「…やばい、弁当忘れた…」
筆箱とこっそり持ち歩いているゲーム機しかないカバンの中身を見つめ、呟いた。
今日は、ええと、そうだ、いつものように遅くまでゲームを進めて気がついたら夢の中。ねーちゃんに叩き起されて、母さんに「弁当ここに置いておくわねー!」なんて言われて、……そうだ。朝飯食うのに忙しくて弁当の事すっかり忘れてたんだ…。
今頃台所で冷たくなっているだろう弁当箱を思い出し、ちょっとした罪悪感。
母さんの弁当ははっきり言って結構美味い方だと思う。だから学食なんて買わず毎回母さんに弁当頼んでて、そうだ、学校に弁当忘れたのってもしかして初めてじゃね?丸井先輩ではないけれど、俺が大好きな弁当を家に忘れるなんてありえない。…母さんも気付いてくれよ、馬鹿…。
しょうがなく残り少ない小銭を財布から取り出しパンでも買おうと廊下に出る。
丸井先輩なら菓子パンいっぱい持ってるんだろうな。まぁ俺がくださいって言ったところで「馬鹿じゃねえの。」の一言でかわされるのは目に見えてる。頼むだけ無駄だろう。
「…あ、におー先輩!」
ふと、人気の少ないところへ視線を外すと見慣れた銀色の尻尾。
俺に気付いていないようで背を向けてどこかへ行ってしまった。
なんとなく話したくなった俺はパンの事なんかすっかり忘れて尻尾を追う。すると見えてきたのは屋上への階段。
あぁ、そういえば仁王先輩、よく屋上でさぼってるって言ってたっけ…。
一段飛ばしで階段を勢いよく駆け上がり扉を開け、驚き振り返った先輩の腰へと思い切り抱きついてみた。
「…っ!ばか、あぶないじゃろう、」
「へへ、見つけちまったもんで。」
ニシシ、と笑いながら言うと先輩は困ったように眉を下げ、それでも嫌ではないらしく小さく笑いながら細く冷たい手に頭を撫でられた。うん、機嫌が悪いわけじゃなく、ただ俺の声に気付かなかっただけなのだろう。
「赤也、お前さん弁当は?」
なにも持っていない俺の手を見て先輩は言う。
昼休みに屋上に来ているのに弁当を持っていないという事が不思議なんだろう。そりゃそうだよな、先輩はきっと俺が弁当食べに屋上きたと思ってるんだ。
「そういえば今日家に忘れちまったんすよ。んで買おうかなーって思ってたら仁王先輩見つけちまったんで。」
「……じゃあ、食うもんは?」
「無いッス」
頭を撫でていた手が軽く宙に浮きそのまま振り落とされた。ぺち、という効果音と共に痛くはないがじんわりとしたモノを感じ思わず苦笑する。
この人はかっこいいんだか可愛いんだか、よくわからない生き物なんだなぁと最近気付いた。
顔はかっこいいのだが、その、動き?先輩はよく俺に可愛いって言うけど、仁王先輩の方が可愛いって事を自覚していない。是非自覚すべきだ。
「母さんがの、今日は誰かがお弁当忘れるような気がするのよーって言っていつもより多くくれたんじゃ。運がいいの。」
「お!じゃあ弁当半分くれるんスか?」
「俺一人じゃ食いきれん、残すよりはマシじゃろ?」
「やりぃ!」
さっすが仁王先輩のかあちゃん!と大きな声で褒めていると煩いとまた同じ場所を叩かれた。それにしても痛くない拳骨だ。
二人で日陰へと移動し先輩がいつもより大きい弁当を開けるのを穴が空きそうな程に見つめる。朝に部活をやった後だ、腹が減って死にそう。パンなんかじゃ絶対に腹ふくれなかっただろうな。仁王先輩の母ちゃんは変なところで気がきく。勿論今のは褒め言葉なんだけど。
「…あ、箸、一人分しか無いの」
「マジっすか?じゃあ俺、先輩が飯食い終んの待ちますよ。」
「そうじゃの。…あ、……あーかや。」
先輩が、笑った。これは楽しい時の笑い方じゃない、楽しい事を見つけた時の笑いかた、だ。
嫌な予感がしつつも妙に楽しそうな先輩を見つめる。だって、この人がいないと俺は次の時間、腹をならしてクラス中の視線を集めることになるだろう。さすがにそんな人気は遠慮したい。
なんすか、小さく問いてみると、その一人分しかないという箸を渡された。
…なんとなく、先輩の言いたいことがわかってきた。
「あかや、あーん。」
(そんな言い方したって、別にときめかねーし、可愛いとか思わねぇし!)