久しぶりSS
生徒リョマ×教育実習生海堂
完全なるパラレルが目的だったので、テニス隠しましたが、無理っぽい。わけありみたいになってる(゚Д゚)
完全なるパラレルですよ!
手を取るとして、それは自分の自由だ。
誰の手を取るかなんて、自分の自由だ。
ただ、その手を、握り返して貰えるか貰えないか、はたまた、叩き落とされるか、包み込まれるか、腕ごと引っこ抜かれるか、それは
誰彼次第だ。
やってしまった。やってしまった。それはもう取り返しがつかなくて。返してくださいと言って唸ったとして、はいどうぞなんて返して貰えない。見なかった事にして下さいと言っても、脳はもはやそれを目で見て、視神経から取り込み、記憶してしまったからと、
手放しで小刻みに笑われる。
馬鹿じゃないの!と自分の脳が叫んだ。
教育実習生としてこの青春学園にやって来たのは一ヶ月前の事だった。海堂はこの青学の卒業生であり、教師に成る為ここに舞い戻って来た。桜咲く並木道の懐かしさすら感じ入る暇なく、激務は怒涛の様に海堂を追い立てた。教師になりたいと思ったのは漠然としていて、思い立った様に感じる。今思えばきっと教師じゃなくても良かったんじゃないかとさえ思う。そう頭に掠めさせて、首を左右に振れば首筋の何かがこきりと小気味良い音を鳴らせて嘲笑う。クソが、と悪態を人より分厚めの唇から零して、それを隠す様に咳払いをしてから、右手側に置いていた自分用の紺のマグカップに口をつけた。口内に広がる香りに、円やかなミルクの味わいを乗せてやってきた紅茶に一息ついて、職員室の自分の席を立ったのだった
一ヶ月。まだ一ヶ月しか経っていないのに目と肩と眉間は悲鳴を上げていた。名高い私立とあって凄まじく素行の悪い生徒がいるわけではないが、中学生の癖に達観している。遠くから一望できる小高い山に椅子を置いて脚を組み眺めている。それが海堂の生徒に対する印象だった。我関せず。興味のある事には目敏い癖に、興味のない事には傍観を決め込む。実習生として入らせてもらったクラスは一年生だというにも関わらず、そんな状態だった
担任はそれを空笑いで流し、海堂の肩を叩く。真面目に向き合う時さえ真面目に向き合えばいい、後は流せ。と。流せるものかと、海堂の性格がそうはさせなかった
あれはクラス委員を決める最中の話だ。誰も手を上げ、率先してやろうとしない。ましてや、推薦なんてあり得ない。時間というものは無情で在りながら平等で在り、偉大なものだ。塾の時間がと一人が口にすれば、雛鳥の様に次々と自己主張を始め、俺も私もとクラス委員を決める時間を不毛に扱われた
激怒しそうになった。クラス委員というのは、クラスで決める、一人一人の、クラスにおける自分の役割りであるのに。何でもいいから早くと急かされ、誰の為の時間だと叫びそうになった。不毛だった。いや、不甲斐なさを背負った
職員室から出る際に、残っていた数名の先生方へ挨拶をし、頭を下げた。笑いながら手を振ってお疲れ様、また明日。と投げ掛けてくれる先生方はいい方々ばかりだが、不甲斐なさを背負った海堂のこの一ヶ月、教師の鏡だ!と尊敬の眼差しを向けるに至る先生は居なかった。じゃあ、一体自分は誰に何を教わればいいのだろうか。真面目に向き合う時がきたら真面目に向き合えばいい。そんなものだったのだろうか
熱血教師になりたいわけじゃない。海堂の性格上熱い部分はあれど、どちらかといえば燻る炭の熱さを内に秘めるタイプだ。青春の一ページを共に巡ろう!というタイプではない。では何故こんなにも不毛な感情を持て余しているのか。海堂も自分自身分からず持て余していた
職員室を出て職員用の下駄箱へと向かう。生徒の居ない校内の廊下に海堂の靴音が響く。夕日が沈み、もう夜の時刻だ。今日は早くに帰れそうだと、夕飯を何にするかぼんやり考えながら、もしかすると
毎日こうやって不毛な感情を持て余しつつ、生徒の居ない校内を一人歩き、窓から見える風景をぼんやり見つめて、晩ご飯の事に頭を巡らせながら帰る
これが、教師だろうか。
何度もいうが、教師に憧れていたわけではない。こんな教師になりたいと思っていたイメージ像があったわけではない。ただ、この学園が好きだった。自分のこの、母校が好きだった
卒業し、帰ってこれたら凄い事だと、単純に思った
“ああ、でも”
学び舎よ。帰って来たのだ。あの、輝く時を過ごした学び舎に。どんな形であれ。帰って来た
海堂は不意に視界が歪み、水の膜が目玉を覆う感覚に鳥肌を立てた
嘘だ、冗談だと思う間も無く、片目から一粒零れ落ちて仕舞う。
「え、」
「あ?」
零れ落ちた一雫をスローモーションの様に追って俯き、廊下にぽたりと小さな飛沫を上げ潰れた涙を見送れば、自分の声じゃない他人の声がして、目を瞬いた。瞬けば、塞き止められていた涙がもう一雫落っこちる
「………」
「………」
顔を上げればそこには生徒が立っていた。漆黒の学ランを身に纏い、漆黒の髪を柔らかくはねさせ、まろい輪郭をした、目の大きな少年だった
“……こいつは…”
直ぐに脳裏に蘇る。あの、クラス委員を決めた時、たった一人だけ手を挙げたのだ
『オレ、図書委員がいいっス』
肘の曲がった手の挙げ方に、眠そうな顔を惜しげも無く披露し、あまつさえ柔らかであろう頬には寝痕がついていた
「え、ちぜん?」
「かいどー、せんせ」
「おま、ぶか、つ」
「終わった」
「あ、そうか」
「……、泣いてたの?」
「ぶあっ?!!!」
越前の問いに変な声が出た。越前の口元が弧を描くようにたおやかに持ち上がる。それを目を剥いて見ていれば、大きな目が細められて、笑われているのが解り、一気に血液が頭に駆け上がった
「泣かないで、かいどーせんせ」
漆黒の学ランの袖が持ち上がり、少年の右手が不意に目の前に差し出される。
学ランの袖口からすらりと伸びた、骨のある手首の白さに息を呑み、その袖口の中に視線が釘付けと成った
えいえんに伸びていて、袖口の中は終わりがない様に見える。白い腕が暗闇の中からにょきりと伸びてきている錯覚に、幻影を見た
あっと思う間に、零れたままになっていた一雫を冷えた指が掬い上げて、目袋近くまで優しく撫でられた
きっと、多分、一生、忘れない。
忘れられない、海堂薫 最大の、汚点である。