「あー…」
朝目が覚めると、明らかに気怠い身体に嫌な予感。
風邪を引いたのだろうか。今日も仕事でこれでは困る。ベッドから手が届くチェストの引き出しを探る。前風邪を引いた時から体温計の定位置はここのはずだ。
指先に覚えのある形を捉えて、それを持ち上げる腕に力が入らない。
「うー…いーやぁー…」
目を閉じて体温計を引き寄せて、脇に挟む。何とも言えない、汗ばんでいる身体が気持ち悪い。
体温計の数字が刻まれるまでの時間、昨日の自分を振り返る。
昨日は、仕事から帰るとちょうど仕事終わりだという櫻井さんと相葉さんが遊びに来て、三人で夕飯を食べた後、お風呂から出てきたらテレビでやってた楽しい筋トレ特集に二人が取り組んでいて、お風呂上がりのタンクトップにホットパンツの格好で加わって汗を流して、身体あったまったからーなんて1月なのにいつも通り二人をマンションのエントランスまで見送って、部屋に戻ってシャワーだけ浴び直したのに筋トレのせいで腕が上がらなくて髪を乾かすのを諦めて、そのまま、寝た。
ああ、思い当たる点がありすぎる。
電子音が響き、手にとった電子板には自分の平熱+2度。これはだるい。
ため息を吐いてアクビをすると、見計らったように部長からの着信を知らせる携帯のバイブレーションに気がついた。
「おはようございます、江崎です」
『江崎さん?声低いわね 。どうしたの』
「そうです?」
咳を飲み込みながらしゃべるのはどうしても途切れるものだが、声の高低を指摘されるとは思わなかった。
『風邪?』
「まー万全ではないですけど…」
『そうなの?辛いなら今日は休んで大丈夫よ』
「えっ」
『今日の会議、先方さんが今日都合悪くなったの。だから企画書類持って来なくていいわよーって伝えようと思ったら…。電話して良かった。江崎さんとりあえず来て倒れる子だもんね』
「そんなことないですよ…。でも、すいません…、今日は甘えちゃってもいいですか…」
『うんオッケー、ゆっくり寝なさいね』
「ありがとうございます先輩好き!」
『はいはいまた明日』
「はい、失礼します」
電話を切って、ベッドに寝転ぶ。
風邪だと自覚した瞬間、さっきの倍は身体が重い。
だがごはんを食べなければ薬も飲めない。
「く、くそー…頑張れ私ー…」
身体を起こし直したところに、また着信。
また部長からかと思ったら、ディスプレイには櫻井さんの文字。ときめく胸は正直だ。
しかし話してしまったら、風邪引いたことがきっとバレる。部長にバレてしまったんだから、櫻井さんにもきっとばれる。バレなかったらちょっと悲しいけど、バレた時にはきっといらない心配をさせてしまう。
咳払いを何度か試して声を出しても、さっきより掠れている気さえする。どうしよう、でも無視するのも…、なんて考えている内に着信が切れた 。
櫻井さんの声を聞けたらきっと元気になれる。でも気にしてくれって言ってるような気もする、のも、違う気がする。
「メールしようメール…」
と、メール作成画面に移った瞬間、櫻井さんからの新着メールが来た。
慌てて開くと、おはよう!電話ごめんな?今日も、夜寄ってもいい?と、並ぶ、文面。
「櫻井さん…」
彼がすきだ。
とてつもなく。
会いたいと言われる嬉しさに思わずキュンとするが、万全で会えないのは心苦しい。
あいたい、と打った文面を消して、今日は別件で会えないです、ごめんね。と濁して苦し紛れの嘘を打ち直す。
送信ボタンを押すと、後悔が押し寄せる 。嘘をついてしまうのも、風邪だと素直に言えないことも、それでも弱っていますとはどうしても言いにくい。
ほんの少しの時間を過ぎて、返信が来た。わかった、頑張れよ!また連絡する!なんて、いい人。
櫻井さんへ感謝の旨を返信して、今一度伸びをして身体を叱咤しつつリビングに出て軽い朝食を摂る。薬を飲もうと棚を探って、頭を抱えた。薬がない。
さすがに飲まずに元気になれるほど若くない。連日仕事を休むわけにも行かない。
久しぶりに風邪を引いた。
風邪引いたこと翔さんには言えなくて、
仕事休んで家で寝てたら今日夜寄っていい?ってメールがきて、
思わず
今日は仕事長引くから無理(>_<)
じゃあ合鍵で入って驚かそうとした翔さん
薬を買いに出て来たヒロインと出くわして
何してんの?
えっと…
仕事は?
えっと…
フラッ)奈美!?!