あんなに憧れ、夢だったアイドルを辞め、芸能界から姿を消した今、穏やかな毎日と幸せが待っている。はずだった。いつしか俺は楽になる事が柵となっていたアイドルを辞めることではなく、死ぬ事だと無意識のうちに決めつけていたらしい。幸せとは何なのか。





 幾日か経った。未だ奥底に留まり続ける意志は変わらない。ならばとっとと首を吊るなり飛び降りるなりしてしまえばいいじゃないか。強く思っているだけで実行には移せず、しかし生きる気力も無く、時間に生かされ、死を望み、燻ったままの俺はどうしようもなく愚かで臆病者だった。

 隣でうたた寝をする砂月を見遣る。普段刻まれている眉間の皺は、今は無い。穏やかな寝顔だった。繋いでいた手を解き、自分の頬へと添え、そっと目を閉じた。今なら何でも言えるような気がする。そう、思った。──本当に俺はこのままでいいのか。そんな漠然とした不安が襲い来る中、自問自答を繰り返す。自問自答が行き着く先は決まって、死にたい。それだった。
 ──砂月が寝てる今だけ、黒く淀んだ思いを吐き出させて。自分の頬から砂月の手を離し、緩く広げられた掌に今の思いを一文字一文字噛みしめるように指で書いていく。時間をかけて、ゆっくりと。
 最後の四文字目を書き終えたと同時に握られた、俺の手。

「俺の為に生きろ。だから、死ぬな」

 滲む視界の中、寝転がっていた砂月が起き上がり俺を抱きしめた。握られた手はそのままに、きつく。まるで存在を確認するかのように。

「俺より先に死ぬことは、絶対に許さねえ」

 耳元で唸るように呟かれた声音はどうしようもなく苦しそうで、余計に涙腺を揺るがした。アイドルという肩書きを抜きにして、そのままの一十木音也をこんなにも愛してくれる人がいるんだと知った。──ああそうか、これが、幸せ、なんだ。だから、俺は。

「砂月のために、生きるよ」





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少しだけ、強くなれたような気がした。