてもらえると思いますか」
「さぁ、それはアズマくんにしか分からないと思うな」
 避けられていると分かっている癖に図々しい態度だと思った。
 こんなにしつこい人だったろうか。知っている限り、そんな姿は見た事がない。
「良いですよ。アドレスくらいなら教えても。どうせ返事はできませんから」
「返す気がないって事?」
「言葉通りです。オレ、携帯の使い方分からないんで」
 正直に答えると、彼は言葉を失った。
 こんな事を言うのも初めてだったのだと知った。オレは彼の事を知ろうと必死だったけれど、彼は違った。そう言う事なんだろう。
 考える程に悲しくなってくる。今更こんな風に向かってこられても困るのだ。
 どうして今なのか。どうしてもっと早く。

「で、どこまでついてくるつもりですか」
 もうこれ以上はつら過ぎる、と思った。

「そうだな、家まで行こうかなぁ。どうする?」
 何でもない事のように言い放たれた言葉に、思わず足を止めた。
「何言ってるんですか」
 一歩だけ先に進んだ彼が振り向いた。そこで、漸く彼の顔を見た。

 いつも通りの顔がそこにあるのだと思っていた。
 実際は違った。思っていた以上に、情けない顔がそこにはあった。
 何て顔をしてるんだ。まるで泣きだしそうな顔じゃないか。泣きたいのはこっちだ、と思った。
 見ていられなくて、視線を落とす。
「うん、冗談。ちょっと、これ以上は無理かもしれない」
 嫌われるのには慣れていない、彼はそう続けて笑った。いや、笑ったような気がした。きっと、先程見たつらそうな表情のまま笑った事だろう。
 相槌を打つ事もせずにただ足元を見ていた。このまま去ってくれる事を願いながら。
「言いたい事あったけど、やめておくよ」
 足が向きを変える。早く、と念じる。しかし二歩三歩と進んだ所で歩みは止まった。
 長いようで短い沈黙。暫しの間を空けて、彼は躊躇いがちに言った。
「あのさ、ずっと前にオレのアドレス教えたよね。それから変わってないんだ」
 もし話を聞いてくれるなら、連絡が欲しい。
 語尾は驚くほど小さくて、聞き洩らしそうだった。いっその事聞こえなければ良かったと思った。

 何言ってるんですか。オレ、携帯の使い方分からないって言いましたよね。
 書いて渡しただけのアドレスの事なんてよく覚えてますね。でも紙に書いたんですよ。捨てちゃってたらどうするんですか。
 自分勝手に言いたい事だけ言って、結局大事な事を言わないなんてどう言うつもりなんですか。オレが、聞きたいだなんて言うとでも思ってるんですか。
 何しに来たんですか。どうして来たんですか。何故今なんですか。
 今まで見た事がないくらいしつこかったですよ。そんなの、らしくないですよ。
 だってそうする理由がないでしょう。ないって、思わせたままでいて下さいよ。

 ねぇ、お願いだからオレをそんな、泣き出しそうな瞳で見ないで下さい。

 再び動き出した足が遠くなっていくのを見ていた。
 一歩、一歩と進んでいく度に何かが零れていく。それは、止まる事を知らなかった。


*****


 その紙切れは一番上の引き出しに入っている。
 もらった物なんて何もないと思っていた。だから、処分の必要はないのだと。
 引き出しを開け、英数字の並んだ紙切れを取り出す。
 もらった時のまま何も変わらないそれを机に置いて眺めた。オレは眺める以外の使い方を知らない。
 今までも、そしてこれからもきっと。



 学校帰りにコンビニに寄った。
 久しぶりの事だった。ここ暫くは真っ直ぐに帰宅する事が多かったからだ。
 真っ先に冷蔵庫の前へ行き、ペットボトルを一本取り出す。そのまま他の物には目もくれずにレジに向かった。
「いらっしゃいませ。袋に入れますか」
 バーコードを読みながら店員が言った。いつも通りの問いにこのままで良いと答える。会計を済ませ、受け取ったペットボトルを鞄にしまった。
「すみません、お願いしたい事があるんですけど」
 そう切り出すと店員は微笑んで見せた。
「うん、良いよ。何かな」
 店員らしからぬ砕けた態度。思わず詰まる息を気取られぬように、ポケットに手を突っ込む。そこから、二つの物を取り出した。
 それを見て、彼は驚いたようだった。彼の目が時計へと動く。
 あと10分で仕事が終わるので待って欲しい。そう告げられ、声は出さずにただ頷いて見せた。


