Green days 4 (end)






その後も土を耕しながら水谷はやたらと話しかけてきていたのだけれど、だんだんと集中し始めたのか喋らなくなった。
額に汗して黙々と働いている水谷をただぼんやりと見ているというのも心苦しくて、手伝うことがあったら声をかけて、と伝えてオレは家に戻った。




夕方近くになっても水谷が声をかけてくる様子がなかったので、縁側からのぞくと庭には水谷はいなかった。おかしいな、と思いながら辺りを見回して探していると、玄関のほうからひょっこりと庭に出てきた。聞いてみると庭には物置らしきものがなかったので、道具とかいろいろなものを広すぎるくらいの玄関に運び込んでいたらしい。

「終わった?」
「ううん。おわんなかったー」
と水谷は眉を下げて言った。

「あれでもできてないの?」
「うん。もうちょっと」
「ふーん…」
オレにはすっかり出来上がっているように見えるのだけれど、なにか水谷なりの思い入れがあるのだろう。

「疲れた…」
ため息混じりに呟いた水谷はフラフラとよってくると「そこ座って?」と縁側を指差した、言われたとおり座ると水谷が膝の上にばたりと倒れこんできた。そして、寝転んだままごそごそと靴を脱ぎ、足も縁側に上げて仰向けになった。

「明日には出来るからさ、そしたら種まきしよ?いっしょに」

種まきなんて一人でやってもたいして時間はかからないだろうに、ここは「いっしょ」が外せないんだな、と思わず笑ってしまう。たぶん、水谷にとって種まきは作業ではなく、イベント、セレモニーなのだ。

「いいよ」と言うと、水谷は「やった」と小さく言って、んふふふって笑った。変な笑い方だなぁと見ていたら、ちょっと間を置いてまた、ふふふと笑った。2度目のはいつもの1人笑いだ。思い出し笑いなのか、なにかに思いを巡らせて笑っているのかはわからないけれど。

「ねぇねぇ、ちょっと見て〜」
寝転がった水谷が手のひらをオレに向けて伸ばした。

「ほらー。手のひらにマメができちゃった」
「あ、ホントだ」
肉付きの薄い水谷の手のひらに、ポコポコと赤くなっている場所がいくつかできていた。
「触ってみて」と水谷が言うので、そろりと触る。

「痛そう」
「うん、でもなんかね。これ懐かしい感じ。高校生のときを思い出すよ」
手のひらを自分に向けてじっと見た後、床に降ろしてだらんと広げた。

「オレがんばったねー……」
膝の上で寝転んで天井を見上げている水谷が深呼吸をして目を閉じた。
このままだと寝ちゃうかも、と思っていた矢先にはすぅすぅと寝息をたて始めていた。わかっていてもこの寝つきの早さには毎回驚いてしまう。

「汗かいたのに、そのまま寝たら風邪引いちゃうよ」
うん、と水谷は返事だかなんだかわからないことを言っていたけれど起きる気配はまったくない。

水谷の長めの前髪の分け目の間にのぞいたおでこをぺちっと叩いてみたけれど、ちょっと眉をしかめただけで目は開けなかった。さっそく本格的に眠り始めたらしい。腿の上の頭がぐっと重さを増している。

「電池が切れたみたいだなぁ。小さい子供かよ」
やれやれと思いながら、水谷の頭を落さないように上半身だけ倒して、縁側に拾って置いてあった水谷のシャツを取って肩にかけた。

体温の高い水谷の頭からじんわりと熱が伝わってくる。風になびいて瞼をくすぐっている前髪を指で除け、ふと水谷の顔を覗き込んだ。
水谷が目を閉じているので、どんなに近くで見ていても恥ずかしくない。

いつもは表情が緩すぎるから忘れているけど、眠っていると水谷がこんなきれいな顔しているんだと改めて思う

―――この顔は、思わず見入っちゃうよなぁ。

眠りが深くなってきたからか、半開きになった唇を塞ぐようにキスをする。
唇の触れているところがじんと痺れるように温かいのが心地よくてしばらく動きを止めていた。気が済んでからゆっくり離れて水谷を見下ろした。ここで目を開けたら殴ってやろうと思ったのだけれど、水谷はむにゃむにゃと口を動かしただけでよく眠っている。

ほっぺたをでつついてみたり、鼻の先を指でなでまわしてみたりしてみてもさっぱり目を覚ます様子はなかった。

―――しょうがない、少し寝かせてから起こそうか…
小さく息をついて、すっかり畑らしくなった庭の片隅を眺める。

そこかしこ柔らかい緑が吹き出るちょっと手前の色が広がり、その中にほんわりと黒い土の色が浮かんで見える。
明日にはあそこに種を蒔くらしい。
芽が出たり、花が咲いたり、実がなったりするたびに、きっと水谷は大喜びするのだろう。
その光景は目に浮かぶようだ。

「楽しみだなぁ」
誰も聞いている人などいないのに、自分が独り言を言って一人で笑っているのに気がついて失笑してしまう。いつも不思議だなぁと思っていた水谷の癖を自分がするなんて。

少しずつ水谷に似てきているのかもしれない。
それは、それだけ長い時間、一緒にいたということなんだろう。

「なんかいいね、そういうの」
一人笑って空を見上げる。

独り言は夕方へと色を変え始めている空に吸い込まれていく。
その先は冬の突き抜けるような凛とした空ではなく少し柔らかい白にかすんでいる。
膝の上で眠る水谷の髪を揺らしていく風はほんのりと温まった土の匂い。



もうそこまで、春は来ている。








終わり





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