心やさしい幼なじみの手によって、自分の右腕に包帯が巻かれてゆくのを他人事のような心地で見守った。幼なじみの指は昔から変わらず器用で繊細で、いくら実技演習を重ねて生傷が増えても一向に刺々しくなることはなく、いつだって何だって丁寧に扱うのだった。
 忍者に向いてないよな。余計な一言の多い性分の自分がその手を指してついこぼしてしまったことがあるのだが、目の前の彼は困ったように微笑むばかりだった。
 傷つけたのだ、と自覚するにはまだ幼すぎた頃の話だ。


 おわったよ、と彼が言い、包帯の巻かれた腕は解放された。傷を覆う布きれは、この場に不似合いなほど真っ白だった。
 元気づけるような笑みをひとつ残して、幼なじみは別の者の手当てに向かった。保健委員という役割が身に染み込んでしまった彼は、このところもうすっかり諦めているように見える。何かと損な役回りを割り当てられてばかりの委員会も、慣れてしまえば住みよいらしい。
 だからな、ほら。
 また余計な一言が飛び出そうになって、慌てて噛み殺した。今言わなくともいいことだ。いずれ嫌でも思い知る。
 学年が上がり、戦場での実習授業が増えてから、他組ではちらほらと脱落する者が出てきていた。一年の頃からやたらと厄介事に巻き込まれることの多かったおかげか、戦場経験値の高いは組は、今のところ一人も欠けることなく健闘している。
 それでも、そろそろ潮時だ。そう思っている者は少なからずいるはずで、現にもう一人の幼なじみの元へは、帰省するようにと実家から再三文が届いているらしい。
 帰る場所がある者は、選択肢が多い分、早々の決断を迫られる。何も持たない方がいっそ気楽なのかも知れなかった。別離さえ覚悟してしまえば、後は失うものなどないのだから。


 ぼんやりと物思いに沈んでいると、遠くから名を呼ばれた。見れば全員手当てを終えて、出立の用意を整えていた。
 庄左ヱ門が地図で本陣の位置を確認し、後から合流するはずの別班のために三治郎が木の根本に五色米を撒いた。日暮れまでに全員が本陣に辿り着けなければ、実習失敗と見なされてしまう。
 包帯と軟膏を雑嚢にしまい、幼なじみが立ち上がった。視線が合うと、眼鏡の奥の両目がやわらかく緩んだ。
 行こう、と手を差し伸べられた。傷跡の増えた手。やさしさを失わない手。包帯の巻かれた右腕を隠して、左の腕でその手を取った。

 いつかこいつが傷むとき、誰が助けてくれんのかなぁ。

 それは自分ではないんだろう。どうしようもなく知っている。自分の選んだ道も未来も、誰かのために違えるつもりはないのだということ。
 そう遠くない将来、自分たちの道は分かたれていくだろう。川の流れのように、小鳥が巣立つように、抗いようのないごく自然な成り行きとして。
 離ればなれになる道のその向こうで、この愛すべき手の持ち主が孤独ではないことを願った。いつか一人きりで迎える夜を恐れずに乗り越える力をくれるとしたら、それはきっとこうした日々を共に過ごした人たちの、穏やかな面影だけだろうから。






ゆびきりはいらない




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