めずらしく誰かに寄りかかりたくなった。うんと甘やかしてほしくなった。傍にいた泉の首に抱きついてみたら、遠慮なく顎をはたかれた。
 部屋の外では冷たい雨が降っている。細く開け放した窓から、肌にしみる風が滑りこむ。空気に混ざった甘い香りは、街路に佇む金木犀。そこかしこ、浸されて、沈んでいく、金色の湖面。
 はたかれて、力を無くして、おれは色褪せた畳に寝そべった。見慣れた我が家が回転した。ヤニまみれの天井も、切れかけた蛍光灯も、今日のこの時ばかりは物悲しかった。事切れたものたちの寒々しさにかじかんでいた。


「……なんだよ。お前、どうした」


 黙って瞼を閉じたおれに、泉の声が降ってきた。けれど沈黙。沈黙、沈黙。
 やがて堪えかねたように泉の手が伸ばされた。不器用におれの髪を梳く指。……そうだよ、まさにそれが欲しかったんだよ。昏い満足感が背筋を駆け上った。やさしさを拐かした背徳感に、卑小な胸が打ちふるえた。
 目を開ければ、視線が交じって、気弱げな顔した泉がおれをのぞき込んでいる。早く晴れるといいな、泉。そうしたらもうお前は太陽の下で、光の中で、明るい方で、守られる。こんな風に、引きずられやしないだろう。
 寝転がったまま手を伸ばした。もう一度泉の首を絡めとった。今度は抵抗されなかった。諦めたように腕の中に収まってくる。
 今だけ、今だけだ。少しだけおれと一緒に沈んでほしい。この音のない雨が止んだなら、そぐわない花が枯れたなら、いつものように晴れて笑って、きっとすぐにかえすから。




(愛が沈む)




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