反逆連載(歪アリパロ)〜
5.欲するモノ
カレンに案内されて着いた場所は被服室だった。教室の前には“仕立て屋”という看板がちょこんと置いてある。小さい扉の中へ入って行くカレンに続いてルルーシュも被服室に入った。
「只今戻りました、ゼロ!」
頬をうっすらと赤く染めながら呼び掛けるカレンの視線の先には、全身に漆黒を纏った仮面の男がいた。ゼロ、というらしいその男はカレンの声にこちらへ顔を向ける。
フルフェイスの仮面を被っているために顔が見えない得体の知れなさがルルーシュにほんの少しの恐怖心を与える。しかしそんな正体不明の男を前にしてカレンはまるで恋する乙女のように(実際そうなのかもしれないが)気分を高揚させているのだから、女はわからないなとひとりごちた。
着せ替え人形サイズのルルーシュと違って普通の人間の大きさであるゼロは赤い髪を揺らしながら小走りでこちらに駆け寄る自分の弟子の姿を視界に捉え、溜め息を吐く。呆れを含めた低く心地良い声がルルーシュの耳にも届いた。
「カレン、どこに行っていたんだ…出掛ける時は行き先を告げてくれと言っているだろう?」
「すみません…、でもお客様を連れて来たんです!」
とびっきりの!と、未だに扉のところから動かないルルーシュの腕を取るカレンはその大人びた容姿を幼くさせたような笑顔でゼロの元へとぐいぐい引っ張る。少々強引だが、女性にしてはかなり力が強いカレンのなすがままになっているルルーシュは抵抗する暇もなくゼロの目の前に差し出された。
「ほら、アリス!」
「だから俺はアリスではないと言って、」
「アリス…だと‥?」
先程聞いたものより更に低い声がルルーシュの鼓膜を揺らす。はっとしてカレンから視線を外し、上を見上げるとすぐ近くにある仮面が自分を凝視しているのがわかった。今のルルーシュのサイズでは、巨大な仮面が自分を見下ろしているということになる。ルルーシュは相手の表情を窺うことが出来ないことがこんなにも怖いだなんて思いもしなかった。
「アリス…本当に、アリスなんだな‥?」
「え、いや‥俺は、」
「よく帰って来てくれた私達のアリス!」
否定の言葉を言うつもりだったルルーシュは次に起こしたゼロの言動に目を丸くする。
何故、今自分はこの男に抱きしめられているのか。状況判断が追いつかずルルーシュはゼロの腕の中で暫し固まっていた。しかもこの状態はかなり苦しい。力加減を考えろと言いたいが顔まで胸板に押し付けられている為にそれも叶わず、ルルーシュは空いている手でゼロを叩いて離すように訴えた。
「ん?あぁ、すまない…大丈夫か?」
多少ぐったりしていたルルーシュだったが、のろのろとゼロの腕から抜け出す。もうこの際、カレンが羨ましそうに此方を見つめていることなんてどうでもよかった。
どうしてこの世界の住人は自分に出会って言うことは皆同じなのかと考えたところでその答えが見つかる筈もなく、ルルーシュは“アリス”という会ったこともなければ自分の身近で聞いたこともない架空の人物に少しの疑念が湧き上がる。
「な‥何なんだ一体、アリスだとか、帰って来るだとか…意味がわからな」
「あ、そうだわ!アリスの衣装を用意しなきゃ!」
「いや待てカレン、私が倉庫から取って来よう。お前はアリスとここで待っててくれ」
