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苦い、甘い

「ねむ・・・・」

重い瞼をどうにかこじ開けながら門を抜ける

周りの「おはよー」や「宿題やった?」などのフレッシュな声はあやねの耳に入らない

「おーい!あやねちゃん!?」

「は?・・・・あ、おはよ」

「どしたの?ボーッとして」

大きな声で名前を呼ばれてハッとすると恋人が不思議そうに顔を覗きこんでいた

「んー あんま寝てなくて」

「そうなの?体育あるけど平気?」

「まあ体育は適当にやるから。今日ピンらしいし」

「ははは ひどいな〜」

下駄箱に着き、何人かのクラスメートたちと挨拶を交わしながら靴を上履きに替える

「だめだよ?ちゃんと寝ないと」

言いながら頭を撫でてくるケントをチラッと見て半分はあんたのせいなんだけどね、と心の中で呟く

「そういえば今日の委員会でさ」

「えっ!?委員会?」

びっくりして少し声が大きくなる

「わっ、え?うん、オレ今日の放課後委員会があって〜って、もしかして言ってなかった?」

「言っ・・・・てたかも」

何日か前に委員会があってなんたらかんたら〜とケントが言っていたのを思い出し、
あやねはすっかり忘却してしまっていた自分に肩を落とした

「もしかしてデートのお誘いだった?」

他人が見たら穏やかな笑顔だが、
あやねの目には笑顔の中に悪戯っぽい表情が含まれているのがはっきりと見えた

――好きになる前ならこんなこと言われたって相手にしなかったのに

顔が熱っぽくなってきてそっぽを向く

「ちょっと、来てよ」

ケントの手を引き階段の踊り場に連れて行く

「これ。」

放課後に渡すつもりでいた綺麗にラッピングされたチョコのクッキーをケントの胸の前に差し出した

ケントはそれを受け取り、今日なんかの日だったっけ?と一生懸命頭を回転させる

「なんか言いなさいよ・・・」

「これ、オレに?なんかあったっけ?寝不足の原因てこれ?」

「あんたに。なにもない・・・・ただケントに作りたかっただけ、だから」

なにもない、の後の聞き損ねてしまいそうなくらいの小さな言葉に今度はケントの顔が熱を帯びる

「なんて言ったの?」

「聞こえなかったんならいいわよ」

「うそうそ!聞こえた!・・・・ありがと」

「・・・・ちょっと苦いかも。ケントの好みわかんなかったから」

「食べていい?」

「はっ?今?」

あやねの返答を待たずにリボンを解きガサガサと中に指を入れる

オレ甘いの好きだよ〜と言いながら形の良いクッキーを口に運んだ

「え、甘いのが好きなら・・・」

サクサクと音が聞こえ、すぐにケントの表情が固まる

「お・・・い、し」

「いや無理しなくていいから。甘いの好きならそれ苦すぎるでしょ」

あやねはため息をついて甘いってどれくらい甘いのが好きなのかしらと次の計画を立て始めた

とりあえずこのクッキーは自分で食べようと思い袋を取ろうとしたら、
ケントが袋を持つ力を強めたので驚く

「?あたし別に凹んだりしてないし、平気だから。ていうか好みくらい作る前に聞くべきよね」

「おいしいよ!」

「無理しなくていいって・・・」

真面目なケントに愛しさが溢れ、自然と笑みがこぼれた

HRのチャイムが響く

「ほら、もう行かないと」

「あやねちゃん」

教室に向かうためケントに背を向けたあやねの腕を、ケントはぐいっと引っ張って戻す

しんと静まり返った踊り場に袋を漁る音とクッキーを噛む音が響く

「ケントどうし・・・・んっ!?〜〜〜〜〜!!はっ、はあ、はあ、がっ学校でなにしてっ」

「ちょっと、甘くなったかも」

あやねの唇についたチョコを親指で拭いながら、ケントはまた悪戯な笑顔を浮かべた


その日あやねは珍しく授業を寝て過ごした


END

帰り道

あやねはマフラーに顔を埋めて身震いをした

さっき買ったコーヒーの缶が冷たくなっていて持っているのがつらく、教室で待っていればよかったとため息をつく

「あやねちゃん!」

荒い息が混じった声で名前を呼ばれる

「ごめんね遅くなって。寒かったでしょ」

「ん、ちょっとだけ」

少し汗の滲んだ手で頬に触れられる

暖めるつもりだったのだろうが、彼の手も冷えていてあやねはまたぶるっと震える

しかし拒絶はしなかった

駅着いたらあったかいもの買ってあげるね、とあやねの頭を撫でる

「行こっか」

手を繋ぎ歩き出す

どちらの手も同じくらい冷たい

「たまにはさ、違う道通ってみない?」

「うん」

普段のあやねならそんなめんどうなこと、と思うのに珍しく素直にそうしようと感じた

普通の住宅街だが初めて通る道は新鮮だ

「いいとこだね〜」

「そうね・・・・」

あやねは俯きながら歩いていて、ケントの言葉にそっけなく返事をした

それに対してケントが何も言ってこなかったので、悪かったかな、と思い顔を上げ路地を眺めてみた

――似てる・・・修旅の、あの時の・・・

あやねは顔が熱くなりまた俯いてしまった

「あ、思い出した」

「は・・・ちょっと、やめてよ」

「えっ、なんで?」

呑気な声で話し始めようとしたケントを止める

まさかケントまで思い出していたなんてと恥ずかしくなる

あやねちゃん?どうしたの?と顔を覗き込まれ恥ずかしさも限界だ

「もう忘れてよね・・・・」

「忘れ・・・?あやねちゃん知ってんの?」

「は?」

「いや、ツルが行く大学に確か知ってる先輩いたんだよな〜ってずっと思っててさ、なんでか今いきなり思い出したんだよね・・・・うん、あやねちゃんわかるわけないよね」

「なっ・・・道と全然関係ないじゃない・・・!」

「えっ?道と関係あることって・・・・なに?」

突然怒りだしたあやねにケントは焦る

「・・・・なんでもない・・・」

「忘れてってなにを?ちょっと、あやねちゃん?」

あやねは心の中で自分に文句を言いながらひたすら無言を貫いた

そんなあやねが面白くて可愛くて、まあ別に教えてくれなくてもいいけどと思いながらケントはどーしたの?と尋ね続けた


もうすぐ駅

繋いだ手がいつの間にかあたたかくなっていた


END
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