どれ程の年月が流れたのだろう。
手元の書物から視線を離し顔を上げると、豊かな緑が風にさらさらと揺れているのが執務室の窓からちらりと覗く。
平和な暮らし。
昔は戦いが当たり前で、死と隣り合わせだったというのに。
今はそんな日々が夢のようだ。
「…王、失礼する」
「忍人さん」
「今はまだ執務中だろう。…と、言っても君には無駄なんだろうな」
そういえば執務中は名前ではなく『葛城将軍』と呼ぶことにしていたのだった。
ついついいつもの癖で名前で呼んでしまう。
思えば、「さん」付けで呼んでいたのは彼くらいだった。
「執務の方はどうだ」
「もう殆ど終わりました。あとは、これに印を押すだけです」
こうやって、時々気に掛けて見に来てくれる。厳しいことを言っていても、とても優しい人。
本当ならここにあと三人──いや、四人いるはずだった。
姉上と羽張彦さんと柊と。
そして、風早。
『終わったら皆でお茶でも飲みましょう』
『そうだな、それがいい!』
『ああでも、羽張彦はまだ仕事が残っているのでは?』
『ほらほら、騒いでいると姫の邪魔になっちゃいますよ』
ふと、脳内にそんな会話が浮かんでくる。
皆がこの場所に、共に暮らしていたなら毎日がまた変わっていたのだろう。
「…"千尋"」
「えっ?」
「もう、三年になる」
三年──戦いが終わり、風早が姿を消してから既にそれほどの時間が流れていたのか。
彼へと捧げた髪はすっかり昔のように伸びた。けれど髪を梳いてくれるはずの人はいない。
優しい手は、今はない。
「俺は風早から君を頼まれた。君が王として、そして姫として幸せに暮らせるように守ってほしいと」
「…そんな、」
そんなことを頼んでいたなんて。
最後までどうして。
「…心配するくらいなら、私の傍にいてくれたら」
穢れなんて私が全て祓ってみせる。
だって私は風早が育ててくれた『白龍の神子』だもの。
思わずくすりと笑みが零れる。
いなくなってしまった彼を思い出すと、おかしくて。
気付いたら一緒にいたのに、気付いたら遠くに行ってしまった。
ふと顔を上げると頬に何かが伝う。
「…あれ、なんで」
はらはらと涙が溢れて止まらない。
止めようと何度も拭っても、それはとめどなくて。次から次へと流れていく。
ぐっと強く腕を引かれて忍人さんの腕のなかにおさまる。
バサバサと音を立てて落ちる書類になど目をくれず、そのまま抱き締められた。
「俺の分まで、泣いてくれないか」
「忍人さん、の」
「俺は泣けないから」
──悲しいのは君だけではない。
ああ、そうか。
旧友が皆いなくなってしまったのだから、悲しいのは当たり前。
そう思うと、止まりかけていた涙がまた溢れてきた。
王として執務をこなしてきた三年間、一度も泣かなかった。
否、泣くことが出来なかった。
深く積もった彼への気持ちが、止まらない。
一度溢れだしだ想いは、届かずまた消えていく。
fin
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息抜きに。
風早に思いを馳せる姫を書きたかったのです。
話題:二次創作小説