「待たせてごめん」
 着替えて出てきた姿を見やる。何となく目をそらして先程と同じようにポケットの物を取り出した。それをそのまま彼に突き出す。
「このアドレスを登録してくれませんか」
 紙切れを指さして告げると彼は返事の代わりに携帯と紙切れを受け取った。
「ここで?それともどっか行く?」
「どちらでも」
 携帯を開きながら唸るのが聞こえてくる。
「じゃあうちで良い?」
 それからすぐに彼が提案した。断る理由はなかった。


 歩きながら彼は携帯を覗き込んでいる。
「携帯見ながら歩くの危ないですよ」
「代わりに周り見ててよ。危なかったら教えて」
「あ、危ない」
 足を止めてオーバーに言ってみせると彼も立ち止まり、顔を上げた。
 キョロキョロと周りを見回し、最後にオレを見る。辺りには車や自転車はおろか、人の姿もなかった。
 睨む視線を振り切って再び歩き出す。
 そんな事を二度ほど繰り返した。家まではあっという間だった。

 扉の前で携帯を返された。
「登録、できたよ」
 彼は慣れた動作で扉を開け、どうぞと手で合図する。促されるまま足を進めた。
 返ってきた携帯に表示されている画面を見る。そこには紙切れに書かれたアドレスの他に名前、電話番号、そしてご丁寧に住所や誕生日まで表示されていた。
 頼んでない。そう言おうとした所でオレは扉に挟まれた。
「携帯見ながら歩くと危ないよ」
 仕返しだなんて大人げない。
 携帯をひとまずポケットへ戻し、中に入った。
「もう一つお願いしたい事が」
 携帯をもう一度差し出す。
 彼は首を傾げながら受け取った。
「今登録してもらったアドレスにメール送りたいんですけど」
 そう伝えると彼はまだ内容も聞いていないのにぽちぽちとボタンを押し始めた。言葉の続きを待っているようには見えない。
「あの、続けても良いですか」
 彼は顔を上げて困ったように笑った。
「ちょっと待って」
 少しして、続きを聞く前に携帯を返された。
 宛先に彼の名前、本文に電話番号が並んでいる。
「ここ押したら送信できるから」
「メール送りたいってそう言う事じゃ……」
「知ってる。連絡してって言うのはただ意地悪言っただけなんだ」
 まさか直接やってきて自分にやらせようとするとは思わなかった。そう続ける。オレ自身も思っていなかったのだから、当然だろう。
 別にこんな事をしに来た訳ではない。張らなくて良い意地を張っているだけで、何の意味もないのだから。
 ちらと彼の表情を伺う。そこには柔らかい笑みがあるだけだ。
 見ていると流されそうだった。そっと、視線を落とす。
「……もう、会うつもり、ないです」
 何とかそれだけを吐き出すと手の中の携帯を握り締めた。
「それは、オレの事が嫌いになったから?」
 答えられなかった。
 好きだからつらい。つらいから一緒にいられない。だから、会わない。
 それを上手く伝える事が出来そうになかった。
 小さく頷いてみせる。頷く事しか、出来なかった。
「そうか。困ったな……」
「あの、それだけなんで」
 そう告げて立ち上がろうとする。しかし腕を掴まれた。
「ちょっと待って」
「離して下さい」
「オレの話も聞いて欲しい」
 首は横に振った。
 手を引くのに、強く掴まれていてふりほどけそうにない。相手は大人の男性だとふと思い出した。力で適う訳がない。ただ、彼が力に頼るのは初めての事だった。
 引いたり、笑って許すのが上手な人だった。決して踏み込んではこない。けれど全て受け止めてくれる、そんな安心感があった。
 今、彼が踏み込んでこようとしている。強く掴まれた腕はそう感じさせた。
「痛い、です」
 どこが痛いのかはもう分からなかった。食い込むのではないかと言う程の力で握られた腕は、きっと痛いに違いないだろう。
