ぜんぶひとりごとだと思って聞いとくれ。



(ババアは安物の煙草をふかして溜め息みたいな煙をぷかぷか産んだ)
(痩せた肩のびた背筋は森の奥の一番奥の強い永い樹のような)
(姿だと思った)
(俺は森のどの辺りにいるんだろう)



 この街はね、アタシがまだ娘の時分には
 年の暮れ頃からひっきりなしに真綿みたいな雪がぽんぽん降って
 母(カカ)ァの手袋みたいなそいつですっぽりくるまれたお江戸はねぇ
 夜でも雪がキラキラ光って
 そりゃあきれいだったもんさ
 知ってるかい


(俺は首を横に振った)
(その頃俺まだ産まれてねぇよババア何世紀前だよ、と言った)
(ババアはシカトこいた)
(そういやこいつはひとりごとだったか)



 この街にゃ随分灯りが増えたよ


(霙混じりのへたれた雪がスナックの窓をびちゃりと濡らした)


 そのぶん雪明かりはうんとくすんじまった


(天人の船の赤と青のライトが雪雲の下でチカチカ瞬いた)
(出来の悪い玩具みたいな)


 この街ぁ
 変わっちまったね。
 悪いことじゃないが、
 嘆くつもりもないが、
 何のつもりもないのが、
 ただせつないのさ。

(俺が拾われた夜も雪が降ってた)
(それがおふくろの手袋みたいな真綿みたいなものだったのかは)
(覚えていない)


 真冬のお江戸の
 雪明かり
 そういやウチの二階の
 ロクデナシの居候の
 髪の色にも
 ちょいと、似てたね。


(粋なくわえ煙草で微笑した、)
(その横顔に、聞こえないように、ごめんななんて、呟いた)





(ごめんなーババア)
(アンタのお江戸)
(せめてアンタが死ぬまで)
(まもれなくって)



[終]




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