そう言うなりドア続きの隣部屋へと消えて行ったゼロ。まるでルルーシュを無視するかのように話を進める二人に多少むっとするが最早抗議する気も起きず、とりあえずは様子を見ることにした。しかし、その判断が間違いだったなんて今のルルーシュに分かる筈もない。
相変わらず機嫌が良さそうにニコニコしているカレンを横目で見遣る。何がそんなに嬉しいのかと聞こうにもなんとなくそれは憚れるような気がした。
「ゼロは私の師匠なの。素敵な人でしょう?」
「……ああ、そうだな」
顔も見えない相手に素敵も何もあるのだろうかと思ったが、あえて口には出さなかったルルーシュは賢明である。その返事に気を良くしたらしいカレンは両手を後ろに回し、殊更無邪気な笑顔を見せた。
「うふふ、ゼロが戻ってきたらきっとビックリするわよ。アリスの衣装はとっても可愛いんだから」
「は‥?可愛い?」
それは一体どういうことだ、と問いかけるより早くゼロが倉庫から戻って来たことでルルーシュの注意がカレンから逸れる。そしてゼロが目の前で広げて見せた服に唖然とした。
深い緋色のシックな赤色が印象的なエプロンドレス。そう、それはどこからどう見ても女物だったのだ。
「ね、可愛いでしょ?きっとアリスに似合うわ」
「…まさか、俺にこれを着ろと言うのか‥?」
「勿論だ」
至極それが当たり前のような顔をして言い放たれたことに一瞬言葉を失ったルルーシュだったが、次第に苦い顔になり唇を震わせる。
「ふざけるな!俺は男だぞ!?女の服なんて着れるわけないだろ!」
ゼロの表情は知れないが、まさかルルーシュがこんなにも怒鳴るだなんて露ほども思っていなかったカレンは吃驚したように青い瞳をパチパチと瞬かせた。完全に動きを止めた二人に、本当に善意でしてくれていたらと考えて申し訳ない気持ちになったルルーシュは声に出してから後悔したけれど前言を撤回する気はない。妥協案としても女装はしたくなかったからだ。
「ごめんなさいアリス…もしかしてこの服は気に入らなかったのかしら‥?」
「‥いや、そうじゃないんだ…出来れば他の服がいいなと思っただけで‥」
「他の服ならそこにあるものの中から選んでいいんだぞ?気を悪くさせてすまないな」
そう謝られるとなんだかこっちがワガママを言って二人を困らせてしまったようで居たたまれない。
ゼロが指し示した所にはズラリと様々な種類の服が並んでいて、その中の一つに何か見覚えのある服を見つけたルルーシュはおもむろにそれを引っ張り出した。全体的に黒の面積が多いそれは、ルルーシュには馴染みのある制服だった。縮む以前に自分が着ていたこの学校の制服がここにあることに多少なりとも驚きはしたが、プライドが高いルルーシュは女物の服を着るならこちらのほうが断然良いと二人に勧められるまま試着室のようなカーテンで仕切られた部屋に入る。
だがしかし、問題が一つだけあった。困ったことに制服のサイズが普通の人間と同じ大きさで出来ていたのである。そのため、今のルルーシュとはサイズが違いすぎたのだ。
「どうしろと言うんだ…」
溜め息と共に漏れ出たその言葉と同時に制服を持ち上げると、上下重なった制服からご丁寧にも下着まで出てきたことには驚いたけれどそれが女物ではなかったことに内心ほっとした。
そこで、ふと聞こえてきた二つの声にルルーシュは無意識に耳を澄ませる。
「…ァ‥の…腕…‥」
「し‥、女王……さ‥」
(…?何を話しているんだ‥?)