 ごめん、と謝る声と共に力が緩まる。しかし離してはくれなかった。
「嫌われるような事をしたつもりはなかったよ。ちょっと堪えた。……好かれる事もしなかったんだけど」
 反射的に顔を上げた。そんないい加減な気持ちでいたのかと、問いただしてやりたい衝動に駆られたからだ。
 ただ、彼の表情を見たら何も言えなくなってしまった。
「あ、今いい加減な奴だなって思ったでしょ。そんな事ないよ。自分で言うのもどうかと思うけど、真剣に考えてた」
 その言葉が嘘ではない事を表情が物語っていた。
「……言える時が来るまでにフラれるならそれも仕方ないって思ってた。でも、そんな簡単じゃないね。こんな風に引き留めてさ、何か情けないなぁ」
 前髪をかきむしるようにくしゃくしゃにして、笑みを浮かべている。それは彼が言うように、何とも情けない表情だった。
 それ以上言葉は続かない。いつの間にか腕が自由になっている事に気付いた。しかしその場から動けなかった。
 そこに留まったまま、オレは必死に言葉の意味を考えていた。考えの至る限りではあり得ないはずの言葉が彼の口から出た。
フラれるって。
それって、何か、何て言うか。
「そんな、まるでイッキさんがオレの事、好きみたいな……」
「うん」
躊躇なく頷く姿に目を丸くする。
「え、な、何言って」
「好きだから、真剣に考えてた」
「……そんなの、初めて聞いた」
彼は少し考えるような素振りを見せた。
「そうだね。あ、じゃあ、ちゃんと言っておくね。オレはアズマくんの事、好きだよ」
まぁ嫌われちゃったみたいだけど。自虐的に小さな声で続けて、笑みを浮かべる。
いつから、と言うオレの問いに彼は「ずっと前から」と短く答えた。それがいつ頃なのか興味はあったが、求めた返答としてはそれだけで十分だった。
「今更そんな事」
もっと早く言ってくれたら、なんて未練がましい事を思った。途中で言葉を切る。
好きと言う気持ちに正直なだけでは上手くいかないのだと、知った。いつなのかは重要ではない。大事なのは溝を埋める努力だ。
「オレにとっては今更、じゃなくて今だから、だったんだけど」
彼は独り言でも言うように続けた。
「……でも結果的には今更、になるのかなぁ」
遠くを見ていた目がこちらに向く。切なげに揺れる瞳は、泣き出しそうにも見えた。

引き際

 引き際だ。そう思った。

 就職活動は上手くいっているようで、二次試験がもうすぐあるのだと聞いた。このままなら次の四月には、彼も社会人の一人として世に出ていく事になるだろう。
 ずっと遠い現実のように感じていた。しかしそれはすぐそこまで迫っているのだと、漸く気付いた。

 社会人と言うものがどう言うものかなんてまだ知らない。ただ、知らなくても想像してみる事くらいはできる。
 例えば父親の姿。共に過ごす時間は多くない。きっと、それと大差ないはずだ。

 今までも過ごす時間の違いには気付いていた。
 これ以上の違いがあったとして、オレはやっていけるんだろうか。ずっと繰り返してきた質問を自分に投げかけてみる。
 昔ならやってみせると言えた気がする。しかし今のオレには、答える事が出来なかった。

「イッキさんも、もうすぐ社会人か……」
 しみじみ呟いて見せると、失敗しなければね、と返事があった。
 さりげなく顔色を覗う。
 不安より楽しみの方が大きいのだろうか。にっこりと笑っているのが見えた。

 遠い姿を見ているような寂しさを感じて目を逸らす。
 オレにはどうしているのかまでは見えないけれど、彼はもっと遠くを見ている。そんな気がした。
 そしていつの間にかその姿さえ見失ってしまうのかもしれない。そうなれば、オレは独りだ。
 きっと、このまま追い続けていても傷付くだけなのだろう。だったら、追うのをやめるべきだ。

