∵ 保健室。
→
2013/06/11 00:07
保健室で首を絞められた。
びっくりしたと言うよりは、うちの首を絞めてる相手のあさみの方が苦しそうな顔をしていたのを覚えてる。
ぼろぼろに泣いて、視線も虚ろで、でもうちの首を絞めてる手の力は強くて、こんなひょろひょろの子になんでこんな力が出るんだろう?って思ってた。
首を絞められながら。
あさみはうちと同じで
いじめに合ってた。
どんないじめだったのかは、お互い聞いた事もなかったから、噂とか想像とか推測でしか分からなかった。
うちとあさみが唯一一緒だったのは、いじめに合ってるという現実と、保健室。
あさみの親は過保護だったから、ほとんど学校に来なくなってしまってた。
うちは親に「いじめにあってる」なんて言えなくて、いつも吐きながら学校に通ってた。極力教室にも行って、だから、保健室にもほとんど行った経験がないけど、でもどうしてもどうしようもなくなると、体調不良って形で保健室に行ったりしていたのである。
あさみが学校に来るのが珍しい事で。
うちが保健室に行くのも珍しい事で。
さらに言うなら、保健室に先生がいなかったのも、珍しかった。
全部“珍しい”が重なって、偶然になった。
偶然にも、あさみはうちの首を絞めたのだ。
あれは偶然だった。
「どうせこてちちゃんも私のこと突き放すくせに!」とか、そんなこと言われたと思う。そこで「ああ、やっぱりあさみは噂通りのいじめに合ってるのかな」って思った。思って、凄く悲しくなった。胸がはち切れそうになった。
いじめに合う前は、笑顔が凄く素敵な子で、可愛くて、女子にも男子にも優しくて、人気があった。運動も良くて、頭はちょっと悪かったけど、でも、凄く素敵な子だった。
でもその時はそんな面影もなくて。
痩せこけて、真っ白で、笑顔もなんだがぎこちなくて、クラスが違うから、時たま廊下であさみを見ると、いつも心の中で「あさみ」って呼んでた。気づいて欲しいとかそんなんじゃなくて、呼ばないとどっか行ってしまいそうだった。
なんであさみがいじめにあってるんだろう?って思った。
なんでうちもいじめに合ってるんだろう?って思った。
なんで世の中にいじめってあるんだろう?って思った。
とにかく凄く悲しくなって、泣きたくなって、でもあさみの方が悲しんでて、どうしようもなくなってて、どうにかしなくちゃとも思ったし、どうにもならなくていいかとも思った。
息苦しくて、喉が潰れるってこんな感じなんだなとか、無意識にしてた呼吸をその時は意識してしてたりして、酸素を食べるように喘いでた。でも声もひゅーひゅーってすきま風みたいな音しか出なくて、変な感じだな、って思った。
あさみの制服を掴んだ。
止めて欲しくて掴んだんじゃなくて、言葉が出ないから、とにかく思ってること伝えたくて掴んだ。
次の瞬間、あさみの手から力が抜けて、わーわー泣き始めた。
泣きながら何か言ってたけど、もう覚えてない。
とにかくわーわー泣いてた。
保健室の床に丸まって、両腕で全部遮断するように、頭抱えて泣いてた。
もう一回あさみに触れたら、思い切り腕を振って、殴られるように叩かれてしまった。
首を絞められるよりも凄くショック受けて、こんなにありありと拒絶されるのも初めてで、そこで初めてうちも涙出て来て、でも、ここで引き下がったらあさみは本当にどっか行ってしまうんじゃないかと思った。
何回も触れて、殴られて、触れて、を繰り返した。
うちの腕にはあさみの引っかき傷でミミズ腫れしてて、でも、どっかいっちゃうと思ったから、うちも必死だった。
お互い泣きじゃくりながら、触れて殴ってを繰り返してた。
保健室の独特な匂いと、カーテンと、廊下の奥の方から聞こえる授業中の先生の声と、あさみとうちの嗚咽まじりの鳴き声。
「こてちちゃんもうちの事嫌いなんやろ」ってあさみが言った。「消えろ、しねって思ってるんやろ?」
思ってる筈なかった。
うちは覚えてた。
学校で初めて声かけてくれて、友達になってくれたのがあさみだった。
今でも笑って「もううちらは友達ね」って言ってくれたのを覚えてた。
「学校おいでよ」
「なに?先生に言えって言われたん?」
「言われてないよ」
「じゃああの子らに言ってこいって脅されたん?」
あの子らはしゃべりかけてこないよ。
遠くからクスクス笑うだけで、聞こえるように大声で嫌なこと言うだけで、水かけてくるだけで、ノートに敷き詰めるように死ねって書くだけで。
「うちが来ないと、こてちちゃんがいじめられるから?そういうこと?いじめられたくないから?」
「いじめられたくないよ、好きな人なんていないよ、いじめられるのが」
「やっぱり!!!」
ヒステリックにあさみが叫んだ。
殴られると思って咄嗟に両腕を上げたら、何回か思い切りうちの腕を殴った後、手首に噛み付いた。
痛いし怖かった。
でも、やっぱり悲しかった。
上手く自分の気持ちが伝えられないのが悔しくて、また涙が込み上げてくる。
あさみがもう学校来なくなるのが嫌で、もう友達じゃなくなるのがいやで、どっかいっちゃうのが嫌だった。
あさみが学校に来たとしても、たぶん、うちのいじめもなくならない。
クラス毎にいじめはあったから、別々のクラスのうちらが、どっちかが来なくてどっちとも来てる状況だったとしても、どっちかが楽になるなんてことはなかった。
ごめん。うちがあさみの分もいじめられてたら良かったのに。うちが学校にいたら、あさみはいじめられなくて済めば良かったのに。もういじめられてるには変わりないんだから、あさみの分もうちがいじめられたらいいのに。
そうやってあさみに言った。
それを聞いたあさみがまた泣き始める。うちはあさみを抱きしめた。
お互い、無理だって分かってた。
あの子たちがうちらに飽きるまで、ずっと続くって分かってた。
ほんとに心細かった。
死にたいなんて考えてる暇もないくらい、寂しくて怖くてどうしようもなかった。