********************************
兼続と左近
(直江さんがS的に酷くなった)
********************************
団扇で送る風すら熱をはらむ中、蝉が鳴く声と暑気と足をひたした盥の水が、その時世界の全てだった。
「…それを考える時に」
不意にかけられた声に、左近は視線をそちらへ向けた。視界の端に、庭先で青年が遠くに目をやっているのが映った。
「する側であるか、される側であるか。そういう意味では私は己を被虐的なのだと考えます」
青年は、縄や鞭で朱く染まる肌が見た目にどうこころよいかや、道具や方法と結果の差異をとうとうと語った。
それらを聞き流しながら左近は冷やした酒の事を考えていた。
喉を通る冷えた液体は胃に届くと途端に腑を焼く。知らずぐびりと喉仏が上下した。
「そして」
ぱしり、と皮を打ち合わせる音がした。
「己が所業に己の心が痛むことに、如何しようもない興奮を感じるのです」
蝉の鳴き音がとまった。ぱらり、と鞭を垂らす音が不思議とはっきり左近の耳に届いた。
身を翻した拍子に盥が返って水が散った。いま己が居た場所を皮革が打つ音に耳の後ろがざわめく。
獲物を逃した鞭が再び襲い来る気配に、左近は廊下に足を踏み出して
滑った。
兼続は、重い音をたてて頭をぶつけて沈黙した左近をしばらく眺めた。そして鞭を納めると近寄って、力の抜けた体を裏返した。
鼻から流れた血液が床に染みをつくっていた。
▼続・・・?
********************************
前のと繋がってるような、そうでもないような
********************************
茹だるような暑さのなか、二人の男が庭先で対峙している。
「そんなに固くならないでください」
困ったように微笑んで兼続が言うのに、左近は無言で応えた。
言いたい事は山程あったが、「ちょっと鳴いてください」と口を開いたところを狙ってくるのだから始末におえない。
一撃を思わず受けとめた手のひらが、焼けるように熱い。
(失敗した、ねぇ)
左近のそれなりに長く密度のある人生の中でも、鞭を持つ相手と闘うのは流石に初めてだった。
勝手が掴めなかったのを差し引いても、この一撃がここまで尾を引いているのは間違いない。
何度も打たれて気付いたことだが、恐ろしいことに、避けることすら出来なかった一撃はそれほど痛くないのに、避け損ねて喰らうものは悶絶するほど痛いのだ。
兼続は最初に「大人しく打たせれば酷くはしない」と言った。
(有言実行にも程がある…が)
ここまで露骨に飴をちらつかせられて、俎上の鯉となることだけは左近の矜持が許さなかった。
********************************
も少し続きます
********************************
もはや意地だけで立ち向かう左近を遠くから見守る影があった。
「ひとが籤に負けて買い出しに行ってる間に何をやっているのだ、あいつらは」
三成は言った。じりじりと照りつける熱気をもろともせず、今日もモフがモフモフしている。
つ、と汗が一筋流れるものの、凛と立つ姿はあくまで涼やかだ。モフ以外。
「戦の為に新しく誂えたものらしいですよ、三成」
正確には三成の疑問に答えていないが、暑さにゆだりそうな今、そんな細かいことに気を留める者はどこにもいない。
「なるほど。確かに空手の相手に有効なようだが・・・。ならば剣や槍相手ならどうだ」
「武器を奪いとることもできるそうですよ」
「そうか」
話し合う三成と吉継に少し遅れて、藁で巻かれた氷を背負った幸村と、氷菓子を持つ秀家が続く。
「ならば防御を固めてみたらどうだろうか。秀家殿はどう思われる」
パシリと手のひらと拳を打ちあわせて、幸村は言った。
「それは受けた掌が痛みそうだな・・・。やってみるかい、幸村」
「いや、自分は遠慮する。・・・あっ」
「戦局が変わったな」
ふ、と三成は満足気な笑みを浮かべた。
「・・・成程。流石だな、左近」
「頃合いですね、氷が溶ける前にいそぎましょう」
「余分に買った氷が役に立ちそうだな」
********************************
も少し続きます
********************************
「・・・謀ったな、大谷の旦那」
蝉が鳴く。縁側で、ぐったりとうつ伏せた左近が恨めしげに呟いた。
真っ赤に腫れた背中と両腕は、しばらくすれば真っ青になるだろう。水で冷やした手ぬぐいを当てられ、手のひらには布で包んだ氷を握らせてある。皮膚が裂けない絶妙の手加減はやはり熟練の技なのだろう。
「ええ。どう考えてもくじ引きの時点でおかしかったでしょう?はずれが四人も、だなんて」
「そりゃそうだけどねぇ・・・」
吉継は涼しい顔で、手にした団扇で傍らに風を送ってやった。
「せっかくの奇手ですからね。余所に手の内を晒すわけにはいきません」
「それでも「遊び相手」は必要、か。難儀なもんだねぇ。・・・先に教えてくれりゃ籠手でも用意しといたってのに」
「それでは敵方の間者は騙せないでしょう?直江殿の「個人的な趣味」だと、ね」
「大丈夫だと思うよ。俺には演技にゃ見えなかった」
槍刀に慣れた身には、あれがあんなに物騒だとは誰も思わない。
「それに籤は公平にしましたよ。貴方か幸村か私。あとは運まかせで」
「そこは、もう少し保身に走っても罰はあたらないんじゃないかねぇ」
あんた病人だろう、と左近は肩を落とした。皆でひいた籤から、3人の他をどうやって除外したのかは聞かないことにした。
「・・・まぁ、あんたが打たれるよりは良かったと思うことにするよ」
「ふふ。ありがとうございます、左近」
足音が遠ざかって聞こえなくなった。ふうっ、と大きく息を吐いた。
「・・・もう無理ホント痛い・・・」
ぐったりして呟いた。
了。