 引き際なのかもしれない。胸の内で繰り返す。
 世界が、滲んで見えなくなった。

酔っ払い

「あれぇ?」
横手から聞こえてきた声に振り向く。ドアに預けていた背を持ち上げると待ち焦がれた姿を見つけた。
漸く待ち人が現れたと安心したのも束の間。
「え、酔ってる」
締まらない顔はほのかに赤く、明らかに飲んできたと言う風だった。
滅多な事では怒らないオレもこれには流石に苛立ちを覚えた。
「今日、約束してたの忘れたでしょ」
「えー?明日じゃなかったっけ?」
首を大きく傾げる姿は酔っ払いその物で、更にむかむかしてくる。
もともといい加減な所があるとは思っていたが、まさか約束の日を間違えるとは思っていなかった。二ヶ月前にとりつけた約束とは言え、間違えるなんてどうかしてる。
「あ、中入る?」
目の前を通り過ぎ、先程まで背を預けていたドアの前までやってくると酔っ払いがそう聞いた。
できれば一時間前の待ち合わせ時刻に聞きたい台詞だった。

玄関に靴が乱雑に脱ぎ棄てられる。それを綺麗に整列させてから自分の靴を脱いだ。
ふらりと先へ進む背中を追って中へ入る。何か思い出したように急に立ち止まるので思わずオレも止まった。くるりとこちらを向くと、二歩ほどの距離を詰められた。
「ごめんねぇ」
腕が背に回る。そのまま体重をかけられて思わず呻いた。
「え、ちょ、無理、倒れる」
一度傾くと元に戻れないまま床に吸い込まれていく姿を夜の街で見た事がある。何となく、それを思い出した。オレ達の体も、それと同じように床に吸い込まれるしかなかった。
衝撃を減らすようにと努力すると自然とオレが下になっていた。無防備に伸しかかる体重はそれなりで身動きが取れない。
「ごめんね。そんな怒っちゃイヤ」
「かわい子ぶっても許しませんよ」

友達と言う枠

 彼にとっての友達の定義がどんなものなのかは分からない。普段の姿を見ていると話したら友達、とかそんな感じと言う気がする。
 とは言え店員と言う立場上、お客さんと友達の間に線引きはあるらしかった。だからオレの事も客の一人と見ているものと思っていたが、どうやら違ったらしい。
 それを知ったのはたった今の事だった。
「アズマくんは友達だからね」
 さらっと当たり前の事のように言われて、言葉を失った。
 ただの客だと思われてなかった、と言う嬉しい驚きがあった。
 しかし、それだけではなかった。歓喜のような暖かい気持ちはある。けれど、どこか空っぽの気持ちでもあった。
 少しして、自分がショックを受けているのだと漸く気付いた。
「ど、どうかした?オレ何か変な事言ったかな?」
 黙ったままのオレを見てイッキさんが焦っていた。
 変な事は何も言っていない。でもどうしてそれがショックなのか。
「いえ、オレ、友達だったんだなぁって……」
「あ、駄目だった?」
「何て言うか、お客さんの一人とかそう言うイメージだったので、嬉しかったと言うか」
 これは本心だ。客と店員と言う関係に留まっていない事は単純に嬉しい。
 何が駄目なんだろうか。一所懸命に頭を働かせるのに答えは見つかりそうになかった。
「でも、何か、友達とは違う気がする」
「え、あ、うん?ど、どう言う事……?」
 うっかり考え事が口から出たせいでイッキさんの焦りが増していた。流れる空気もおかしい。
「変な事言ってすみません!良いんです、そう、友達で!何も間違ってないです!!」
「友達で良い、ってなにそれ、何かその先があるみたいじゃない」
「えっ」
 盲点だった。
 友達の枠に収まりたくない。とてもしっくりきた。
 それってつまり。
「ま!まさか!!そんな訳ないじゃないですか!」
 混乱は最高潮で、自分が何を言ってるのかもう分からなかった。
 幸い、イッキさんの方も混乱しているのか気にとめた様子はなかったのだけれど。