ひそひそとまるで内緒話をしているように声をひそめているゼロとカレンの会話に耳を傾けても断片的にしか聞き取れない。わざわざ小声で話す必要はあるのかと疑問に思ったルルーシュだったがいつまでもこうしている訳にもいかず、迷った挙げ句に着る真似でもしてみようと右手からワイシャツの袖を通した瞬間。ぶかぶかだった袖がひゅっと縮まってルルーシュの腕に吸いつくようにフィットする。全く予測していなかったことに初めは口をぽかんと開けていたが、この世界で自分の常識は通用しないのだと考えればもうこうして驚くことさえ無駄なような気がしてルルーシュは素直に制服を着ることにした。
試着室から出るとこちらに背を向けてまだ話し込んでいるらしい二人に向かって声をかける。ルルーシュの存在に気付いた途端、慌てて取り繕うようにぎこちない笑顔を向けてきた。
「ぁ、あら、凄く似合ってるわよアリス!」
「どんな服でも着こなせるなんて流石は私達のアリスだな!」
「……」
そこまで制服が似合っていると手放しに褒められても微妙な気持ちになるが、とりあえずはありがとうと言っておいた。
「でも本当にいいのか?俺は服の代金を持っていないが…」
「何言ってるの!アリスからお金なんてとれないわ!」
「カレンの言う通りだ。遠慮なんてしなくていい」
「しかし‥そういう訳には、」
それでもまだ言い淀むルルーシュにカレンは身を寄せて何かをねだるように上目遣いで見上げてくる。カレンのその行動にルルーシュは思わず半歩後ずさった。
「ねぇ‥アリス」
「な、何だ?」
「それなら一つだけ、お願いがあるの」
「お願い…?」
いやにうっとりとした顔で見つめられて、どうしたらいいものかと身を引きながら考える。そんなルルーシュに構わず、カレンは彼の白く細い手を両手で掴んだ。
「ええ、一本だけでいいから私達にくれないかしら」
「……何をだ」
見えない話にルルーシュは酷く怪訝そうに顔をしかめる。カレンは握る手に少しばかり力を込めてルルーシュの顔をより近くで覗き込んだ。
「腕をちょうだい?」
「ぇ‥、ウデ…?」
目を見開き、何を言われたのかわからないという顔でその単語を繰り返したルルーシュはカレンの眼が異様に妖しい光を称えていることに気付いた。身の危険を感じ、反射的に後ろへ身を引いたが手を掴まれているために逃げることも出来ない。
「腕が欲しいだなんて本気で言っているのかッ!?」
「もちろんよ。心配しなくても大丈夫、ちゃんと全部残さず食べてあげるわ」
「そんな心配はしていない!!くッ、このっ離せ!!」
「アリスの肉は甘くてとろける、この世に一つの極上の肉…」
物凄い力で床にねじ伏せられたルルーシュを上から押さえつけるゼロが酔いしれたように呟いた低い声にゾッとした。
これから起こるであろう事態に顔を青くさせるルルーシュの目の前にいつの間にか巨大な裁断鋏を持ったカレンがにっこりと笑いかける。
「じっとしててねアリス、手元が狂っちゃうから」
「ひっ!や、やめろ…ッ!!」
いくら必死に暴れても緩まない拘束と無情にも自分の右腕に近付いてくる鋏に絶望感がわき上がるが、諦めずに大声で助けを求めた。こんな理由で腕を切断されるなんて真っ平御免だとルルーシュはひたすらにジタバタともがく。
「だっ、誰か!!誰か助けてくれ!!」
「もうアリスってば、動いちゃダメよ」
「ッ助けてくれ‥、ロロ!!」
鋏が腕を捉えたその時、頭に浮かんだのは先程会ったばかりの常に無表情で何を考えているかわからないけれどルルーシュの助けになってくれるあの少年だった。
照明の灯りを反射して鈍く光る二枚の刃が間近に迫り、もう駄目だと思ったルルーシュがギュッと固く目を瞑る。
しかしいつまで経っても予測していた腕の痛みを感じることはなく、そろそろと目を開いた先に見えた灰色のフード姿がルルーシュの紫電の瞳にはっきりと映った。
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ちょ、コレなげぇ…!
一章を5話で終わらせようと思ってたのにorz
えー‥とりあえず一章の流れは殆ど原作寄りでございます。二章以降からどんどん内容省いたり付け足したりオリジナル要素を入れていく予定ですので。
注意にもある通り苦情は受け付けません(^∀^)←
作品つくるときのモットーはゴーイングマイウェイですよ!笑
ルルーシュの他にはナナリーとスザク贔屓で展開していきます。ええ、好きなんですよこの二人が^^
あとマリアンヌ様。彼女の役柄は歪アリの原作と違ってルルーシュの理想の母像を目指します。せめて二次でくらい一番に母の愛情を貰って欲しいからね。
それでは最後までお読み下さりありがとうございました!
+吟+