古ぼけた写真をなぞるのに似ていると思った。泉の、俺への触れ方は。

 手を繋ぐとき。キスするとき。今みたいに、背中合わせでもたれ合うとき。こわれないように、傷を付けないように、どこかでひとつ線を引いているのが分かる。真っ直ぐ大事にするのとは少し違う。扱い方を理解しかねて、決断するのを保留しているような。
 背中越しに振り返れば、泉は野球雑誌に目を落としていた。表情も見えない、言葉も交わさない、ただ預けられた重みだけは心地いい。ぬるい沈黙に居場所を見出すのは、それはそれで気の安らぐものだった。なんかちがうなぁと思っても、この平穏を打ち破る勇気は、俺にも泉にもまだ、ない。
 肩の辺りをじっと見つめていたら、泉もこちらを振り向いた。何だよと、目だけで問いかけてくる。頬と頬が近付いてキスしそうな距離になったけど、甘ったるい雰囲気にはならなかった。ただ視線を絡み合わせて、臆病な獣同士が様子を窺い合うように息を詰めただけだ。
 先に堪えきれなくなったのは俺の方で、眉を上げておどけた顔をして見せた。泉はそんな俺をケーベツするように口元をひん曲げて見せたけど、その前に一瞬浮かんだ安堵の色を俺は見逃さなかった。暗黙の了解を破るのも、不必要に近寄るのも、俺たちはまだ怖い。離れたくはないくせに、怖い。
 一人百面相の最後に、俺は泉に笑いかけた。泉はびっくりしたけれど、俺が笑みを浮かべ続けると、眉根を寄せて、唇の端を少しだけ持ち上げて、どこか痛そうに微笑んだ。言いたいことも、聞きたいことも飲み込んで。
 それは、自分たちの作り上げたルールで雁字搦めになりながら、精一杯に送り合う信号だ。だから、たぶんずっと内緒だけれど、お前のその笑い方が俺はけっこう好きだよ。

 いつかこの均衡が崩れたなら、離れる前に伝えよう。古ぼけた写真でも、捨てられなくてひっそり悩んでいてくれる、その不器用なやさしさに救われている。手探りの幼い慈しみでも、傍にいてくれてありがとう、と。




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