トラウマ

 その時はじめて自分の手が小さく、何もできない事を知った。


 顔色が悪い。
 他人の事に無頓着なオレが真っ先にそう思ったのだから、相当酷い顔色だった。
 何がどう悪いのかと聞かれてもそれを説明するだけの言葉がオレにはない。言えるのは一つだけ。いつも見せてくれていた優しい笑みはそこにはなくて、笑ったような表情があるだけだった。
「大丈夫ですか?」
 思わず挨拶よりも先にそう聞いてしまう。
「うん。色んな人に言われたけど、そんな酷い顔してるのかな」
 手鏡の一つでも持っていれば見せてやりたいくらいだと思った。
 とは言え半日過ごして自分の顔を見る機会がないと言う事もないだろう。見て、分からなかったのだろうか。相当重症のようだ。
 じっと見つめたまま押し黙るオレの姿を答えと受け取ってか、誤魔化すように笑ってみせた。
「確かに色々あって少し疲れてると思うけどね。言うほどじゃないよ」
「……なら良いですけど」
 納得はできなかった。でも引き下がるしかなかった。心配されていると言う事実すら負担になってしまわないか、そんな不安があったからだ。
「まぁ、また明日にでもくるんで、その悪い顔を何とかしといて下さいね」
「顔が悪いとは何だ」
 ぴしっとバイザーを弾かれる。思わず吹き出した。
「確かに見た目より元気そうですね」
「うん。アズマくん見てたら元気出てきた」
 先程よりいくらか和らいだ表情をしているような気がする。少し、安心する。
「じゃあ帰ります」
「顔見せてくれてありがとう。丁度、顔が見たいなぁって思ってたんだ」
「なんですかそれ」
 そんな事を言われたのは初めての事だった。
 一瞬目を丸くさせるが深く追求する気はなく、そのまま帰ろうと思った。
 体を反転させる。
 視界の端で、何かが傾くのが見えた。
 それが今話していた相手だと気付いて、すぐに振り返った。反射的に腕を伸ばす。
 手は届いた。触れて、その時はじめて支えるだけの力がどこにもない事を思い出した。
 次の瞬間には引っ張られて転んでいた。身を起こせばそこには床に伏せる姿。
 それは、本当にあっという間の出来事だった。
 声をあげる事すら、できなかった。


 再び店を訪れたのはそれから三日後の事。
 店員さんから聞いたのは過労らしい、と言う不確かな話だった。
 聞いてはみたものの、頭には入ってこない。
 三日経っても、頭の中にあるのはサイレンと赤色灯だった。

変わらないままでなんていられない

「オレの気持ちがいつまでも同じだとでも思ってるんですか」
 思わずそう吐き出すと驚いたように目を見開く。
 いつまでも変わらないと、そう考えていたのだろう。だから、そんな事を平気で言えるのだ。
 それ以上オレは何も言わなかった。きっとこの言葉が悪い意味で伝わる事に気付いてはいた。でも、それで良かった。
 同じではないからと言って好きじゃなくなったとか、そう言う意味ではない。以前よりもずっとずっと好きなんだ。でもそれを簡単に言葉にして伝えるのはどこか悔しい。
 言わない事は悪い事ではない。実際、オレは数え切れないほど気持ちを伝えたけれど、返ってきたものは欠片ほどしかないのだから。
 だから、言わない。今は。
 寂しげに揺れる瞳に真っ向から向き合う。
 さぁどうしますか。問う代わりに瞳を伏せた。

「じゃあ、終わりにする?」
 控えめにそう問うが動揺も何も見えなかった。伏せた瞳の色が見えない。
 嗚呼、本当に変わってしまったのか。胸のうちだけで呟く。
 人は変わらずになんていられない。そんな事はよく分かっていた。
 それでも、どこかで彼は変わらないままでいてくれるのではないか。外見が変わっても、内側だけはずっと同じでいてくれる。そんな考えはただの甘えだった。
 答えはない。このまま何も言わないつもりだろうか。
 今までならば彼が何か言うまで待ったのだろう。しかし今、待つ余裕なんてどこにもなかった。
「答えてよ」
 瞼が持ち上がる。自分でも驚くほど真っ直ぐに彼を見つめていた。
「答えるも何も、オレはずっと気持ちを伝えてきました。答えるのは、オレじゃない」
 突き放すような言い方だった。思わず食い下がった。
「言ってる意味が分からない」
 何をどう答えろと言うのか。意図が見えない。どうしてどうしてと問いたい衝動に駆られる。
 気持ちばかりが急いて仕方ない。気付けば身を乗り出していた。
「だから、終わりにしたいなら終わりにするって言えば良いんです」
「そんな事……!」
 衝動的にはきだそうとして、思い留まった。
 今、何て言おうとしたんだろう。口の中だけで繰り返す。
 そんな事言える訳がない、だ。
 胸の内を晒すような真っ直ぐな言葉だった。
 伝えられない。どう伝えたらいいか分からない。だって、ずっと曖昧にしたままだった。今更はっきりと言うなんて、できない。
 視線を落として押し黙った。
 こんな事くらいで熱くなるなんてらしくない。らしくない、気がする。どうだろう。分からない。
 でも、きっと。ここにあるのは以前とは違う自分の姿だ。
 知らないうちに、自分自身だって変わってしまった。そんな事に今更気付いた。
 そう、全て今更だ。
「君も、オレの気持ちがいつまでも変わらないままだって思うかい?」
 同じ問いを返すと頬に手が触れた。促されるまま俯いた顔をあげる。
「いいえ。そんな事を聞くって事はきっと変わらないままじゃなかったんでしょう」
 瞳に映るのはいつもの笑顔だった。

意地悪

「もしオレがイッキさんの事好きだって言ったらどう思いますか」
 軽くそう問うとイッキさんは首を傾げた。
「さぁ?」
 ちょっと想像してもらえれば答えられそうなものだ。敢えて答えないのだと、何となく分かる。
 優しそうに見えて、案外意地が悪いと言う事には最近気付いた。きっと、オレがどうしてそんな事を聞くのかも知っていてとぼけている。
「じゃあ逆に聞くけどさ、もしオレがアズマくんの事好きだって言ったらどう思うの?」
 そんなの嬉しいに決まってるじゃないか。口をついて出そうになった言葉は飲みこんだ。
 答えられずにいるオレを見て、イッキさんは満足そうに笑っていた。
「こういうのってその時になってみないと分からないよね」
 その上さらっとこんな事を言ってみせるのだから質が悪い。
 からかわれているだけだと分かっていても、期待して浮ついてしまうのだから。

勉強会

 携帯の画面を見やる。
 日にち、曜日、時間。通い詰めた感覚から言うと、今日は会えそうだ。
 いつもの道を曲がって、歩き慣れた道を行く。向かうのはいつものコンビニ。

「あの、ちょっと教えて欲しい事があって」
「うん、良いよ。何かな」
 目的の人を見つけるなりそう切り出すと、良い返事がもらえた。
 この反応はよく目にしていたものだ。例えば、新しいパーツの仕様を尋ねた時のような。
 教えて欲しい事と言うのは、恐らく彼の思っているような内容ではないのだけれど。
「お店とは関係ない、個人的なお願いなんですけど」
 こんな事を言うのは初めての事だった。思わず声が小さくなる。断られるのは別に構わなかったのだが、はっきりとした言葉をなかなか口にする事ができない。
 きちんと聞き取れただろうか。ちらとイッキさんを見遣ると考えるような仕草をしているのが見えた。
「それは内容によるかなぁ」
 不思議そうな目を向けられ、とりあえず意味もなく笑って見せる。とても笑っていられるような内容ではなかったが。
「その、勉強、教えて欲しいな、って……」
 そう告げるとイッキさんは目を丸くさせた。

 中間テストに期末テスト。
 小学校の時と全く違ったシステムのそれはより明確に成績を表す。初めてのテストで示された数字は、お世辞にも良いとは言えないものだった。
 返却されたテストを見た母親は顔を曇らせ、父親には叱られた。ここで躓くと何も出来なくなってしまう。良い点を取れとは言わない、きちんと復習をしなさい。そんな事を言われた。
 正直言って勉強は出来る方ではなかった。それを知っていたから自力でどうにかできるとも思えず。誰かを頼る事にした物の、頼れそうな友人は思いつかなかった。
 そんな折に思い出したのがイッキさんの存在だ。
「まぁ、中一なら教えられると思う……よ?」
 返事はとても頼りないものだったけれど、それで十分だった。
「もしかして初めてのテスト?」
「そうです、初めてのテストがあったんです」
 イッキさんは首を傾げる。
「テスト終わっちゃったの?」
「はい。普通ならテスト前に勉強するべきだったんですけど……」
 簡単にテスト前はいつも通りの生活をしていた事と、テストの結果と両親の反応を説明する。事の次第を聞いたイッキさんは微笑んで見せた。
「言われてやる気になったんだ、偉いね」
「そんな事ないです。ただ、余計な心配はかけたくないなぁって」
「十分だと思うよ」
 真っ直ぐに見つめられ、恥ずかしくて顔を背けた。
「まぁ、アズマくんがメダロットに入れ込むようになってしまったのは、売ってしまった俺の責任でもあるからね。協力するよ」
「責任だなんて、そんな!」
 イッキさんとの出逢い、とでも言うべき初めてメダロットを手にした時の事が思い浮かぶ。昨日の事のように思い出せるが、もう何年か前の事だ。
 あの時イッキさんが売ってくれなかったとしても、いつか手にしていたと思う。今とは違う未来になっても、きっと俺はこの世界に魅入られていたに違いない。
 首を横にぶんぶん振ってそんな事はない、とアピールする。イッキさんは笑っていた。
「そう言えば、相棒は元気かい?構ってもらう時間が減ったらへそを曲げるんじゃないの」
 懐かしむ様な目が俺を見る。それは俺を見ているようでどうやら違うらしかった。イッキさんにも、そう言う時期があったのかもしれない。
「それは心配ないんです。了承済みと言うか……」
 父親は律儀に相棒まで説得していた。それも俺への話が終わるなりその場で呼び出させて事情を説明したのだ。実の父親ながらよく分からない人だった。
「そっか。じゃあ心配する事は何もない訳だ。後はいつにするかが問題だね」
 棚からシフト表を出すと、イッキさんは時間のありそうな日を教えてくれた。俺の方と言えば優先すべき用事も特にない。適当に候補をあげると空けておくと言う返事があった。

「時間とってすみません」
「良いよ、どうせ暇だったし」
 途中、何度かレジに入る事もあったがこのくらいなら忙しいとは言わないらしい。他の客がいない事を確認してお会計を頼むとあっという間に済ませてくれた。
 レジから出たレシートを取るとイッキさんはペンを取りだして裏に何か書き始めた。ずらっと英数字が書き並んでいく。アルファベットに弱い俺にも、それが何なのかくらいは判別できた。
「何かあったらここに連絡くれれば良いから」
 いつもなら受け取らないレシートを、差しだされる。一瞬、身を引きそうになるがしっかりと受け取った。変なうめき声が漏れ出ていたかもしれない。
「変な声出して、どうかした?」
 しっかり呻いていたようだ。
「あの、携帯がこわれ……いえ、何でもないです」
 言いかけた言葉を飲みこんで、にっこりと笑んだ。
 メダロットに魅入られ、経験を積み腕を磨いた数年だった。一回りも二回りも大きくなったに違いない俺だったが、相変わらず携帯の使い方は分からない。携帯電話と言うより、最早ただのメダロッチだった。
 何かあれば直接会いにくれば良いだろう。
 英数字の並んだレシートを握りしめて、店を出たのだった。
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いらっしゃいませ。当ブログは
アズマ「身も心も丸裸!」
イッキ「身は裸になっちゃらめぇ!」
と言う感じでお送りしています。
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